第四章 その四
毎日、夕方に狭くて古いアパートで一人で目覚める。
この時が最も孤独を感じる瞬間。
幸いにして、私は人並み以上には可愛らしく生まれてきたらしい。そのことを誇りに思ったこともなかったが、今の仕事の前の・・・ずっと前の初めての夜の仕事。一緒にお酒を飲んで楽しく会話をするという、いわゆるクラブと呼ばれる場所での仕事も、そのお陰かあっという間に軌道に乗っていった。
ある時、いつも懇意にしてくれていた男にアフターの申し出を受けた。
その意味だけは知っていた。でも、私には経験がない。だから今まではずっと拒否し続けていた。
いつか私の目的を達成した時に、その時に私を愛してくれる男性がいたら・・・その時こそ私のすべてを捧げよう。
そう思って生きてきた。
でも、私にはお金が必要だった。クラブの仕事は確かに軌道に乗っている。でも、バンスの返済で思ったよりも手元には残らない。毎日、クタクタになるまで働いてもバンスは少しずつしか減らない。
月五十万円の愛人契約。内容はもうあんまり覚えていないが、週に二回、相手をすればいいという話だった。私は耳を疑った。二ヶ月でバンスを完済できると。思わず飛びついた。
そして、その男は私が処女だということを知り、契約金以外に三十万円を上乗せしてきた。これで、舞を探せる。自分にそう言い聞かせた。
そう思いながら、初めて男に抱かれた。
自分の頬をつたう涙は無視した。
その後、私はバンスを完済。晴れてクラブでの稼ぎをすべて自分のものにすることができるようになった。
そして、少しずつ、闇に落ちていく自分を感じていた。
舞を感じられなくなって一年くらいは経ったのだろうか。
もうよくわからなくなっていた。
それでも子供のころに聞いたあの言葉を信じて様々な探偵に調査を依頼し続けた。
いや、もしかすると、もう信じていなかったのかもしれない。ただ、そんな自分を信じたくなかった。依頼をするものの目立った成果は得られない。でも、結果が出てしまったら何をして良いのかわからなくなる。今の目的が無くなってしまったら何をして生きていけば良いのか。
もう、何が欲しかったのか。何を求めていたのか。私はどうして生きているのか。
何もわからなくなっていた。だから、この無為な日常を繰り返す。それが重要だった。
そして、そのためにはもっともっと・・・お金が必要だった。まだ、足りない。
契約を交わした男。彼は老人だった。初めこそ私を愛し、愛撫し、抱いた。私も喜んで抱かれた。でも、それはそういう契約だったから。私は彼に金以外の魅力を感じていなかった。
彼もそんな私に気がついたのか。それとも他の理由があったのか。そんなことは私にはわからなかった。三ヶ月位たった時、彼は代理人に金を持たせるだけになった。
そして、その日は突然やってきた。彼の代理人と名乗る弁護士が手切れ金と口止め料として二百万円を持ってきた。『これで今までの関係をすべて清算して欲しい。』と。愛人契約は半年で打ち切られた。
理由は男の死。そしてそれは『彼の遺言でもある。』と。別に何の感情もなかった。愛人契約中は手当以外に部屋も与えられていた。高級マンションの一室。食事も与えられていた。私は月額五十万円であの老人に飼育されていたのだ。今となっては理由も何もわからない。ただ、あの老人の理想の女を演じる必要は無くなった。ただ、明日からどうやって生活するか。それだけが恐怖だった。
生きていくためには金が要る。そうしなければ舞を探せない。今の私を肯定するにはその考えにすがるしかなかった。
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