第六章 その二

 あれから四か月。

 無事に生まれた息子と一緒に病院にいる。救急病院に搬送され、出産したようだ。ようだ、というのも記憶がないからだ。突然体調を崩し、救急車を呼び・・・そこまでは覚えている。目が覚めたら病院にいた。様々な痛みがあるが、無事に息子が生まれたことだけが嬉しかった。体重二千七百グラム。大きくはないが生きられる大きさまで育ってくれた。

 医者には『ここまで無事に育ってくれたことが奇跡だ。』といわれた。私に残された時間は短い。私自身の治療はもう手遅れとも言われた。体のあちこちに転移が見られるらしい。『よくこの状態で・・・』と医者には驚かれた。


 実は私には成さねばならないことがある。それは息子・・・一輝かずきをこの世に送り出すこと。

 もう一つは母を救うこと。この二つだ。


 最近、よく夢を見る。とても夢とは思えないリアリティのある夢。そして、その夢は不思議なことに現実になる。いわゆる予知夢と言われる夢のように思った。

 初めてこのことに気が付いたのは、妊娠がわかった日の夜。その時の夢は、自分がガンに冒されていて長くないという夢だった。そして、次の日に見た夢は、その後どのようにして生きていくのかという夢。全て当たっていた。いや、夢で見たのと同じように生きたというべきなのかもしれない。


 そして、何度か見た夢は、無事に息子が生まれる夢。そして、私に対する命の最後通告がなされる夢。全て夢で見たとおりだ。何も怖いことはない。夢で見たとおりに行動することである意味での最善の結果が得られるのだから。


 そして、その夢の中でも繰り返し見る夢がある。まさに悪夢ともいえる内容。それは母についての夢だった。

 夢の中の母は若年性の認知症を発症していた。

 そして、生に執着していた。強く、とても強く。

 それはまるで、今までの人生を悲観しているようでもあり、新たな人生を望む一人の人間のようにも見えた。私は母に会い、孫のことを話し、母の話を聞き、母の死を看取る。そして、次の日。私も逝く。そういう内容。あまりにもはっきりとした内容で何度も見るものだから、もうすっかり覚えてしまった。

 でも、その夢の中に一輝の姿が見えない。それだけが不安だったが、その意味も最近の夢で分かった。どうやら、私は産まれたばかりの一輝を施設に預けるらしい。そして、一人で生まれ故郷に戻ることになるらしい。


 数年前から母には奇行が目立つようになってきていた。恐らくは認知症を発症していたのだろう。一人で生活ができるレベルでの認知症。私の中ではそういう認識だった。でも、私はすべてを知っていて自分の生活を優先してきた。仕事と恋。幸いにしてどちらも順調だった。貯金もしっかりしてきたから、今まで四か月間こうやって生きてくることもできたわけだ。


 母の夢は他にも見た。正確に言うと母なのだろうか。わからない。

 夢の中に見える母はひどく若く見えた。私の知っている母の姿ではない。それは年齢のことだけではなく。生活環境。どこかの大学の研究室にいる母。学生にしか見えない母の姿。姿顔かたちは私が知っている母そのもの。でも、それは母ではない。わからない。夢の中で理解できないのはこの夢だけだ。私の見る夢はすべてが現実として実際に起こってきた。ということはこれは・・・母の未来だとでもいうのだろうか?さっぱりわからない。


 それでも、私は、やらなければならない。これは既に運命なんだろう。変えられない未来の運命。私はその運命のレールの上をただ歩くことしかできない。問題は、私がいつ、行動を起こすのかということだ。一輝を施設に預けて母に会いに行く。この一点が疑問だった。

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