第1話

 四年前――星暦一〇八八年、まだ少年だったアマラットは、国内の丘陵地帯にあるシェルターで避難生活をしていた。

 避難した理由は、その三年前に起こった戦争だった。始めは家族も一緒だったが、父が従軍のため戦地に赴き、母もそれに続いた。戦争が一段落した一年前に妹も都市に戻ったが、アマラットだけが、未だこのシェルターに取り残されていた。

 これは、その頃の話である。

 毎日昼前になると、決まって一台の車両がシェルターを訪れた。十二月のこの日もそう。隔壁を通して、わずかな振動音が車両の到着を告げると、アマラットの心音も高鳴った。

 待ちきれず、アマラットはよく、シェルターの外扉を内側から開けていた。

 一面の荒野に、鮮やかなオレンジ色の車両が浮かんでいた。やって来たのは、政府が保有する郵便車だ。

 赤褐色の制服を着た配達員が郵便車を降り、小走りでシェルターの入り口に近寄って来る。

「こんにちは」

 少年が挨拶すると、すっかり顔なじみとなった配達員は笑顔を見せた。

「今日もご家族からだよ」

 配達員は封筒を一通、アマラットに手渡した。

「ありがとう。これ、お願いします」

 少年はそれを受け取りつつ、配達員に昨日書いた手紙を渡した。

「毎日偉いね。確かに受け取ったよ」

 配達員は手紙を受け取ると、郵便車に戻って行った。

 アマラットは走り去る郵便車を見送って、シェルターの中に戻った。


 封筒を裏に表にひっくり返しながら、アマラットは階段を降りて居室に戻った。五〇キロ以上離れたエンボス・シティで暮らす家族からの手紙。それを読むことが、孤独な避難生活における、当時の少年の唯一の楽しみだった。

 この日は便箋が二枚入っていた。一枚は母から、もう一枚は妹から。「たまには近況を教えて」と、少年が以前の手紙に書いたことが奏功したのかもしれない。

 エンボスの都市部ではこの頃、戦争からの復興が順調に進み、暮らしもそれなりに快適になったようだ。妹のシャンティは、秋から通うことになる学校が決まり、入学の準備を進めているらしい。不安を覗かせながらも、新たな学校生活を楽しみにしている様子が伺えた。

 あの妹にしては読みやすい丁寧な字だな、とアマラットは感心した。

 アマラットは、デスクチェアに腰掛けるとすぐに、明日家族に送るための手紙を書き始めた。内容はだいたい頭の中にあったが、今日受け取った手紙の内容を踏まえて、少々肉付けをした。

 書き終えると、便箋をきれいに折り畳んで、封筒に入れた。

 少年はデスクの引き出しを開いた。そこには、それまで受け取った手紙が整然と並んでいる。その右端に、この日に受け取った手紙を差し入れた。

 それが終わると、あとは退屈な一日をだらだらと過ごすだけだった。


 その翌日。どういうわけか、いつもの時刻が過ぎても郵便車はシェルター付近に現れなかった。こんなことは珍しく、アマラットは不安に駆られた。

 昼食を食べた後、少年はシェルターの入口と居室の間を何度も昇り降りした。日暮れが近くなって、最後に三〇分ほど外で過ごした後、彼はやっと諦めて居室に戻った。今日はもう、郵便車は来ないのだろう。そう思った。

 聞き慣れた振動音が外から響いて来たのは、その時だった。段々と近づいて来るその音は、今度こそ幻聴などではなかった。少年は慌てて、外への階段を駆け上がった。

 郵便配達員の男がインターホンを鳴らすのと、アマラットがドアを開けるタイミングは、ほぼ同時だった。

 ――遅かったじゃないか。

 そう、声を掛けようとしたアマラットは、息を呑んだ。その日の配達員は、いつもの男ではなかった。

「手紙や荷物はあるか?」

 黒髪の配達員は、事務的な口調で訊ねた。


(第2話に続く)

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