第十一章 『深すぎる闇』

第十一章

 私は失敗した。

 一人じゃ駄目だったんだ。

 舞を助けたかったのに。

 犠牲になってしまった一人の妹を。


 腹部に広がる痛み。

 止まらない出血。

 動かない体。


 かつて体験したあの感覚と同じだ。

 あの時は、階段から突き飛ばされた。

 でも、あれは事故だった。

 そのことに関して私は恨んでもいない。


 何がダメだったんだろう・・・

 何が足りなかったのだろう・・・


 ・・・そして、時間は少しだけ遡る・・・



 私がここに来てからひと月。

 この時代は戦後のゴタゴタもあって戸籍なんかも怪しい状態だったことも幸いした。名前も『鷹觜雪子(たかはしゆきこ)』と変え、実家である高無家に女中として潜り込んだ。もともと知らない土地ではないわけだし、そう苦労もなかった。懐かしい・・・その感覚さえ騙すことができるならば。


 私の名前は高階亜衣。物心ついたときには都内の児童養護施設にいた。だから、生まれた場所もわからなかったし、両親のことも知らない。

 自分が前世の記憶を持っていると知ったのは十歳くらいの時だった。そのせいもあって施設では少し浮いたところがある子供だった。ある時、同じ施設にいた兄妹のように育てられた「和樹」という少年が自分の血縁(とはいっても前世での繋がりの話なのだが)ということを感じ始めた。その理由は名前。私にとって印象深い名前である「高梨和樹」という名前だったこと。しかし、どうして前世の記憶を持ったまま、この世に再び生まれ落ちたのかなどわかるわけもなく、前世の記憶を持つが故の苦悩との戦いの毎日だった。


 自分の運命を悟ったのはお兄ちゃんと呼んでいた高梨和樹(柴田家に引き取られて柴田和樹と名乗っていた)に再会したときだった。

 あの日、私の命日となった日にどういうわけか和樹が現れている。あれは昭和五十五年。私がちょうど三十歳の時だから、孫にあたる和樹があの日にいるはずがない。娘の唯ですらまだ四歳だったのだから。


 そして、あの日出会った和樹には両腕があった。つまり、あの時、私を突き飛ばした和樹は、私が知っている和樹ではない。というよりもあの和樹は本当に和樹だったのだろうか。今になってから疑問が湧き上がる。


 あの日の和樹が誰なのかはわからない。過去に出会った和樹と、現代に生きる和樹が同一人物なのか。それすら私にはわからない。

 私はあの日に死んでしまったのだから。

 和樹があのあとどうなってしまったのかもわからない。

 それにしても、よく考えてみると不思議な話だ。今の和樹には私と出会ったという記憶がない。高無愛としての私、高階亜衣としての私、両方だ。それが事故のせいなのかはわからない。

 和樹の病室を訪ねた時に機会があればしっかりと話を聞いておきたかったのだが、その機会も永遠に失われた。


 私には娘の唯や孫の和樹に降りかかった災難は、すべてあの時から始まっているように思えてならなかった。記憶は曖昧だったが、舞がいなくなった日のことだ。あの日から私たち高無家は何かがおかしくなっていったように思えてならなかった。きっと、そう言った私の未練が前世の記憶を持った人間として生まれ変わった原因なのだろう。


 幼いころからこういった直感はよく当たる方だった。そう考えると、いてもたってもいられず、私を引き取ってくれた両親には内緒でこの成和村にやってきた。そしてこの村の社で、あの声を聞いた。昔、私に話しかけてきた優しい声だ。


『あなたが望むなら、過去を変える力を与えます。』


 その声の後、気が遠くなり過去の成和村にいた。

 未来を変えるチャンスなのかもしれない。




「そう思っていたのに・・・」


 そう声に出そうとしても口からあふれてくるのは血ばかり。

 私に話しかける若き日の父。

 まだ、幼い舞と何かを言い争う父。

 何が起こったのかわからなかった。


 そして、何かに憑りつかれたような笑顔を浮かべる幼い舞に首を掻き切られ・・・


 私の意識は闇へと徐々に落ちて行った。

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