第12話

 数日後の放課後。謙信達のクラスは高校近くのカラオケ屋に集まっていた。

「レディースアーンドゥジェントルマン!! 本日は長谷川謙信の歓迎会によぉうこそお越しくださいました!」

 磯貝の芝居がかったMCに集まったクラスメイトが沸く。数十人が入れる大部屋だったが、クラスメイトの参加率は思いのほか高く、部屋はすし詰め状態だった。

「それでは本日の主役である謙信からひとこと!」

「……えー、ありがとう、楽しんでくれ」

「今日は謙信のおごりだそうだぁ!」

「「「いえぇえ!!」」」

「待て! そんなことは言ってない!」

 いつの間にかに曲を入れていた磯貝が、前奏に合わせてボイパを始める。クラスメイトのブーイングが飛び交い、場は一瞬でただただ騒ぎたい若者達の舞台と化す。主役のはずの謙信は、入り口に近い端の席におとなしく腰をおろし、そのまま成り行きを見守った。

 横からオレンジジュース入ったグラスが出された。

「ごちでーす」

 満面の笑みの愛加がグラスを催促してくる。謙信はウーロン茶の入ったグラスを差し出し、軽くフチを当てる。グラスに少し口を付けながらタンバリンを振るう磯貝に目を向けた。

「奢らんぞ」

「分かってるよ堅物、けど、本当にキミが来るなんてね、どういう風の吹き回し?」

「俺にだって空気くらいは読める、それに、磯貝には借りがあるからな」

「借りって、あー、私の弁当ぶん投げた件か」

「そうだ」

 ウーロン茶を一口飲み、謙信は愛加と喧嘩をした翌日のことを思い出した。

 結局、当日学校に戻らなかった二人は、翌日になってから自分達が置かれている状況を理解した。突如弁当を吹き飛ばした同居人と、それに涙し逃げ出す少女、そしてそれを追う少年、加えて最後まで二人は帰ってこなかった。

 これで翌朝中良く登校したら、なにを想像されるか、そんなことは火も見るよりも明らかだ。

 謙信はもはや仕方ないのでは? と思ったが、愛加はそれを嫌がり、結果、二人は別々に登校することになった。先に登校した愛加が誤解を解き、のこのこやってきた謙信が口裏を合わせる手はず、だったのだが、登校した謙信が見たのは、サバイバルナイフを持って立つ愛加と、その前で土下座をする磯貝だった。

 寒気がするほどの怒気をはらんだ愛加をひとまず落ち着かせ、事情を聞くと、以下のとおりだという。

 愛加が登校するとなぜか皆が妙に優しい。仲の良い友人に話を聞くと、どうもとんでもない勘違いをしている。友人の話によれば、愛加と謙信は生き別れの兄妹であり、再会を果たすも、一生懸命距離を詰めようとする妹に対して兄は冷たく、手作りのお弁当はたき落とす始末。しかし兄にも事情があり――ということらしい。

 そして、全ての元凶である磯貝が登校してきたタイミングに、謙信が出くわしたわけだ。

 全員が全員磯貝のほら話を信じていたわけではないだろうが、おかげで、後から説明した愛加の話は真実味を帯びた。本人が狙ってやったかは知らないが、結果的に磯貝のほら話に助けられたことになる。その後歓迎会が開かれるとなれば、行かざるを得ない。

 ――借りは借りだ。

 謙信は狭苦しい部屋で身を縮め、器用に人との接触を回避していた。人に触れれば火傷、集団性活をするにはかなり厳しい制約だ。しかし今は協力者がいる。

 隣では愛加が皆のグラスを常に確認し、空になれば即座に謙信を立たせ、注がせにいかせていた。皆は歓迎会の主役が雑用していることに笑い、謙信はウェイター係になることでクラスメイトとの接触が減る。事前に打ち合わせしたわけでもなく、愛加は自然と謙信に配慮してくれていた。

 通算十回目のウェイターを頼まれ、謙信が部屋を出る。適当に選んだ飲み物を注いでいると、電話が鳴った。

「はい、もしもし」

『ハロハロー、愛しい愛しいおねぇさんだよー、どう、元気してる?」

「おかげさまで、火傷程度で済んでる」

『それは良かった、どう、愛加ちゃんかわいいでしょ? でも手を出したらダメよ、その時は断腸の思いであなたの腹を斬らざるを得ないから』

「勘弁してくれ、それより、用があるんだろ」

『うん、まあーそうなんだけど……もしかして今お友達と遊んでいるところ?』

 店内にかかっている曲が聞こえたのだろう。カナメは少々言い淀むように聞いてくるが、謙信は姉の心配を推察して先に答える。

「構わない、仕事の話なんだろ、用件を言ってくれ」

『でも、せっかくなんだし』

「友人達の間でも《神体売買》が流行っている、この問題を解決するのが先決だ」

『……そう、じゃあ、今から駅まで来て頂戴、詳しくはそこで話すわ』

 電話が切れ、snsで待ち合わせ場所の地図が届く。

 部屋に戻ると、磯貝がちょうど二週目に入ったところだった。

 謙信はグラスを愛加に渡すと同時に、スマホで『姉と会うことになった、後は任せた』という文章を見せる。

 愛加は慌てて謙信を捕まえようとするが、謙信はそれをひらりとかわし、カラオケ屋を後にした。

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人でなしの呪いを解きましょう 二十四番町 @banmati

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