第一章 その五
「明かりがついている?家の中に誰かいるのか?」
いや、いるはずがない。
家のカギは俺が持っているし、舞さんは一人暮らしだと言ってた。
それにしてもあの明かりに浮かぶ姿・・・
「ええぃ、どちらにしても考えていたって仕方がない。中に入るか。」
意を決して鍵を開けて中に入ろうとするが・・・開かない。
「なんでだよ?この鍵じゃないのか?」
焦りながらガチャガチャ回すがやはり開かない。
「おいおい、どうなってるんだよ?」
その時にもう一本カギを持っていたことを思い出した。そうか、この鍵は部屋の鍵か?もう一本の鍵をポケットから取り出し鍵穴に挿して回す。
ガシャン・・・
相変わらずの重たい音を響かせてロックが外れる。そして重たい扉を開き、階段を駆け上がってあてがわれた部屋に向かう。
「あった?どうして・・・」
ベッドの上にポツンと財布だけが置かれている。どうしてここにあるんだ?確かにカバンに入れていた財布を取り出して、ポケットにねじ込んだはずなのに。それにさっき見た人影。あれは誰だ?
「よし、とりあえず財布をもう一度ポケットにねじ込んで、と。それから・・・」
この家の中には、間違いなく誰かがいる。それは舞さんじゃない。
ということは・・・泥棒とかそういった類の奴らに違いない。そうなると必要なのは武器だ。身を守るために、敵を撃退するために。
あちこち部屋を見まわすが、古い洋館にありがちな剣を持った鎧なんかは見当たらない。
「しゃーない。武器にするにはココロモトないが・・・」
そう言いながら片隅に置かれていたほうきに手を伸ばす。
「よし・・・行くか。」
自分自身を奮い立たせるようにして部屋から出る。と、異変が起こっていることに気が付く。
「明かりが・・・消えている?」
すでに夕方を過ぎ、外は暗くなってきている。おかげで洋館の中もかなり暗い。
「マズいな・・・見えないんじゃどうしようもない。このまま部屋にこもっていれば・・・いやいや、舞さんが戻ってきたらどうする?犯人と鉢合わせとかしたら。」
そして何を思ったか部屋に戻り、すぐに出てくる。
「まぁ、暗いといっても真っ暗ってわけじゃないさ。」
さっき見えた人影の部屋に向かう。向かったのは、玄関の上部に当たる部屋。明かりがついていたのは確か、その部屋だった。そうはいっても外から見ただけだから正確にあの人影がどこにいるのかがわかるわけじゃないのだが。
「こっちじゃなかったか?二階だったことは確かなんだけどな・・・」
その時、何かが自分のすぐそばを通り抜けたような気配を感じる。
「嘘だろ?俺に霊感とか・・・そういうのはないけど・・・」
そう自分に言い聞かせ、自分自身を奮い立たせながら向かった先には扉がみえる。ドアの下からは光が漏れていて、明かりがついていることがはっきりと分かる。
『誰かがいるのはここか・・・」
和樹は意を決してドアノブに手をかける。
カチャリ・・・
古い屋敷の扉であるにも関わらず、スムーズに開いた。それは小さい音だったのだろうけど、和樹にとっては緊張のせいでやけに大きく聞こえた。そして、ゆっくりとドアを開き、隙間から恐る恐る部屋の中を覗き込む。
どうやら見える範囲に人の姿はない。ホッとしながらも部屋全体を見渡すために部屋の中にゆっくりと入っていく。やはり・・・誰もいない。いや、そもそもこの中に俺以外の人が入った気配すらない。和樹がそう思ったのは明かりのついたこの部屋にはうっすらと埃が積もっていたからだった。
舞さんが掃除をしていない部屋があるのか。そう思って部屋から出ようとする。その時・・・・
ゴトッ
部屋の奥から何かが転がったような音が聞こえた。まさか、この誰もいない部屋で音が聞こえる?そんな馬鹿な事が、あるわけないだろう。足跡もないのに誰かがいる?
「・・・どういうことだ?」
一人呟き、身構えながら部屋の中に入っていく。和樹が歩いた足跡がくっきりと刻まれていく。が・・・やはり部屋には誰もいない。誰もいないというよりもむしろ何もない。この部屋には物が一切置かれていないのだ。
「何もないのに・・・音が鳴るのか?」
その疑問を解消するためにさらに歩を進める。すると疑問解決のヒントがみえる。部屋の奥に扉があったのだ。おそらくこの奥の部屋から音が聞こえたんだろう。ただ、わからない点は二つ。舞が掃除をしていない部屋にどうして明かりがついているのか。舞は普段は一階で生活していると言っていた。二階にある部屋は必要がなければ掃除をしないのかもしれない。
そしてもう一つ。埃が積もっている部屋には足跡がない。ということは誰も入っていないということになる。なのに何かの物音がする。そんなことはあり得るのだろうか。その点は自分で一つだけ可能性を考えている。ネズミか何かの小動物が入り込んだ可能性だ。
だが、そうなると別の疑問も涌いてくる。俺がさっき見た人影はこの部屋ではなかったのだろうかということだ。
「よし・・・見てみるか。」
埃っぽい部屋の奥まで進み扉に手をかける。
カチャリ・・・
こちらの扉もスムーズに開いた。その先に広がる部屋。広くはない。机が一つと椅子が一脚ある。不思議なことにこの部屋に埃は積もっていない。つまり人の手が入っているということだ。
「いったいどうして・・・」
仮にこの部屋を『机の部屋』とすると疑問がまた生まれる。なぜこの部屋には埃がないのかということだ。ふと机から目をそらすとそこには何か落ちている。
「これは・・・なんだ?子供の・・・おもちゃ?」
そこに転がっていたのは万華鏡だったのだが、実物を見たことがなかった和樹にはなんだかわからなかったようだ。
「音を立てたのは・・・これか?」
そう言って万華鏡を手に取り、『机の部屋』から出ようとする。その時、机の上の一冊のノートに気が付いた。
「これは・・・ノート?」
ちょっと前に客間で見つけたノートに似ている。が、その違いは表紙に書いてある文字。
「参?三冊目ってことか?」
そしてノートを手に取り、書かれているであろう文章を確認しようとする。やけに古びたノートであることとカビ臭い匂いがするのはさっきのノートと同じだ。
文字はノートの前半部分にいろいろと書かれているが、これも達筆であるせいで和樹には読むことができない。そして、最後のページをめくるとそこには何かが書かれている。
「えっと・・・出逢いは・・・必然・・・であり・・・」
なんだよ。水で濡れてしまったのか文字が滲んでいてはっきりと読み取れない。けど、どうしてだろう。このノートはついさっきどこかで見たことがあるような気がする。もちろん俺の部屋じゃないところだ。どこかは思い出せないけど、視界に入ったような気がする。そう思った俺は何を考えたのかノートをポケットにねじ込んだ。
「さて、とりあえず、この部屋には誰もいないと・・・」
扉を閉めて机の部屋から出て、明かりのついていた『何もない部屋』から出る。明かりを消すことを忘れなかったのは、やはり育ちの良さがなせる業だろうか。しかし、部屋から早く出ようとする意識が強すぎたのか、ポケットにねじ込んだのと同じノートが部屋の隅に落ちていることに気が付かなかった。そして、重要な見落としがもう一つ。机の部屋にあったもう一つの扉。
「そうなると・・・いったいどこにいるんだ?」
そう、人影の正体にはまだ巡り合えていない。いや、もしかするとめぐり合っていない方が幸運なのかもしれないが・・・
「一度外に出てからもう一度人影を見た場所に見当をつけるか。」
家の中は相変わらず明かりがついていない。外もすっかり日が落ちて暗くなってしまった。そのせいもあって、月明かりが差し込んでいる部分くらいしかはっきりとは見えない。
「よし、スマホのライトの出番だな。」
ポケットからスマホを取り出しライト機能を使う。
「まぁ、頼りないが無いよりはマシだな。」
そう表現されたライトは足元をほんのり照らすだけだ。しかも、もっと残念なことに電池の残り残量がわずかだった。この調子だと5分くらいしか電池が持たないかもしれない。
「さて、とりあえず玄関に向かおう。」
そう小声で自分を励まし、玄関に向かう。手に持っているのは頼りないスマホのライトとホウキ。どう考えても悪者退治を試みる勇者には見えない風体だ。
足音を殺しゆっくりと玄関へ向かう。途中、和樹はちょっとした違和感を持った。なんとなく・・・初めて見た時よりも建物がボロくなっている気がしたのだ。ただ、いかんせん暗い建物内だからはっきりと見えるわけではない。どんどん湧き上がる疑問と暗がりにいる恐怖、得体の知れない誰かが存在するという不安でその違和感はすぐに打ち消された。
ギギィィ・・・
と音を立て玄関の扉を開ける。
よくよく考えるとこれだけ大きな音がしたら、建物内にいるであろう人間にははっきりと聞こえているはず。あまりにいろいろなことが起こりすぎて多少感覚がマヒしつつある和樹にはそのことに気が付いていなかった。
「あれ?まだ明かりのついている部屋があるな。ということはあの『何もない部屋』は人影のあった部屋ではないってことか・・・」
待てよ。ここでしっかり間取りを整理しておく必要があるんじゃないか。
和樹は外から屋敷を眺め、頭のなかに間取りを描いていく。
広い玄関の正面には二階へと続く階段があった。その階段の左側には舞が生活していると思われる部屋があるということだった。階段の右側にも部屋があるのだろうが、そこの確認はしていない。
正面の階段を二階へ登っていくと踊り場があり、左右に階段が別れる。右側に登ると廊下が右に伸びている。二階に上がってすぐに正面にある扉は俺が泊めてもらっている部屋で、廊下の最奥部にあるのは何もない部屋。右の階段を登った先にある扉は二つだけだった。部屋はこれしかないのだろう。
左の階段を登るとどうなっているんだ?こう言った屋敷の作りは左右対称であることが多い。そう考えると屋敷の左半分に今見てきた部屋と同等の空間があると考える必要があるが・・・
落ち着いてよく考えるとほとんど何もわかっていない。和樹は軽くため息を漏らした。
そして、再び屋敷に目を向ける。電気がついているのは・・・三階?そんな階段あったか?いや、なかった。そうなると二階の左側のエリアに三階への階段があるということになるのか。
「ん?やっぱり人影が見える。あの人影は・・・?大きい人影には見えない・・・なんとなくしか見えないけど・・・」
人影が背の低い人物であるとわかった途端に勇気がわいてくるのは、下心からではなく、肉体的には有利であると考えたからだ。
「よし・・・再挑戦だ。」
再び玄関の扉に手をかけ、屋敷の中へ戻っていった。
ほんの少しの勇気を胸に抱いて。
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