第六章 その三

 あぁ、そうか。これも夢か。

 そうわかるようになってからもう数ヶ月が経っている。

 今回は夢だとしてもあまりに不思議な感覚だ。

 この感覚はいつもと違う。


 場所は・・・ここは・・・成和町の家だ。懐かしい感覚が蘇る。

 田舎町に嫌気がさし、中学卒業を機に成和町を飛びだし、県外の高校に進学。その後就職して一度も戻っていないが、今でもはっきり覚えている。母が亡くなったあの家だ。

 それにしても少しおかしい。記憶にある家よりも新しい気がする。そして暗い。夜みたいだけど電気がついていない。どうなっているんだろう。そう思った瞬間、私は夢と現実の区別がつかなくなった。いや、夢の中なのに現実の場所に立っているような感覚。こんな夢は初めてだ。


「こっちじゃなかったか?二階だったことは確かなんだけどな・・・っ。」


 夢なのに声?今まで声なんて聞こえたことなんてなかったのに。そう思いながら声の聞こえた方に向かって歩いていく。おかしな感覚。歩いているというよりも浮いているような感覚。どうなっているのだろう。さっぱりわからない。そんなことを思っているうちに声の主である男性の横を通り過ぎてしまう。


「嘘だろ?俺に霊感とか・・・そういうのはないけど・・・」


 男性には私のことは見えていないようだ。見えてはいないけど感じることはできているようだ。そして、どうやら男性はこの家の中を歩き回っているようだ。


「あなたは誰なの?」


 そう声をかけるが男性には聞こえないようだ。


「あ、そっちの部屋は・・・」


 幼いころに入ったことがある。確か私がこっそり隠れて遊んでいた部屋だ。良く万華鏡を覗いていたっけ・・・


「ちょっと行ってみようかな。」


 どうせ男性には声が聞こえていない。それにこの感覚、幽霊みたいなものなんじゃないだろうか。夢だけど夢じゃないような感覚。確かめてみる必要がありそうだ。そう思いドアに向かって滑り出す。その体はふわっと動き出しドアにぶつかる・・・かと思われた瞬間、すり抜けてしまう。それは想定以上の事柄で驚きでもあった。


「驚いた・・・ドアはすり抜けられるのね。ということは物には触れないのかしら?」


 この状況にあって彼女は驚くほど冷静な考え方をしているものだ。


「えっとまずは隣の部屋に移動して・・・」


 そう言って勝手知ったる実家を悠々と移動していきドアをすり抜けていく。


「なんだか面白い。でも、触れないっていうのはつまらないわね。」


 そう言いながら壁にあるあかりのスイッチに手を伸ばす。


 カチッ


 そう音を鳴らして部屋に明かりが灯る。


「え?」


 驚きながら壁から離れた。その時にぶつかったのだろうか。床に置かれていた万華鏡を蹴り飛ばしてしまう。


 ゴトッ


「あ・・・」


 そう声をあげてしまう。


「どうして、スイッチと万華鏡にはさわれたの?」


 そう言って再び万華鏡に触ろうとする。その時、


 カチャリ


 ドアを開けて男性が入ってきた。


「え・・・・」


「いったいどうして・・・」


「私の姿が見えるの?」


 そう男性に尋ねるが返事はない。それどころか辺りを見渡して何かを思案しているようだ。そして、先ほど蹴り飛ばしてしまった万華鏡に手を伸ばす。


「これは・・・なんだ?子供の・・・おもちゃ?」


 不思議そうな表情で万華鏡を見つめている男性。


「万華鏡のことを知らないのかしら・・・それにしても、やっぱり私のことは見えないのね。一体どういうことなのかしら。」


 姿も見えないし声も聞こえない。にもかかわらず、意図せぬところで物に触れられる。恐ろしいほどに自分の置かれている状況がわからない。


「音を立てたのは・・・これか?」


 そう言って万華鏡を手に取り、部屋から出ていこうとする男性。そして机の方を向き立ちどまる。どうやら机の上の一冊のノートに気が付いたようだ。


「これは・・・ノート?」


「ノートだねぇ。私も見たことなかったよ。」


「参?三冊目ってことか?」


「そうみたいだね。ということは他にもこんな感じのノートがあるってことだね。」


 男性はノートを手に取り中を見る。やけに古びたノートで、文字はノートの前半部分にいろいろと書かれている。そして、最後のページをには何かが書かれている。


「あ、何か書かれているよ?」


「えっと・・・出逢いは・・・必然・・・であり・・・」


「う~ん、読めないね。出会いは必然であり・・・か。なんだか意味深な言葉みたいだけど。どういう意味があるのかな。って、それより、こんなノートがあったんだ。知らなかったなぁ。」


 知っていたからってどうにかなるわけじゃない。

 ただ、もっと昔に知っていたら自分も探していただろうと思った。それだけのことだ。

 そして男性は何を思ったのかノートをポケットにねじ込んだ。


「え?持って行っちゃうの?」


 自分の家の物が誰かに持って行かれるのはちょっと嫌な気がする。


「さて、とりあえず、この部屋には誰もいないと・・・」


「・・・いるのに・・・」


 そう呟いた彼女の声はやはり届かない。男性は部屋から出て行った。

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