第八章 その六

 私は屋敷の窓から外を眺めていた。

 そう、あの親子を探すために。

 近くにいれば運は私に味方するだろう。

 だが、ここに来て私の計画に大きな穴があったことに気が付く。それは、仮に身代わりを立てたとして、どのようにして舞を生きながらえさせるのかという問題だ。


 ただ、舞を救う。それだけを考えていた私は愚かだったということか。


 いや、方法はあるはずだ。

 そうだ、いっそあの親子のもとに舞を養子として引き取ってもらうか。養育費を渡せば引き取ってもらえるかもしれない。

 駄目だな。同年代の子供二人を養うのは金銭面でというよりも精神面で厳しい。ましてや他人の子となればなおさらだ。

 やはり、あの親子の子と舞を入れ替えるという手しか無いのだろうか。これだと儀式は乗り切れたとしても、その後の舞の人生が保証されない。三歳の子に自らの危険を説明しても理解できないであろうし、他人の子になるには既に舞は育ちすぎている。せめて、自我に目覚める前であればなんとかなったであろうが。

 落ち着け。時間はそう残されてはいない。しかし、失敗は許されない。念には念を入れて計画を練りたい。どうするべきなのだろうか。


 舞の記憶を消す?

 どうやって。下手を打てば脳に障害を残すことになりかねない。

 舞を説得する・・・のは無理だ。さっきあれ程泣きじゃくった娘だ。絶対に理解など出来ない。

 ならば・・・舞を今夜のうちに何処かへ逃してしまうか。

 どこへだ?車を使うか?いや、駄目だ。うちの車はこの地域で唯一の自家用車だ。私は運転に慣れていない上に目立ちすぎる。


 どうする?

 ドウする?

 ドウスル?


 何も思いつかない。


 いや、簡単な手があるじゃないか。

 三人で逃げればいいんだ。

 なんだ、簡単じゃないか。

 家族で一緒に逃げればいいんだ。


 そう考えて再び窓から外を見る。そして、自分の考えが全て実行不能になっていたことを知る。弥彦が、いや、村人の殆どが屋敷の周りに集まっていたのだ。

 そう、私達が逃げ出さないようにご丁寧にも見張りにやってきたのだ。


 これではもう、私には何も出来ない。

 残念だ。全ての手段は封じられた。


 明日、自らの手で、愛する娘の命を絶たねばならない。


 私は・・・どうすることもできなかった。

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