第一章 桜花乱満 PART8
8.
「社長、御馳走様でした。海鮮丼、本当に美味しかったですっ!」
「そうかい、そうかい。そいつはよかった。まだおかわりもあるからね、一杯食べてね」
トイレから帰ってきた社長の笑みに心動かされる。ここで働くことが決まっただけでも幸せなのに、暖かい人に出会えて本当によかった。
「それじゃあしーちゃん、また明日よろしくね! それと春田君。はい、今日の分、お疲れ様でした」
「え!? いいですよ、お金なんて。大して働いてませんし」
社長から封筒を拒むと、彼は再び笑いながら俺の手を握った。
「まあまあ、そういわずに。君は筋がいいよ。初日でも君の気持ちは十分伝わったからね。また来月から来てくれたら助かるよ」
封筒の中を見ると、福沢さんが二枚も入っていた。大して動いていないのに、こんな大金を頂くわけにはいかない。
「今日みたいな日は特別だからね。普段は流れるように出棺まで導くことができるんだけど、こういう時もあることを覚えておいて欲しい」
「もちろんです。それはいいのですが……本当に大丈夫なんでしょうか? 今日であれだけ騒いでいたら、明日はもっと荒れるんじゃないでしょうか」
「ん、鋭いね」
社長が目を丸くして頷く。
「もちろん、その可能性大だ。だけど君はまだうちの社員じゃない。何かあっても困るのは会社だからね」
……確かに。
俺の保険は未だ、国民健康保険だ。雇用保険には入っていないし、明日怪我をするはめになったとしても、会社が面倒を見てくれるはずがない。
最悪、首になる可能性だってある。
「だけど……俺は見届けたいんです。親方の最期を。葬儀は一日ではなく、二日にあるといったのは社長じゃないですか。ここまで関わって中途半端なことはしたくないんです」
熱くなっている自分に驚く。故人に関わりがあるわけではないし、面倒ごとだと理解もしている。だけどこの仕事に真面目に取り組みたいという気持ちが大きくなり、妥協できない自分がいる。
何より……。
何よりそう、夏川さんの読経がもう一度聴きたいのだ!
彼女の神聖な歌を、特等席で聴きたくてたまらないっ!
「お願いします。問題があったとしても、会社には責任を一切追求しません。自己責任でいいんです。お願いします」
「うーん、そうはいってもねぇ……」
明るい社長が眉間に皺を寄せながら唸っている。やはり許可は下りないのだろうか。
「迷惑掛けません。僕に告別式を、経験させて下さい。プロになりたいんです、この業界で一人前になりたいんですっ!」
「気に入りました。そこまでいうのなら私が責任を持ちましょう」
後ろを振り返ると、故人の妻が立っていた。喪服ではなく、春らしい桃色の薄手のコートに身を包んでいる。
「あなたの気概に惚れました。よければ明日だけ、私の組に入って頂けませんか?」
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