第一章 その三

 他愛のない話をしながら歩いているうちに舞さんの家に近づいてきた。間近で見ると思ったよりも大きいし・・・なんて言ったらいいんだろう。そう・・・古い。

 立派な門柱には表札がついていて、名字が書かれている。


「高梨・・・やっぱり舞さんの家なんだなぁ。」


「どうかされました?」


 先に歩いていた舞は入り口付近で振り返りこちらを見ている。


「あ、いえ、何でもないです。それにしても大きな家ですね。それに、なんて言うか・・・」


「古いでしょう?」


「いえいえ、そんなことは・・・」


 考えていることを読まれた。そう思った和樹は笑顔で否定する。


「いえ、実際古いんですよ、この家は。なんでも明治時代の富豪が建てたとかで築50年くらいなんですよ。」


 築五十年?そりゃスゴイ。そのうち重要文化財に指定されていてもおかしくない古さだ。でもそんなに古かったら水道やガスなんかどうなっているんだろう?


「えっと、この家に一人で住んでらっしゃるんですか?」


「ええ。でも、そうですね。一人というわけでは・・・今は一人です。」


 なにか少し引っかかるような物言いだな。それにこの家に一人で、しかもこんな田舎に住んでいるって一体、何をしている人なんだろう。


「一人だといろいろと大変そうですね。僕も一人暮らしですけど、料理なんかが結構面倒ですし、あと掃除も。」


 和樹は軽くため息を吐きながら首をすくめる。


「そうですね。でも、時間だけはありますから・・・お掃除もゆっくりとやればいいですし、食事も気が向いたときに。なんて言うか私、のんびりした性格なので平気なんです。」


 そう言って俺の方を見て笑う。その笑顔は他人を安心させるようなものがある。


「あ、こんなところで立ち話もなんですから、家に入りましょう。」


 そう言って、ドアにカギを差し込み鍵を開ける。


 ガシャンッ


 仰々しい音を響かせ鍵が開く。引き続き舞が扉を開ける。


 ギギィィィィィ・・・・・


 これまた立派な音を立てて扉が開く。やはり古い家なのだろう。ところどころに不具合がありそうだ。玄関から中に入ると広間が見える。洋館という見た目通り、日本の一般的な住宅とは作りが異なっているみたいだ。正面には二階につながる階段があり、途中で二手に分かれている。


「どうぞ、お入りください。」


 そう言って彼女は一人で先に入っていく。和樹も遅れまいと後をついて行く。


「じゃ、お邪魔します。」


 床にはやわらかいカーペットが引かれているせいかとても柔らかい踏み心地だ。そういえば、明かりがついていたけど、つけっ放しなんだろうか。


「私は普段一階で生活しているんです。メイド用の部屋があるので、そこで。」


 メイド・・・その名を聞いたことはあっても実際に見たのは秋葉原でのみ。しかもあれは本物ではない。当然だ。だがそれが良いとも思う。


「そうなんですか。でも、どうして?二階にも部屋はありそうですよね。」


 和樹にとっては疑問だったが、彼女は不思議そうな顔をしながら見つめてくる。


「だって、わざわざ二階に行かなくても事足りるんですもの。」


 確かに、彼女はのんびりとした性格の様だ。


「あ、そういうことですか。」


 和樹も表情を崩す。


「そういうことなんです。あの、和樹さんはどちらの部屋をお使いになりますか?」


 そう聞かれてもこの家のことなんてわからないし、なんて答えたらいいんだろう。一緒の部屋でとか言ってみるか?いや、さすがにそれは冗談にしてももっと仲良くなってからだろう。初対面の女性に言っていい言葉ではないよな。でも言ってみるか?


 よし。


「あ~、どこでもいいです。それに、僕に聞かれてもわからないので、舞さんに決めて頂かないと・・・」


 言えなかった!俺としたことが・・・なんてこったい。


「あら、そうでしたわね。それじゃ、二階の部屋をお使いくださいな。客間がありますの。そちらの部屋はお客様用にきちんと掃除をしておりますので。正面の階段を上がり、さらに右側の階段をお上りください。上がった先にある正面のお部屋になります。」


 笑顔のままそう言って、いったいどこから取り出したのか部屋の鍵らしいものを渡してくる。


「あ、ありがとうございます。早速、荷物だけ置いてきますね。」


 荷物とはいってもカバン一つだ。中にはパソコンが入ってはいるが、この状況じゃWifiなんて使えなそうだ。そうなるとネットも使えそうもない。無用の長物だろう。


「そうお急ぎになられなくても結構ですよ?私の方も少し準備がありますので・・・そうですね。今から10分後くらいにここで待ち合わせにしましょう。」


 そう言って一階の奥に向かって歩いていく舞。


「10分か・・・つまり何時くらいだ?」


 時間を確認しようとして腕時計を見る。


「そうだった・・・時計は壊れてるんだったな・・・」


 和樹がしている時計は去年の誕生日に彼女からもらったものだ。しかし、ついさっき見た時には壊れていた。役に立たない時計をはずそうと思いながら文字盤を見る。


「あれ?動いてる・・・直ったのか?」


 和樹は気が付いていないようだが、一度止まってしまった時計が再び動き出した際に正しい時刻を表示するだろうか。それこそ、電波時計以外にそういった機能はない。そして和樹の時計にその機能は付いていないのだが、時刻は18時22分を示している。


「こんな時間か・・・田舎でも遅くまで店がやってるんだな。ちょっと意外だ。」


 そう言いながら舞に言われたとおりに二階に登り、客間と言われた部屋に入る。

 思っていた以上に立派な部屋だ。大きなベッドが二つあり、ちょっとした高級ホテルのような佇まいだ。部屋の中にはトイレとシャワールームがあり、ここですべての用をたせるような作りになっている。驚いたことに小さめの台所まである。


「これが明治時代に作られたのか?改築されてるんだろうけど・・・すごいなぁ。」


 調度品は和樹が見ても高級品だと思われるものばかり。下手に触って壊してしまったら大変だ。そう思いながら、壁にある大きな本棚に目を向ける。建築学概論や世界の建築などといった本が大量に収められている。

 その中に一冊だけ作りの違う本があり思わず手に取る。


「これって、ノートだよな。表紙には何も書かれていないな。」


 かなり古いもののようで中の紙はすっかり黄ばんでしまっている。ペラペラとページをめくって中を見ていく。ノートからのカビ臭い匂いが和樹の鼻腔を刺激する。どうやら何かのメモ書きに使っていたのだろうか。和樹にとっては意味の分からない事柄が書かれている。


「なんだよ。落書き帳かよ。」


 そう思ったとき、最後のページに書かれていた文面が目についた。それは日本語ではあるが達筆であり、はっきりとは読めない。


「えぇ~と、なになに・・・願わくは・・・謎を解き明かして・・・ダメだな。これ以上は読めないや。それに謎ってなんだよ。」


 はぁっとため息をつきながらノートを本棚に戻す。ふと腕時計に目をやると18時33分。もう待ち合わせの時間だ。和樹は財布だけを手に取り部屋を出て行った。



 先程の広間で俺のことを舞さんが待っていた。ちょっとした買い物に行くというだけなのに着替えまで済ませてきたようだ。


「お待たせしてしまってすみません。」


 小走りで駆け寄りながら舞に声をかける。


「いえ、私も今降りてきたところですよ。」


 そう笑顔で答える。そしで、『では、行きましょうか』と言って家から出ていこうとする。


「あ、はい・・・」


 この人はどうしてここまで親切にしてくれるんだろう。今さらそんな疑問が頭の中にわいてきた。

 あれ?今『降りてきた』って言わなかったか?


「あの、舞さん?どうしてここまで親切にしてくださるんですか?」


 玄関にカギをかけようとしていた舞は和樹の方を見ようともせずに答える。


「親切・・・ですか?だって・・・困ってらっしゃったでしょう?」


 幾分声のトーンを落として答えた。


「そりゃそうですけど・・・」


 だからって初対面の男を家まで連れてきたりするもんだろうか。


「私も・・・以前に似たようなことがあったものですから。そのときに親切にしていただいたので・・・」


 そう言って和樹の方を見た目はどこか寂し気だった。何かを思い出しているのだろうが、当然見当がつくはずもない。


「そうなんですか。でも、本当に助かります。ありがとうございます。」


「・・・そうですよね。やっぱり・・・」


 小声で。あまりにも小声で舞が呟く。絶対に誰にも聞こえないであろう声の大きさで。


「えっと舞さん?そろそろ行きませんか?」


 舞は和樹の顔を見たまま放心したように立ち尽くしていたのだった。そこに声をかけられ少しだけ戸惑いの表情を見せる舞。


 しかしその表情を一瞬で笑顔に変え『そうですね。行きましょう』と続けた。

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