第八章 その二
双子は様々な理由で嫌われた。
その理由には諸説あるが、跡継ぎの問題や食糧事情の問題、また、母体に負担がかかることからの死産や未熟児での出産による生存率の低さなどが挙げられる。
日本において双子に関する言い伝えの登場は、古くは日本書紀まで遡るとされる。
また、
さらに、日本国内ではなく海外の神話に目を向けると、北欧神話において兄である豊穣の神・フレイと妹である愛の女神・フレイヤが双子であるとされ、ギリシャ神話では太陽神・アポロンを兄とし、月の女神・アルテミスを妹とした双子説も存在している。他にも神話と双子にまつわる話は多く存在し、その全てが忌み嫌われてきたわけでもない。
「ならば・・・成和村の伝承にはどのような意味があるのだろうか。」
男は独り呟き、山のように積みあげられた資料から顔を上げる。ここは彼の書斎。最近はここに籠って調べ事をする日々が続いている。男の名前は
「おとーさー」
少女たちが駆け寄ってきて、そのうちの一人が男に声をかける。
「お、どうした?マイ。」
厳しい顔つきが突然と柔和になり、二人の少女たちに笑顔を向ける。
「アイも元気かい?」
「「うん、げんきー。」」
二人の少女は声を揃えて答える。
「そうかそうか。」
男は両手でそれぞれの少女の頭を撫でながら続けて言う。
「雪子さんはどうしたんだい?」
「ゆきこ、いないー。」
「どっかいったー。」
少女たちは素直に答える。
雪子という名の女性はこの家の女中・・いや・・・もう家政婦という言葉が良いのだろうか。年齢は十九歳と若く、つい最近うちに奉公にきた子だ。セツというもう一人の年配の家政婦と共に家事全般をしっかりこなしている。
「そうか・・・セツさんはどうしたんだい?」
頭を撫でながら二人の少女の顔を交互に見ながら問いかける。
「セツばぁは、ごはんつくってるよ。」
二人の少女のうちの一人が元気に答える。
「そうかそうか。アイはちゃんとわかってるんだなぁ。お利口さんだ。」
「マイもわかってたー。」
もう一人の少女が不服そうに口を尖らせながら男に抗議する。
「お、そうかぁ、マイもお利口だなぁ。」
そう言って立派な椅子から立ち上がり、少女たちの目線までしゃがみ込む。
「ゆきこ、どこいったかなー。」
「そうだなぁ。」
すでにセツが料理を始めているのならば、買い出しの必要はないはずだ。買い物というのもおかしい。いったいどこに消えたのか。
「よしっ、おとさと一緒に探そうか?」
そう言って立ち上がると少女たちは歓声を上げて喜ぶ。時に昭和二十八年四月。第二次世界大戦の傷も癒えつつあり、徐々にではあるが日本という国に活気が戻ってきたころの話である。
私の住む成和村には二つの伝承がある。
双子の神により守られし地である。
双子により不幸が訪れるというもの。
双子の神の加護を受けているにも関わらず、双子を忌み嫌うという明らかに矛盾しているこれらの伝承が脈々と受け継がれている不思議な村だ。
そして我が高無家は、成和村の顔役であり、双子の神の社を守護する家系である。いわゆる宮司と呼ばれる神職は存在せず、小さな社を代々守り続けているのだ。この家を継ぐ際に、父が私に厳命したのが、『社を守ること』であり、それ以外のことは自由にしても良いとのことだった。つまり、我が一族にとって社がそれだけ重要なものであることは確かなのだが、双子の神についての話は全く知らない。父からも先の厳命以外は受け継いでいない。おそらくはこの村の住民ですら、どういった経緯で双子の神を崇拝するのかも知らないのだと思う。ただ、年に一度の祭事は行われるし、お宮参りとして参拝するものも多く、信仰そのものは根付いていると言える。
一方で、悪しき風習も根深く残っており、双子が生まれた際には言葉は悪いが間引きが行われることもしばしばあった。愛娘の愛と舞がこれまで生きてこられたのは、ひとえに『高無家の娘』であるということが大きかった。
それでも、この三年間は非常に苦労の多いものだった。
村人たちからの冷たい眼差し。村長からの無言の重圧。それらを何とか跳ね除けて過ごしてきた。しかし、それももはや限界に近付きつつある。村長を中心に愛か舞のどちらかを処分しようと動き出してきたのだ。
それというのも、この村の主産業である漁業が、三年前頃から不調であることが原因だ。私の娘たちが双子であることに関係があると思っている村人も多い。私にとっては全く納得のいかない理由が村全体に蔓延してきている。おそらくは娘たちには意味は分からなくとも、嫌悪の眼差しを村人たちから向けられていることに気が付いているのだろう。二人とも外に出て遊ぶということが少なくなってきていた。私は必死に双子と漁の不調は無関係であることを示してきた。海外の文献や伝書を頼りに、新たな漁法の導入も行ったが、結果は芳しくなかった。限界かもしれない。私はそう思い始めていた。
幸いにして我が高無家はかなり裕福である。先代までが築き上げたもの以外にも私は収入を得る手段があり、この村にこだわって生きていく必要はないとまで考えていた。そう、娘たちが伸び伸びと生活できる新天地を求めて転居しても良いという考えになっていた。
しかし、いざとなるとなかなかに難しい。妻はすでにこの世に亡いが、この村の生まれ。私がこの村から離れることになると、妻の生家に迷惑をかけてしまうことになるだろう。そういったしがらみを排除しきれずに時間だけが無情に過ぎていった。
そして、運命の日を迎えることになる。
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