第十章 その五
古びた洋館の前に麻衣と二人で立っていた。
「俺は・・・ここを知っている。」
「・・・・」
「ここに来たことがあると思う。」
「・・・・」
「いつなのかはわからない。でも、知っている。近くには確か、民宿があって、そして、あっちの方に行くと小さな社があるって。」
俺は一体何を思い出したのだろう。
「・・・そうだね。」
麻衣も何を考えているのだろう。
「でも、この洋館には入れないみたいだ。管理地?中には入れたら何かがわかるかもしれないのに。」
俺は悔しさのあまり、洋館の入り口になっている門を蹴り飛ばす。
「入れるよ。」
麻衣がポツリと言った。
「え?」
「だから、鍵を借りてあるから。」
驚いた。どうして舞が個々の鍵を持っているのだろう?借りてきた?いったいいつ?いや、それよりもどうやって?
「・・・どうして?」
「必要になると思ったから。」
「・・・いや、ここに入るのは後にしよう。まずは俺の記憶が正しいのか確かめたい。」
「・・・そう・・・」
麻衣の表情がどこかおかしい。まるで、彼女にとっての目的地がここであるかのようだ。
一方そのころ。
「すべては私が三歳の時の出来事が原因。きっと和樹はここに来る。でも、和樹にできることがあるわけじゃない。私がなんとかしなきゃ。あの子を救えるのは私しかいない。」
そう呟き、社に向かって何かをつぶやく。その瞬間。社から淡い光が彼女の方に伸びていき、そして彼女の体を包み込んだ。そして彼女の姿は忽然と消えた。
「高無唯っていう人の事。少し調べてみたんだ。」
山道を歩きながら麻衣に話しかけた。
「そう。」
まるで興味がないかのように俺の言葉を聞き流す。
「あぁ。けど、何もわからなかった。」
「それはそうでしょう。普通、そんな昔のことなんてわからないわよ。」
そうだろうか。行き倒れた女性なんてそうそうあるもんじゃない。まして、病院から抜け出してとなれば少しくらいニュースになっていてもおかしくないはずだ。
「俺の名前は・・・高梨和樹だ・・・。」
「そうだね。」
「何か関係あるんだろうか。」
「さぁ。どうなのかしらね。それを知るための旅でしょう?」
それはそうだが・・・麻衣の反応が気になる。いつもとは明らかに違う。俺が洋館に入ろうとしなかったことに落胆の表情を隠さない。それに・・・口調まで少し違う気がする。
「そうだな・・・とりあえず、俺の記憶にある社の方に行ってみよう。」
自然と速足になり社の方へ向かう。
「あった・・・社だ。」
それは社というには少し大きく。神社と呼ぶには少し小さい建物だ。どちらにしても人の手が入っていないのか、建物自体はかなり痛んできている。
「これ?」
麻衣が俺に尋ねてくる。
「わからない。実際に見たことはなかったんだ。ただ、ここの社に毎日来ているっていう人の話を聞いたんだ。」
聞いた?誰に?ここに来たことがないはずの俺が?
「聞いた・・・誰に?」
そう言った麻衣の声が恐ろしく冷たい声に聞こえた。
「誰・・・なんだろう。女性・・・だったと思う。名前は思い出せないけど。」
「そう。」
そう言って麻衣は社に近づいていく。俺もその後に続いて社に向かって歩く。
「名前は無いみたい。」
麻衣がポツリと言う。確かに神社や社に必ずある祀られている神の名を記したものが見当たらない。
「それほど廃れてしまっているのだろうか。」
それにしても、この場所は何か不思議な感覚がある。暖かくて冷たい。よくわからない不思議な感覚だ。
「そんなものよ。信仰なんて。」
麻衣が吐き捨てるように言う。
「・・・かもしれないな。」
そう言った時、社の近くに光るものを見つけた。
「ん?あれはなんだろう?」
そう言って近くに歩み寄って拾い上げる。それはピアスだった。赤と青の石がついた小さな一対のピアス。確か高階亜衣が身に着けていたものだ。
「どうして・・・」
そのピアスを見て麻衣の表情が変わる。
「ん?」
「どうしてあの女がここに・・・まぁいい。どちらにしても目的は達成されているのだから。」
そう言った麻衣は、左手で下腹を優しく撫でながら、右手にきらりと光るものが握っていた。
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