第八章 その五

 屋敷に戻ってからセツと雪子に事情を説明した。

 弥彦のこと、舞のこと、それから明日儀式を行うということ。

 私には舞を見殺しにすることは出来ない。一計を案じるが君たちは何も知らぬ存ぜぬを通すこと。それを確約させ、セツは一度実家の村に戻ってもらうことにし、雪子には紹介状をもたせ、大坂の知人の屋敷へ奉公に出した。二人が屋敷から出ていったのは四時頃。思ったよりも順調に事が進んでいると思う。


 問題はどうやって舞の命を救うかということだ。仮に舞の命が助かっても愛の生命が助からなくては意味がない。二人はやっと授かった大切な娘たちだ。妻は産後に流行病にかかりすでに他界しているが、その際の遺言が『二人に幸せを。』だった。こんなところで二人の人生を終わらせる訳にはいかない。絶対に。

 儀式の内容はよく知っている。私も若い頃に一度だけ儀式に参加させられたからだ。儀式は贄とする者の意識をなくすところから始まる。基本的には幼い子供が対象であったから、飲み物にほんの少しだけ酒を混ぜることで大丈夫だった。その後、社で宮司に扮した高無家の者が贄となる者に感謝と謝罪の言葉を述べる。それから社の先にある崖に贄となるものを連れていき、海へ返す。それだけだ。簡単な儀式だ。儀式に参加できるのは私達高無家の人間に贄となる者の家族、多くの場合は両親だった。それから立会人なのだが、これは誰でも良かった。今回は弥彦が立会人として参加するのだろう。そして問題が一つ。立会人は三人必要であることだ。これは儀式に立ち会った人間が口裏を合わせ、実際には不成立の儀式をいかにも行ったようにするということを避けるためだ。ただ、今回は緊急を要す上に弥彦からの提案だ。いや、儀式を行うと行ったのは私だから、正確に言えば提案者は私なのだが、このあたりは弥彦が手配しているであろう。あの男はこう言ったところに抜かりはない。間違いなく、村長とその妻、つまりは彼の両親を連れてくるであろう。

 つまり私が何を言いたいのかというと、ごまかすことは非常に難しいということだ。

 だが、私には一つの妙案があった。

 これは本当に偶然であったのだが、雪子とともに社に走ったときのことだ。舞とそっくりの少女を見つけたのだ。あんな少女は村で見たことがない。つまりは村の外からやってきた訪問者であることは間違いがない。であれば、村人とは面識はないであろう。両親さえ上手く騙せれば替え玉が可能ではないかと考えたのだ。

 私のことをのちの人間は鬼畜だと言うだろう。我が子可愛さに他人の子供を犠牲にするという算段を冷静に考えているのだから。

 あとはどのようにしてあの両親に声をかけるのか。その一点が問題だった。この村には私にとっての腹心と呼べる人間がいない。呼び寄せるにしても時間がかかる。そうこうしているうちに、あの親子がこの村を離れないとも言えない。何をしに来たのか知らないが、一夜の宿を提供し、この村の特産品の一つである酒蔵に案内しておけば子供だけを預かることも容易いであろう。その後は厄介であれば両親も消してしまえばいい。幸いにして私は警察にも顔が利く。今持っている権力をこういう時に使わなければいつ使う?

 いや、わかっている。自分がどれほど恐ろしいことを言っているのか。しかし、娘の舞を救うには・・・これしかないではないか。

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