第2話
アマラットは呆気に取られ、言葉がすぐに出てこなかった。
初対面の郵便配達員は、すぐに踵を返そうとした。
「ないのなら、もう行くぞ。仕事が詰まってるんでな」
「ま、待って!」
少年はやっと声を発した。
「なんだ」
アマラットは、左手に持っていた手紙をおずおずと差し出した。それはもちろん、昨日家族に宛てて書いた手紙だった。
「これを」
配達員は、少年の手から素早く手紙を回収した。
「エンボス……ギア通りか。確かに受け取った。じゃあ、俺はこれで」
「待って!」
アマラットはその男を再度、引き止めた。
「まだ何かあるのか」
配達員の男がわずかに眉をしかめたように、アマラットは感じた。
アマラットは怯みそうになる気持ちを奮い立たせて、彼にとって最も大切なことを訊ねた。
「僕に手紙はないの?」
「確認した。なかったよ」
淡々と男は答えた。その言葉を、すぐに信じることはできなかった。
「うそ」
「嘘など吐いてどうする」
男の言葉には、一分の隙も見えなかった。
「だって、昨日まで毎日届いてたのに……」
「そうか。だが、今日はなかった」
アマラットには、もう一つ気になっていたことがあった。
「それに、昨日まではお兄さんじゃなかった」
配達員が変わったことを指して言った。
男は俯き、深く溜め息を吐いた。それは、この配達員が見せた中で唯一、感情の動きらしい仕草だった。
「それは別に俺のせいじゃない。そいつが来れなくなったから、俺が代わりに来ただけだ」
そう聞いてアマラットは、不意に胸騒ぎがした。
「あの人に何かあったの?」
少年は、率直に訊ねた。
若干の間があった。やがて、新しい配達員は静かに答えた。
「死んだよ。仕事中に崖から落ちてな」
「え……」
アマラットは言葉を失った。
次に、このシェルターへ来るのは一週間後になる。新しい配達員は、そう告げて去って行った。
元々、この避難区域の配達員に、毎日集配しなければならないきまりはないらしい。前の配達員がここへ毎日来ていたのは、彼自身の善意からだろう。
アマラットはその後の一週間を、まるで抜け殻のように過ごした。一応、家族への次の手紙を書きはしたが、家族からの便りが届いていなかったから、あまり筆が進まなかった。
(そういえば、……)
ある日の晩、アマラットは寝台の上で思い出していた。
(毎日、手紙が届くようになったのって、いつからだったっけ)
家族と離れて暮らしたこの一年間の最初の方は、確かに毎日手紙をやり取りしていた。配達のタイミングによっては、三日分が三日置きに届くこともあった。
一ヶ月目が過ぎて、家族からの手紙は次第に減って行った。一日置きになり、二日置きになり、一週間置きになった。
『今日も手紙来てない?』
その頃、アマラットは前の配達員によく訊ねた。当時の配達員は、悲しそうに眉根を寄せて首を振った。
『毎日偉いね』
今はもうこの世を去ったという配達員は、そう言ってくれた。最初の一ヶ月が過ぎてから、彼がシェルターを訪れない日はなかった。少なくとも、アマラットの記憶の中では。
(第3話に続く)
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