第3話

4月6日、木曜日。

インターホンが鳴ったので、ペンを置いて受話器を取ると早紀の声がした。

壁掛け時計を見ると時刻は午後1時過ぎ。

昼から来るなんて珍しいな、と思いながら玄関の鍵を開けてテーブルの上を片付けていると、一目見てゲッソリとやつれた顔をした早紀がフラフラと室内に入って来た。

「え?え、どうしたん」

不敵な笑みを浮かべながらノロノロとコートを脱いでハンガーを手にした早紀は、声を出すことすら億劫といった声色で話し始めた。

「いや、何かね。最近、昼夜逆転してて」

聞けば早紀は初めてのバイト先をあれこれと決めあぐねていたら面接の予約の電話をすることに緊張してきて、それを翌日翌日に引き延ばしていたら、電話をしたくない無意識のためからか朝から起きれなくなってきて、いよいよガッツリ昼夜逆転生活に突入した。そしてそれを治すために今日一日を捨ててここに来たのだと言う。

「え。じゃあ何時から起きてるの?」

「昨日の夕方5時から。…だからもうすぐ24時間丸々起きてることになる」

「うーわ。それは眠いやろ」

テーブルの前に座った早紀は、ガッツリくまができている目をとろりと閉じると、うひひひひ、と笑いながら言った。

「いやぁ、午前中は全然いけそうだったんだけどね。さっきお昼ご飯食べたら、もーーー眠気が止まらなくなってきて」

何か予定があるならまだしも、何もない日に自宅で一人で、昼夜逆転を治すためだけに起き続けていることは案外ツラい。

お恥ずかしながら俺は無職の先輩だからその辺の気持ちは痛いほどわかる。

「だから起きとくために俺ん家に来たんだ?」

「んー。だって誰かと一緒やったら起きとける気がするやーん?うひひひひ」

そう言いながらもすでに早紀はテーブルに突っ伏してまぶたを閉じ始めている。

「今日は何時に寝るのが目標なの?」

「んー、9時」

「じゃああと8時間くらいか」

「んー」

「8時間ならお風呂入ったり夕飯作ったりとかの時間差し引いて、がんばって起きとかなきゃいけないのは実質5時間くらいやな」

「…」

「5時間くらいならいけそうやない?」

「…」

「早紀?」

「…」

「早紀!」

「はいっ、はいっ!ごめんなさい!寝てません!」

取り繕うために、にへらと笑った顔もまだまぶたを閉じたままだ。

「とりあえずどっか出かける?」

「んー」

「外出て日光浴びた方が目、覚めやすいよ」

「んー」

「それとも何かしたいことある?」

「…」

「早紀!」

「はいっ!起きてますっ!」

「とりあえず外出よ!もう限界やろ!」

「いや、待って、まだ大丈夫。本当に限界になってきたら言うから。そしたら外出てお散歩とかしよ」

絶対に今すぐに外に出た方がいいと思って窓の外を見たが、外は外でお日様がぽかぽかと軟風をあたためる春眠の陽気だったので、とりあえず俺は暖房を切ってテレビを点け、なるべくやかましいバラエティ番組を探してチャンネルを回した。


***


壁にもたれた早紀と横並びになった俺は、こういう時は面白いドラマでも観たら目が覚めるんじゃないかと思って、HDDに録画してあった確実に面白いスペシャルドラマを流した。

これは昨年解散してしまった某アイドルグループが某粘着質な刑事と対決するという個人的にお気に入りのスペシャルドラマで、早紀はまだ観たことがないと言っていたので意気揚々と解説を加えながら(早紀が寝ちゃったらいけないからね!)そのめくるめく展開を鑑賞した。

すると面白い話の力というのはやはりあるようで、俺の左肩にもたれてウトウトしていた早紀も、5人が力を合わせて一生懸命宇梶さんを殺す場面などでは、うわぁまじか、と息を呑んで画面を見つめていた。

そこで俺が、この弁当屋役をしてる役者さんはこの脚本家のお気に入りで他の回にもたまに出てくるんだよ、などと言って鼻高々に喋っていると、そういうのいらんけんちょっと黙って、と冷たくあしらわれてしまったが、思った以上に熱心に自分のお気に入りを観てくれた早紀の横顔を見て、俺の方が大満足な気持ちになって一緒に楽しく鑑賞した。

しかしそのエンドロールが流れ始め、二、三、感想を言い合いながら意気揚々と早紀に次に観せるドラマを探していると、一気に眠気がぶり返したのか再び早紀の頭が俺の左肩に乗せられてしまった。

「早紀ー」

「なーにー」

「その体勢、寝るやろー」

「んー」

「そろそろ外出る?」

「んー。まだー」

そう応えながらも早紀が眠気に取り込まれつつあるのは明白だった。なのに俺と来たらこんな時に限って他の名作ドラマをHDDの中から全て消してしまっている。

「とりあえずしゅんちゃんが観たいの観てなよー。わたしもそれ観てるから」と早紀が言うので、とりあえず俺は観るつもりだった深夜のバラエティをつけた。

けれど意外と面白くなかった内容に俺の興味はだんだん失われ、すると隣でうつらうつらと舟を漕ぐ早紀にちょっかいをかけることの方に俺の興味は向いていった。

そんな時、ふと俺の目に止まったのは早紀のTシャツの胸元だった。

灰色の七分袖のTシャツに包まれた早紀の胸が、もたれかかる俺の左腕に押し上げられ、甘い胸元から大きなふくらみを覗かせていた。

すぐさまスウェットの股間に熱さが集中していくのを感じた俺は、無防備な寝息を立てる早紀のTシャツのふくらみに、迷わず右手を差し出した。

そしてその左のふくらみを持ち上げるように触れると、使い古された下着の柔らかさと薄いTシャツの布越しに、圧倒的な重量感が俺の右手にのしかかってきた。

しばし五指を折り曲げては伸ばし、何度触っても飽き足らない早紀の胸の感触を確かめていると、次第に規則的な寝息の中にやんわりとした艶めきが混じるようになってきた。

俺は気になっていたことを聞いた。

「早紀」

「んー」

「今日何かいつもより重たくない?」

「んー。ならそろそろ生理前かも」

「そっか」

「んー」

いつも柔らかく重たい早紀の胸は、その週になるとまるで別物のようにパンパンに張り詰めてさらに重さを増す。

すると、例え大きくても早紀の身体に馴染んでいたそのふくらみが、その週になると身体から独立するようにはみ出して浮かび上がってくる。

その変化には何度見ても毎回驚かされる。

そしてそんな女性の身体の神秘的な変化に、俺はいつも興奮を掻き立てられる。

露骨に興奮してきた俺は、右手から溢れ返る左胸の重さをぐいんぐいんと揉み回した。

すると艶めきの混じった寝息が徐々に吐息に変わってきた。

なので人差し指を立てて二枚の柔らかな布越しにそのてっぺんを探り当て、指先でそこをカリカリと弾いた。

すると吐息の中に少しずつ短い嬌声が混じり始め、指先に触れる突起は徐々に硬さを増していった。

完全にエッチしたい気分になっていた俺が、二枚の布越しに親指と人差し指でそのてっぺんをキリリと摘み上げると、切ないような嬌声を漏らした早紀の吐息が深く荒くなっていった。

そんないやらしい声を聞いたらすぐさま直接ふくらみに触れたくなった。

なので親指でTシャツの丸首を伸ばし、そのままその中に右手を差し込もうとしたが早いか、すぐさま起き上がった早紀は俺の右手の届かない位置に逃げ退いてしまった。

早紀は言った。

「やめてよ」

「何でだよ」

「したくなるやろ」

「したらいいやん」

「今からしたら、終わった後絶対わたし寝るもん」

「ちょっと寝てすぐ起きればいいやん」

「いや無理。絶対、起きれん」

「俺が起こしてやるけん」

「しゅんちゃんだって終わったらすぐ寝ちゃうやん」

「いや、起きとくけん。大丈夫やけん。やからしよ。な、しよ?」

俺がそう言って早紀の目を見つめると、早紀はしわ寄せた眉間を少し緩めた。

俺は続けた。

「早紀は俺としたくないと?」

チラリと俺を見て目を伏せた早紀は、くちびるを尖らせた。

「早紀は俺とおってもエッチな気分にならんと?」

目を伏せて怒るように鼻息を深め始めた早紀は、ほどなくすると「あーもう!」と怒声を出して俺のひざの上にまたがり、俺の両頬を挟んでキスを浴びせ始めた。

よだれでテラテラに光ったくちびるをペロリと舐めた早紀は、俺の肩に両手をついて、俺を睨みつけながら自らの股の間を俺の硬さに擦り付け始めた。

早紀は徐々に吐息を深めながら言った。

「今、誘って来たのはしゅんちゃんだからね。これでわたしが昼夜逆転治せなかったら全部しゅんちゃんのせいだからね。しゅんちゃんが誘って来たから、わたしは今こんな気分になっちゃってるんだからね」

それから早紀は、俺が手を伸ばしたら弾いて押さえつけるような強引なエッチを始めた。

睡眠欲よりも性欲を優先する。眠気から来る苛立ちすらも性欲の糧にする。

そんな早紀の乱れる髪と揺れる胸を見ながら、改めて早紀にハマっていく自分を感じていた。

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ダメ男の日記 まいたけ @maitake_33

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