第十五章 『一つの答え』
第十五章
俺が以前見た夢は夢ではなかったのだろうか。
亜衣から聞いた話はそう思わせるに十分だった。
ここは双子の神が祀られた社。
とは言ってもついさっきまで見ていた
俺には理由がわからないが、亜衣が言うには、二人で一緒に包まれた光が原因なのだという。
そして、俺は似たような経験を過去にしているように思う。
しかも、それは一度ではない。
徐々に戻ってくる記憶。
「俺は・・・一体誰なんだ?あの時の俺は・・・何をしたんだ?」
思い出される記憶は断片的だ。けれど・・・はっきり思い出せることが一つ。
「俺は・・・人を殺した・・・」
その言葉を聞いて亜衣が押し黙って俯く。
「思い・・・出しちゃったんだね・・・」
その言葉はまるで全てを知っているかのような。そんな言葉。
「亜衣・・・お前、いったい・・・?そんなバカなことが?」
俺の言葉を遮るように亜衣が俺の頭を撫でる。
「あれはあなたであってあなたではないの。だから、気にしなくてもいいのよ。」
その言葉は妹のように可愛がっていた亜衣の言葉というよりも、そう、もっと親しい人間の言葉。言い換えるなら家族、それも母親からかけられたようなそんな言葉に思えた。
「亜衣・・・お前は・・・舞なのか?高梨舞なのか?」
どうしてそう思ったのかわからない。ただ、漠然と脳裏に浮かぶ記憶の中の高梨舞と高階亜衣がダブって見えた。あの時、村の道で出会った女性、高梨舞。
俺はついにはっきりと思い出す。
「いいえ、違うわ。私は高無舞の双子の姉、高無愛の生まれ変わり。そして・・・あなたの祖母の生まれ変わりなの。唯は私の娘だから・・・」
そう言って亜衣も目を伏せる。
訳がわからなかった。頭の中では状況を理解できていない。しかし、感情では理解できている。とても不思議な感じだ。
「俺の・・・祖母・・・おばあちゃん・・・唯・・・お母さんの名前?」
俺には両親の記憶はない。
柴田家に引き取られるまで養護施設で育った俺には、家族の温もりを知らなかった。柴田さん達は俺の家族だ。俺のことを本当に心の底から愛してくれている。
けれど、目の前にいる亜衣からも確かに感じる家族の温もり。
これが血の繋がりなのだろうか。
「今まで・・・ごめんなさい。隠していた訳じゃないの。でも、こんな話は信じてもらえないと思って・・・」
亜衣が優しく抱きしめてくる。俺は気が付いた時には亜衣を両腕で抱きしめ、泣き出していた。
しばらくして、亜衣の口から驚くようなことが告げられた。
「あなたが以前に私・・・つまり高無愛だったころの私に出会った時なんだけど、思い出せるかしら。」
亜衣は俺の顔をじっと見つめながら優しい口調で問いかけてくる。
「あぁ、覚えてる。いや、思い出した。あの時の俺は、高梨舞に出会った。あれは・・・」
確かにあの女性は高梨舞だと名乗った。そして俺も柴田和樹と。
「そうね。でも、あの時出会ったのは舞ではなく、私。高無愛だったの。」
亜衣がはっきりと口にする。そして、優しく微笑む。
「わからないよっ。それならどうして家に愛が・・・いや、おばあちゃんがいたんだよ!」
うら若き乙女に向かっておばあちゃんと呼ぶ和樹の姿はとても滑稽なものに見えた。しかし、当の二人にとっては誰かにどう思われようと、それが本来の姿なのだ。
「一緒に買い物に行ったのを覚えてる?あれは私ではなく舞だったの。そして、あなたが突き飛ばしてしまった女性。それが私。あの時、私と舞は二人で一人の人間を演じていたの。それはそれは、深い理由があったのよ。」
亜衣、いや、愛はゆっくりと首を振りながら答えた。
俺があの日出会った女性は、祖母と大叔母だったということなのか?
俺は二人が入れ替わっていることにも気がつかなかった。
そして、事もあろうに祖母を階段から突き飛ばしたというのか。
「ごめん、おばあちゃん・・・」
亜衣は再び首を横に振って続ける。
「違うの。あの時の記憶はね。正確にいうとあなたの記憶ではないはずよ。よく思い出して見てごらん?本当に自分の意思で行動していた?」
「どういうこと?」
俺はまるで、幼子が尋ねるかのように聞き返す。
「あれは和樹ではなく、他人が起こした行動の記憶。それをあたかも自分の体験のように追体験しただけよ。だって、私があの時見た和樹の顔にはホクロがなかったもの。」
そう行って俺の左目の下にある泣きぼくろに指を当てる。
「そうなの?」
「そうよ。そのホクロは私と唯とお揃いよ。とは言っても愛だった頃の私だけどね。」
そう言って優しく微笑む。
「そして、舞にはそのホクロがなかったのよ。私たち二人を見分けるにはそれが一番よ。」
そう言って少しだけ寂しそうに目線を下に向ける。
「そうだったんだ・・・気が付かなかったよ。」
「それでいいのよ。」
そう言って一言だけ付け加えた。
「絶対に忘れないでね。」
「でも、どうしてあれが俺じゃないってわかったんだ?」
俺は不思議に思い、亜衣の答えを待つ。
「あの時、私と出会ったのは柴田和希という人よ。」
わからない。まったく。どういうことなのか。
「同姓同名。そういうことなのよ。」
亜衣が俯きながら俺の疑問に答えていく。
「同姓同名だって?そんな・・・」
納得がいかない俺の言葉を遮るかのように亜衣は話をすすめる。
「あの日、私は社から戻ってきたところでその人に出会った。彼は民宿に泊まると言っていたのだけど、私はあの村に戻ったばかりだったからよくわからなくて・・・」
確かにそんなことを言われた。
「じゃ、待ってくれよ。その柴田和希・・・なんか自分の名前みたいで嫌だけど。そいつが犯人?」
俺の問いかけに亜衣はただ頷く。
「でもね、私もそれ以降のことは知らないの。新聞の記事で探してみたけど見つけられなかったし。」
「そうなのか・・・でも、じゃ、舞・・・いや大叔母なら知っているのか?」
「知らないわ、多分。私が
溜息を付きながら亜衣が答えた。
「そうだ。あの後、俺は車にハネられたんだ。そして崖から落ちた。」
思い出される記憶を亜衣に語る。
まるで答え合わせをするかのように。
「そうなのね。でも、今となってはどうでも良いことだわ。」
フッと笑みをこぼして亜衣が俺の顔を見る。その刹那、一つの記憶が蘇ってくる。
「・・・俺、その名前に覚えがあるんだ。俺の養父母の・・・」
「それは言わなくてもいいわ。もう、終わったことなの。」
亜衣は俺の顔を両手でしっかりと挟み込み、強い口調で俺を制する。
「わかった・・・よ。」
「それに、憶測で言ってはダメよ。」
そうだ。その通りだ。
それにずっと昔の話だ。きっと彼にだって悪意があったわけではないのだから。
あの時の後悔の気持ち。彼の気持ちは痛いほど伝わって来たのだから。
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