第十三章 『少しの違いで』
第十三章
どうして私は生まれ変わったのだろう。
この世に未練があったから?
それは否定しない。もっと長生きすると思っていたし、唯の成長をこの目でみたかった。しかしそれは叶わない。
前世の私と唯が生き別れてからすでに数十年。私は唯には出会えなかった。もしかすると既にこの世にいないのかもしれない。そう考えると涙が自然と溢れてくる。
だた、和樹と私の間には血の繋がりがあることだけは感覚的にわかった。
唯の息子、私の孫だと言う感覚。
繋がりといっても前世の私との話。
けれど、今の私は高階亜衣。直接的な繋がりはない。
施設では彼のことを『お兄ちゃん』と呼び、くっついて回っていた。
年上の男の子を慕う可愛い女の子。
その演技がどれほど苦しいものだったか。
それが、まさかこんなことになるとは予想できるはずもなかった。
こんなことになるとは予想もしていなかった。
実は私が知っていることはそう多くない。
成和村には『双子の神』と呼ばれる存在がいること。
少しだけその存在を感じることができたこと。
そして、おそらくは舞も私と同じようにその存在を感じていたということ。
そんなことしかわからない。
せめて、あの頃のことがわかるなら・・・
父も既に他界した。
舞ももういない。
二人に出会うことは二度と無い。
父のことを思い出す。
父は優しかった。
幼い頃の私の記憶。
いつも仕事で忙しくしていたけど、私達姉妹と暇を見つけては遊んでくれていた。
けれど、舞がいなくなって私達の生活は一変した。
よく遊んでくれた父は書斎に引きこもりがちになり、話をする機会さえほとんどなくなった。
舞のことを必死に探しているようにも見えたし、何か他のことに熱中しているようにも見えた。
舞のことを思い出す。
舞は可愛い妹だった。
いつも私の後をついて来るような可愛い子だった。
いなくなった時は自分の半身が失われたような喪失感に襲われた。
何年も何年も探し続けたが私には見つけることができなかった。
紆余曲折を経て、自らの妊娠をきっかけに生まれ故郷に戻った私は、あの日、幼い日に生き別れた舞に偶然再会した。
生き別れてから二十年以上。どうやっても見つけられなかった妹に。
それからの日々は幸せだった。娘の唯を出産し三人で楽しく暮らした。それまでの荒んだ生活が一気に浄化されていく・・・そんな思いだった。
しかし、そんな日々は永遠に続くわけではなかった。私は幼い娘とやっと出会えた妹を残してこの世を去ることになった。
だから、それ以降何があったのか。私には知るすべがなかった。
そんな私にきっかけをくれたのは和樹からの電話だった。
「あ、亜衣か?俺だよ、和樹だけど。今話しても大丈夫?」
いつもとはどこか違う和樹の声。
私は心配で胸が潰れそうだった。
「あ、うん。大丈夫だよ、お兄ちゃん。どうかしたの?」
何かあったに違いない。
確かに和樹には一度あった時に携帯電話の番号を教えてあった。
しかし、私から電話をかけることがあっても、和樹から電話が来たことなど今までは一度もなかった。
「実は、成和町にいるんだ。ついさっき着いたんだけどな。」
驚きだった。まさか和樹がこの町に来るとは思ってもいなかった。実は数日前から私自身も成和町に来ていたから。
「え?どういうこと?」
驚いた素振りは見せずに和樹の言葉に耳を傾ける。
「どういうことって・・・俺が今、記憶を探す旅に出ているのは知ってるだろ?」
その話は聞いていた。
できることなら私も一緒に付いて行きたかったけど、ついに和樹にそのことを言えぬままだった。それが和樹の方から連絡してくるだなんて。
「うん。知ってるよ。」
「でな?いろいろ話を聞いて、調べて。そしたらこの町にたどり着いたんだ。」
この町にたどり着いた。
その言い方からすると、まだ詳しいことは知らないように思える。
でも、知るべきなのだろうか。
いくら彼がそう望んだとしても、知らないことが幸せだということもある。
「え?そうなの?」
「あぁ。」
「えっと、麻衣さんも一緒なの?」
これだけはどうしても聞いておきたい。
麻衣からはどうにも嫌な気配を感じてならない。
私の勘違いなら・・・何度もそう思った。
「いや。麻衣とはいろいろあってさ。一人で来たんだ。」
いろいろとは何があったんだろう。
私の記憶では麻衣が一方的に和樹を慕っているように見えた。
ともかく、二人がうまくいっていないというのは変な言い方だが朗報ではある。
「そう・・・なの?何があったの?」
「なぁ。俺はタカナシカズキなんだよな。」
「そうだよ、お兄ちゃん。」
タカナシカズキ。その名前は施設にいた頃の彼の名前。
「やっぱりそうなんだよな・・・」
急に和樹の声が聞き取りにくくなる。それに何かの
「どうしたの?何があったのか教えて?」
「・・・は・・・を・・・だよ・・」
和樹からの返事が聞こえない。何かを言っているのは確かだけど・・・
「お兄ちゃん?聞こえないよ。」
「・・・森の・・・ザザッ・・・」
森?森って?
「今歩いてるの?どこにいるの?」
「社が・・・むかって・・・」
社っ。あの社に違いない。
「待ってお兄ちゃん。私も・・・」
そこまで言ってから口籠る。
私がこの町にいる理由をどうやって話したらいいの?
「・・・やっぱり・・・・・・だった。」
相変わらず和樹の音声は聞き取りにくい。
あそこは電波が悪かったっけ。いや、そんなことよりも、突然電話をしてきたことに違和感を覚える。
「私も・・・すぐに行くからっ。」
そう言うと部屋から飛び出し、社のある森の方へ向かって駆け出していた。
社と森。
街のことでこの二つから考えられるのは『双子の神』の社の森に違いない。
私は走った。
胸が苦しい。
心臓の鼓動が限界を超えているのを感じる。
でも、ここで止まるわけにはいかない。
森の中の道は思っていたよりも足場が悪い。途中何度も躓き転びそうになる。それでも止まることなく走り続ける。森の中に入ったせいか、少し辺りが暗くなってきていることも気にせずにひたすらに走った。
「お兄ちゃんっ」
和樹を見つけて声をかけようとしたが、全力を超えて走ってきたせいか声が出ない。それ故か。和樹も亜衣にはまだ気がついていないようだった。
あたりは少しだけ薄暗くなってきており、間も無く日が落ちるであることを示していた。
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