第2話

4月2日、日曜日。

春から無職生活がスタートした早紀と俺は、のほほんと俺ん家で夕食を食べていた。

「で、面接どうやったと?」

ローテーブルの対面に座った早紀が俺特製・もやしパスタを口にしながら聞いてきた。

「いや、まあ、普通やったよ」

こないだの早紀のアルバイト始めます宣言に焦りを覚えた俺は翌日早速、求人サイトを開き、勢いに任せて連絡をしたのち土曜日に面接に行って来た。

久しぶりの面接だったので行きの電車は少し緊張したが、それでも感度は良好だったので、帰りの電車はルンルン気分で揺られて帰った。

しかし困ったことに俺は、毎回『感度』良好だと思って帰って、毎回不採用通知を食らっている。

だから俺のその辺の感覚は当てにできない。

今週の日曜日までに連絡がなければ今回は不採用で、と言われたのだが水曜日現在、まだ電話は鳴っていない。

「まあまあ気にすることないって。今まで6回も落ちてるんやったら、7回目も8回目も変わらんって」

他方、パスタでほっぺを膨らませ、ヘラヘラ笑いながら俺を慰めたつもりでいる早紀は、まだ面接の予約すら入れていなかった。

初めてのバイトだから色々検討してたら目移りしちゃって決められないー!というのがその理由のようだが、生活のためのバイトを探す俺とは違って『やりたいこと』をやってみるためのバイトを探している早紀はそのくらいのペースでも全然問題ないと思う。

それにきっと早紀はどこのバイトに応募しても必ず受かる。

なんせこれだけ可愛いし愛嬌もあるしおっぱいデカいし、何よりアルバイトの定番である飲食店やアパレルなどは接客業である以上、よっぽど男性である必要のある店じゃない限り、男性よりも女性の方が採用されやすい。

そりゃ俺が面接官でも、早紀と俺なら考える間もなく可愛い早紀の方を採用する。

エリート街道や高所得者たちの世界では男性優位な賃金格差や役職登用が問題になっているようだが、ワーキングプアや低所得者たちの世界では完全にそれが逆転している。

「ごちそうさまでしたー!美味しかったー!」

ニコニコと笑う早紀を見て嬉しくなった俺が、「そりゃ良かった」と言って空いた食器をまとめていると、「あ」と言った早紀の右手が俺の動きを制した。

「なに?」

「いや。後片付けはわたしがするから」

「いいよ、ついでだし」

「いーや、わたしがします。お皿洗いは、作ってくれた人への感謝の印だから」

何をこの女は急にデキる女アピールを始めたんだ、と俺のイヤな部分が早紀にそうツッコんだが、早速腕まくりをしてシンクに向かう早紀の横顔を見て、素直に気持ちを受け取ることにした俺は、とりあえずHDDに録画してあるバラエティ番組を観ながら、早紀が洗い終わるのを待つことにした。

しかしいつもなら楽しく観ているはずのその番組に、今日は妙に集中できなかった。

それはテレビを中心に見据えた視界の右端の方で、シャーベットブルーのサテンのギャザースカートを履いた早紀のおしりが、洗い物のためにやんわりと突き出され、その巨大な丸みが形を現していたからだった。

サラサラとした素材のこのロングスカートはその爽やかなシャーベットブルーの色味通りに、可愛さはあってもエロさはない。

しかし今、その爽やかな可愛さを意図して作られたはずのロングスカートは、早紀の巨大なおしりのせいで扇情的な着衣に変貌していた。

早紀が懸命にお皿をこするたび、そのロングスカートは丈の分だけそよそよ揺れる。

するとそれに惹きつけられた俺の瞳は、せっかくのギャザーを台無しにしてしまうほどの大きなおしりに注がれ、しばしそれを見つめてしまう。

けれど早紀は俺への感謝の気持ちのためにお皿洗いをしてくれているのだ。そんな早紀の行動をエロい目などで見てはいけない。

そう自戒した俺は、めくるめく展開をするテレビ画面に視線を戻す。

しかし目の端で、やはりあいつがそよそよと俺を誘ってくるので、俺はやはり早紀のおしりに注目してしまう。

そしてそれを見れば見るほど、股間にそよそよと熱さが注がれてしまう。

すでにお気に入りのバラエティなどには完全に興味を失ってしまった俺はそれをリモコンで一時停止して立ち上がるなり、シンクで洗い物をする早紀の背中にギュッと抱きついた。

「えっ、なにっ、急に」

照れ笑いするその左頬に一つキスをした俺は、早紀の髪の香りを感じながら左耳にささやいた。

「ねー」

「んふふ。なーに?」

「あとどれくらいで洗い終わるとー?」

俺が耳の形にくちびるをつけてそう問うと、早紀はピクリと身体を微動させて応えた。

「あ、あとはお水ですすぐだけだよー?」

「そっかー」

再び身体に早紀の微動を感じながら、俺は早紀の左耳をくちびるや鼻先でまさぐった。

すると早紀は短い鼻息や震える吐息を漏らしながらも、やり始めた仕事をきちんと完遂させるために震える手先を動かした。

けれど俺の舌が熱い吐息と共に耳の奥に侵入しようとすると、早紀はついに「あっ」と明確な嬌声を発して震える手先を止めてしまった。

「…しゅーんちゃーん…」

「んー?」と鼻息で聞き返すだけで早紀は再び声を震わせた。

やはり早紀は左耳が特に『感度』良好である。

よーし、このままいじりながら洗い物を続けさせて、洗い終わったらいきなり押し倒してエッチなことを始めてしまおう。そして…。

と、そこまで考えたところでハッと俺は思い出してしまった。

俺による『感度』の判断は当てにならない。

すぐさまゾッとした不安が脳裏を駆け巡った。

もしかしたら早紀の『感度』への判断も今までずっと間違えていて、だけど早紀は優しいから俺の攻めにずっと付き合ってくれていて、今も本当は感じてないのに感じているフリをしてくれているだけで…。

水道の蛇口が猛然とシンクを叩く音を聞きながら、俺は体内に冷たい不安がじゃばじゃばと拡がっていくのを感じた。

けれど俺はそれをせき止めるため、猛然とロングスカートの前を掴んで手繰り上げ、張り詰めた太ももを這って辿り着いたパンツの中に左手を差し込んだ。

「ちょっ、ちょっと!しゅんちゃん!え?え?」

そしてそのまま茂みを掻き分け、その亀裂に沿って中指を折り曲げた。

すると、ぬるり、とした圧迫感を中指に感じ、同時に早紀のくちびるから大きな嬌声が飛び出した。

静まり返ったキッチンには、川のせせらぎのような蛇口の水音が流れていた。

中指を伸ばすなり再び「あっ」と嬌声を漏らした早紀に、俺は穏やかな心で聞いてみた。

「早紀」

「…なに」

「洗剤、こぼしちゃったの?」

「…?」

「ここめっちゃぬるぬるしとるけど」

三たび中指を折り曲げると、早紀は水道の蛇口を止めて俺の身体にもたれかかった。

俺は言った。

「ほんと早紀って『感度』いいよね」

早紀は何度も嬌声を漏らしながらも俺の言葉に応えた。

「しゅんちゃんが…一番よく知っとるやろ…?」

いつも俺に採用通知をくれる早紀に、俺は愛しさを込めてそっとキスをした。


***


「ねえ?」

「うん?」

一時停止したテレビ画面だけが辺りを照らす室内で、二人はベッドに寝転びながら、心地良く冷めていく快楽の余韻に浸っていた。

「しゅんちゃんってさ、外国人系のバラエティが好きだよね」

一時停止した画面を眺めていた早紀は、そう言って俺の顔を見上げた。

「あー、まあ、そういえばそうやね」

「なんで?」

「んー」

問われて初めて疑問に感じた。確かに俺は外国人をおもてなしする番組や、外国人の日本旅に密着する番組や、外国に行って初めてその国の文化を体験する番組が好きである。

早紀の頭を撫でながらしばらく考えていると、ふと、思い出した気持ちがあった。

俺は言った。

「あー、そういえば」

「ん?なになに?」

「俺、昔、通訳士になりたいと思ったことあるんよね」

意外ー!というニュアンスの込もった早紀の相槌に促されて、俺は言葉を続けた。

「いや別に、何かあってそう思ったとかやなくて、ただ単純に、英語話せたらカッコいいなあ…みたいな」

「そうなんや」

「うん」

俺のような者の話を聞いてくれて、なおかつそれに興味津々な目を輝かせてくれる早紀のおでこに俺は一つキスをした。

すると早紀も一つ、キスを返してくれた。

早紀は言った。

「実は英語の勉強とかしよると?」

「ううん。全然」

「なんで?」

「なんで?って」

俺は何となく早紀の頭から手を離して考えた。

確かにそう言われてみれば、何でだろう。

しばし俺が沈黙していると早紀はやおら口を開いた。

「やってみればいいのに」

「…」

「せっかく無職なのに」

「…」

「せっかく時間あるのに」

「…」

「なんかもったいなーい」

そう言って俺の手を自らの頭に導いた早紀は、再び頭を撫でるように俺に促した。

俺の心の中に何か小さな希望が光った気がした。

けれどすぐに脳内で誰かがそれを、無理無理!と嘲笑した。

落ち着かない気持ちになってきた俺は、それを鎮めるために早紀の頭をゆっくりと撫でた。

そして早紀が寝息を立て始めるまで、自分でもよくわからない気持ちの正体について、ずっとずっと考えていた。

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