第五章 その四

「唯?どこにいったの?」


 ランドリルームで三人分の洗濯をしながら走り回っていた我が子がいないことに気が付いた。


「あの子ったら・・・どこに行ったのかしら・・・ゆいー?」


 そう言いながら館の中を歩いて声をかけていく。


「こっちだよー、あいまーま。」


「こらー、ゆいー?どこにいったー?」


 そう優しく声をかけながら声の聞こえた上の階へ向かう。


「二階にいるの?唯?」


 そう言って二階の部屋を一部屋ずつドアを開けて探していく。もちろん明りをつけて。


「もう、どこにいったの?」


「こっちだよー。」


 さらに上階から声が聞こえる。


「もう、三階にいるのね?今行くから待ってるのよ?」


 そう言って三階に向かい、ちょうど玄関の真上に当たる部屋で唯を見つける。


「みーつけた。」


 少女はキャッキャッと声を上げて喜んでいる。この年ごろの子供たちはかくれんぼが仕事みたいなものだ。


「さぁ、一緒にお洗濯しましょうね。」


 そう言って少女を抱きかかえて一回に戻ろうとしたときだった。


 ガチャン


 玄関の鍵が開く音が聞こえた。舞が買い物に行ってから三十分くらいしかたっていない。買い物をして帰ってくるにはまだ早い時間だ。『強盗?』それが最も最初に頭をよぎった言葉だった。唯を抱きかかえたまま、三階の部屋で聞き耳を立てる。声は聞こえないが、足音は上に上がってきているようだ。


 バタンッ


 二階のどこかの部屋の扉が閉まる音が聞こえる。


「唯、声を出しちゃダメよ。これから一階まで行くからね。」


 少女は声を出さずに素直に頷く。


「いい子ね。」


 そう言って足音を立てないように静かに一階に向かった。



「ここに隠れてるのよ?ママが呼ぶまで絶対に出てきちゃダメ。」


 少女は先ほどの約束通りに声を出さずに頷いた。


「また後でね。」


 そう言って、武器になりそうなものを探す。


「武器なんてないわよね・・・」


 あまりに頼りないが、ないよりもマシだろうと思い小さめの果物ナイフを手にする。


「こんなもの持った方が危険かしら。」


 自嘲気味に呟く。


「それにしても、こんな田舎町に強盗なんて・・・」


 そう考えながら、ブレーカに手をかけてスイッチを切る。だが、そこは女性。あまり電気関係に詳しくないようで、メインのブレーカではない一階と玄関フロアのブレーカを切ったようだ。

 彼女は聞き耳を立てながら、一階のドアの近くで侵入者の動向を探る。どうやら二階から降りて一度外に出たようだが、すぐにまた戻ってきて、そして再度二階へ向かったようだ。


「どういうつもりなのかしら・・・」


 足音は二階から聞こえてくる。足音は一つ。つまり侵入者は一人。


「一人なら何とかなるかもしれない。」


 そう考え一階の部屋からゆっくりと出て耳を澄ませる。


 ギシッギシッ・・・


 足音の主は三階へ向かうようだ。


「三階は・・・私たちの部屋・・・」


 何を思ったのか足音を殺したまま三階へ向かう。この状況で犯人と対峙するつもりなのだろうか。どんな相手かもわからない状況で、強盗と対峙するのは死を意味する可能性が高いのに、だ。


「あの部屋には・・・」


 そして三階にたどり着いた瞬間。


 ドンッ


 何かに突き飛ばされたような衝撃。そして浮遊感。


「キャーッ」


 思わず悲鳴を上げるが、その後次々と襲い掛かる衝撃に次の言葉が出ない。



 走馬燈・・・今までの人生がフラッシュバックするように脳裏をよぎる。


「そうか・・・私・・・階段から突き飛ばされ・・・たんだ。」


 声は出ない。体も動かない。薄れゆく意識の中で思う。


『自分の生まれた町で、娘を産むことができた。生き別れの妹にも出会えた。満足だよ・・・いい人生だったかはわからないけど・・・きっと笑って逝ける。』


 その時、彼女の体を抱き起そうとする青年。それは和樹だった。ぼやけた視界の中で見たのは彼の顔。恐怖に驚く彼の顔。


 そして、脳裏に浮かぶ鮮明な映像。明らかに今の時代より未来と思われる映像。そこに見えたのは一人の青年の成長の記録。いや、記憶なのだろうか。


 あぁ・・・そんな・・・どういうこと?どうして私にこんなものを見せるの・・・和樹・・・あなたは・・・私の・・・

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