第一章 その六
頭の中に描いた間取りを考え、今度は二階へと伸びる左側の階段を進む。まるで鏡を見ているかのように同じ作り。二階まで登りきったすぐ正面には扉がある。異なるのはそのすぐ右側にさらに上階へと向かう階段が伸びている点だ。
「ビンゴ・・・ってか。」
頼りない武器を持つ右手に思わず力が入る。そして、一歩一歩、三階へと登り始める。二階までとの階段とは異なり狭い上に少し傾斜がきつい。もしかすると住人しか使わないエリアなのかもしれない。
「階段・・・長くないか?」
もうかれこれ十五段くらいは登っただろうか。この上階に向かう階段は直線的に伸びているのだが、まだ三階にはたどり着かない。もしかすると、三階はなくて四階まで続く階段なのかもしれないなどと考えていた。
「お、もうすぐ登り終わるか。」
三階なのかはわからないが、廊下にはやはり明かりはついていない。廊下は一本道のようでいくつかの扉が見える。
「外から見えていた明かりは正面の玄関側だったな。そうなると例の部屋は・・・もう少し先の部屋になるのか?」
頭の中に間取りを思い浮かべながら考える。今登ってきた階段の感じからすると、ここは俺が泊まる部屋の上部くらいに位置しているはず。つまりもっと右側の部屋が明かりのついていた部屋になるはずだ。
「待てよ・・・それっておかしくないか?」
和樹の疑問はこうだ。最初に見た明かりは二階に灯っていた。確かに二階の『何もない部屋』に明かりが灯っていた。そこに窓もあったし、初めに見た人影がそこにいたのは確かだ。けど、そこには誰もいなかった。再び外から確認すると明かりの灯った部屋は三階。おかしい。どう考えてもおかしい。さすがに二階と三階を見間違えるようなことはないはずだ。どうなってるんだろう。
「いや・・・見間違えたんだよ・・・」
背筋に冷たいものが流れる感覚を覚えながらも目的の部屋に向かって歩いていく。心臓の鼓動が早くなる。その時、また和樹の横を誰かが通ったような気配を感じた。思わず振り向くがもちろん誰もいない。
「まいった・・・正直・・・怖いや。」
そう言いながらも進む足は止まらない。まるで何か導かれるように・・・
「この部屋だな。」
間違いない。明かりも漏れているし、なんとなく人の気配も感じる。それに、何やら音も聞こえる。心を決めてドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開く。
「え?」
和樹がそう声を上げるのも無理はない。そこに広がっていたのは闇。さっきまで見えていた光が全く見えない。
「俺に気が付いて明かりを消したのか?」
そう考えて右手の貧弱な武器を構える。そういえばスマホのライトが消えている。役に立たなくなったスマホを無造作にポケットにねじ込む。和樹がゴクリと唾をのむ音が部屋中に響いたような気がした。
「明かりを・・・スイッチがどこかにないのか?」
壁際を手で触りながらスイッチらしい感触を探す。あった。これだ。そう思った瞬間に部屋に明かりが灯る。
「ここは・・・さっきの『何もない部屋』?」
部屋には家具の類が一切なく、床にはうっすらと埃が積もっている。やはり誰かが入った気配がない。さっきまで感じていた人の気配は一体何だったのか。頭を激しく振り、冷静に状況を整理しようとするが整理しようにも状況が一切掴めない。
「待て待て。ここがあの部屋と同じなんてことがあるわけがない。作りが同じというだけだ。なら・・・この部屋とつながる部屋があるはずだ。」
そう考えて部屋の中に入っていく。電気がついているおかげで恐怖も少しは和らいできたのだろうか。それとも、二度目の経験が行動を大胆にさせるのだろうか。スタスタと歩いていき部屋の奥にある扉に手をかける。その瞬間、部屋の電気が消える。
「おい・・・嘘だろう?」
その時・・・階段を昇ってくる足音が聞こえた。和樹は足音を出さないように階段に向かう。この家は何かがおかしい。早く出ないとマズい。そう思った時、今まさに階段を上がりきった何かを見た。思わず力いっぱいに突き飛ばす。
「キャー・・・」
悲鳴とともに聞こえる激しい音。階段を何かが転がり落ちていく音。
バタンバタンと言う音が繰り返される。それは転がっていく誰かが発する音。耳に残る悲鳴。
そして、音が消える
「まさか・・・今の人って・・・」
今起きたことを思い出しながら階段を駆け下りる。
「まさか?そんな・・・違うよな?」
しかし、そんな淡い希望はすぐに打ち消された。
鼻と口から血を流し、腕は力なくグッタリとしている女性。
思わず女性を抱きかかえた手には生暖かい感触。
恐る恐る手を見るとそれは血のように見える。
「うわぁ・・・俺は・・・そんなつもりはなかったんだ・・・」
現実を認められない和樹は女性の体をその場に放置し、そのまま玄関へと駆けていく。ここから逃げるために。そして、門を抜けてバス停とは反対の方向に走っていった。
一目散に。
現実から逃げるために。
だから、和樹は気が付かなかった。
突き飛ばしたのは舞ではなかったことに。
なぜなら、舞は和樹が屋敷から駆け出したまさにその時、ちょうど反対側から買い物を終えて帰ってきてたところだったのだから。
「はぁはぁ・・・」
夢中で走った。
ただ、悪夢から逃れるために。
自分が犯してしまった罪から逃げるために。
だから気が付けなかった。
突き飛ばした相手はまだ息があったことに。
そして・・・最大のミス。
車なんて走っていないだろうという思い込み。
ドカッ
その音とともに全身に広がる衝撃。
しかし、和樹には何が起こったのか理解する時間は残っていなかった。
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