第十四章 『独りじゃない』

第十四章

「これが・・・社?」


 そう一人で呟き、手入れが行き届いているとはとても思えない社殿の前に立っていた。


『・・・そう。ここが始まりの場所・・・』


 どこからか女性の声が聞こえる。


「誰かいるのか?」


 この場所にいるのは一人だと思っていた俺は、思わず周りを見渡した。


「・・・・」


 返事はない。


「気のせい・・・か?」


『・・・負の螺旋・・・』


 再び女性の声が響く。これは、俺にしか聞こえていないのか?


「誰だ?」


 和樹は声の主を探して辺りを見渡すが、やはり誰の姿も見えない。

 思わずの腕を組んで考え込む。


「誰もいないはず。でも声が聞こえる。幻聴?いや、それにしてもはっきりと聞こえた。」


 肩にかけたカバンからスマホを取り出して通話状態なのかの確認する。


「だよな。勝手につながるわけないし。」


 そういって自嘲気味に笑う。


「そういえば・・・亜衣は・・・」


 和樹の失われた過去の記憶がかすかに蘇る。




「ねぇ、お兄ちゃん。」


「なんだ?亜衣。」


「お兄ちゃんは成和町って知ってる?」


「成和町?どこだよ?」


「そっか・・・ううん、知らないならいいんだ。」


「あ、おい、亜衣・・・」




 あれはいつのことだ?

 亜衣はこの町のことを知っていた?


「聞いてみるか。」


 そう言って亜衣に電話をかける。


「あ、亜衣か?俺だよ、和樹だけど。今話しても大丈夫?」


 数度の呼び出し音の後、いつもの亜衣の声が聞こえてくる。


「あ、うん。大丈夫だよ、お兄ちゃん。どうかしたの?」


 どうしたんだろう。心に安堵感が広がる。


「実は、成和町にいるんだ。ついさっき着いたんだけどな。」


「え?どういうこと?」


「どういうことって・・・俺が今、記憶を探す旅に出ているのは知ってるだろ?」


 俺は事故に巻き込まれて記憶をなくしてしまった。

 ただ怪我の程度が軽く、数日程度の入院で済んだのは不幸中の幸いだった。

 亜衣と話をするのはその時以来だ。

 昔はもっと頻繁に話していた気がする。これもさっきのように記憶が戻りかけている証拠なのか?


「うん。知ってるよ。」


「でな?いろいろ話を聞いて、調べて。そしたらこの町にたどり着いたんだ。」


 ここに来る前に色々な場所に立ち寄った。

 柴田さんに引き取られる前にいた児童養護施設。

 俺がいた頃の園長の久保田さんにも話を聞いた。

 卒業した中学校に高校。それからもちろん今の両親である柴田さん夫妻。

 それらの話からこの成和町にたどり着いた。


「え?そうなの?」


「あぁ。」


「えっと、麻衣さんも一緒なの?」


 麻衣か。彼女とはしばらく会っていない。

 確かに彼女とは仲良くしていたけど、付き合っていたわけじゃないんだ。


「いや。麻衣とはいろいろあってさ。一人で来たんだ。」


「そう・・・なの?何があったの?」


「なぁ。俺はタカナシカズキなんだよな。」


「そうだよ、お兄ちゃん。」


「やっぱりそうなんだよな・・・」


 安心感が心を支配していく。

 これは俺の記憶が戻っていっているせいか?

 それとも亜衣と話をしているからなのか?


「どうしたの?何があったのか教えて?」


 亜衣の声のトーンが変わる。どうしたんだ?


「俺はこの町を知ってるんだよ・・・」


「お兄ちゃん?・・・・」


 亜衣が切羽詰ったような声を出す。どうしたんだ?電波でも悪いのだろうか。


「社の森に入ったところにいるんだ。」


「今歩いてるの?どこにいるの?」


 俺の声が届いていないのか?

 俺には亜衣の声がしっかり届いているのに。


「社が見つかったから、そこにむかって歩いてるんだ。」


「待ってお兄ちゃん。私も・・・」


 電話先で慌ただしくしている音が聞こえてくる。


「・・・やっぱり俺の知ってる場所だった。」


 愕然とした。俺はこの町を知っている。いや、覚えている。


「私も・・・すぐに行くからっ。」


 すぐに行く?どういうことだ?

 亜衣がこの町にいるのか?

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