第9話「賞金稼ぎの見る夢。」
「此方か。」
左手に
例の怪人の正体さえ看破してしまえば羅盤を使って術式の繋がりを追うことが出来る。
「
想い出の中の彼女は微笑んでいた。
やっとの事で「アイツ」の足跡にたどり着いたのだ。
簡単には逃がさない。
「傀儡師」「呪術使」「屍導師」等。
呼ばれ方は様々だが、正体、本名は誰も知らない。
ただ屍体を使って操り、暗殺や汚れ仕事を専門にする術士。中でも最悪なのが屍体の油分を術式で可燃物に作り替え、人間爆弾にすることだ。
かつての友人が、恋人が、親族が歩く爆弾として墓場からやって来る。
誰しも逃げる事が
死んだハズだ、と解っていても。もしくは、信じたくなくて。
屍体を受け入れてしまう。
そして…
最初はそんな話は信じていなかった。
流行り病で彼女が倒れ、埋葬を済ませた夜にやって来るまでは。
都市伝説の中の悪夢。
ノックの後、ドアを開け。
驚愕に身を凍らせた。
次の瞬間、咄嗟に符呪で防御陣を張って後ろに飛び退いた。直後の爆発音は耳よりも心に傷を付けた。
嗚呼、
「やっとだ…」
人鬼は、慎重に歩を進める。
ギギギ
ごん。がたん。
ギギギ
がん。
軋み、重量物が石畳に当たる音。
そして、
怪人が立ち上がる。
それと同時に身に
恐らく、可動部は革のベルトか何かで留めてあったのだろう、メンテナンス等の為に。
それ以外はリベットか直接に溶接でもしたか。
鎧のある部分とそうでない部分とが、
そして、機関部分と顔面は鎧が外れていた。
心臓部に蒸気機関の本体、右頸部にラッパのような
顔面には無機質な素材で出来た無機質な表情。眼光だけが蒼白く、燐光の様に。
一見しただけでは、「印」というものは分からない。やはり巧妙に隠されているのだろう。
「身体の造りまで人間様の真似かよ。」
「さっきのって、エンジン停まってたよ?やっぱり印を潰さないとダメっぽいね。」
「エル、その術式って知ってるの?」
「知識だけ、ね。」
ギギギ
プシュッ!
エンジンに空気が入ったからか、駆動音が唸り始める。鎧が無くなった分、音が大きくなった気がする。そして。
ガシュン!
右拳が振り上げられ、打ち下ろされる。
ぞわ!っとした予感。
「!」
ユイスは本能的に左手横に転がるように逃げた。
さっきまで立っていた場所に拳が埋まっているのを信じられない目で見つめ。
どう見ても届くはずがなかったのに!
怪人の足の位置はさっきまでと変わらない。
「腕が延びた?」ゴクリ、喉が鳴るのを自覚した。
しかも速い。鎧の枷が外れたからだろう、見てからでは避けれる気がしない。
「ユイス…」
隣では金髪の少女が絶句していた。
「ねぇ、ワルツはお好き?」怪人に問い掛ける。
表情は変わらない。その代わりなのか、腕を引き戻す。
キリキリ…プシュ…
歯車とオイルダンパーの音。ガチャン。
肘の
排出される蒸気をチャンバーに貯めて圧縮、任意のタイミングでロックを外し、ダンパーとバネで強化されたシャフトで拳を打ち出す…
「アレ貰ったらミートパティが一枚完成するわよ。」
「ユイス、どうするの?コイツ。」
「あの術士が大元に辿り着いたらOKなんだっけ?」
「多分。…土塊の人形は基本的に一つの作業の繰返ししか出来ないんだけど、
「あらま。ちょっとは人気者になったかしら、ね!」後ろに跳びすさる。
怪人がぐりん、と振り向いたらからだ。
左手のハンドキャノンの空薬莢を棄てて、擲弾を籠める。コレも入れて残り2発。
(え~と)少女は、カーゴパンツのポケットから缶を一本取り出す。
「ユイス!この缶を投げるから、中った所にグレネードよろしく!」
「あいよ。」
かしゅ!軽い音を立てて白っぽい煙を出す缶。それを怪人の胸元に投げつけて
「
声が響き、と同時に缶が破裂。盛大に白煙をあげながらも液体らしき物が飛び散る。
「とう!」右手で砲身を支え、ハンドキャノンを撃ち出す!
ドゴン!
狙い通り胸元に炸裂するスマートボム。
機関部を若干外したが、右胸の装甲と機関部にダメージを与えたようだ。ボロボロと装甲が剥がれ落ち、カバー部分がひしゃげている。
「どうよ?…硬い!エル、さっきのは?」
「液化ガス。気化熱で急速に冷やしたから金属が脆くなったんだよ!」
「なるほど、ソコに爆発ね…エル!」
ぶん!
ユイスはハンドキャノンを投げ捨て、金髪の少女に向かって飛び込む!
ダン!
一発の銃声。
ごつっ
黒髪の女性が転がる音。
目の前で起こった出来事を、尻餅を着いたまま充分に理解するまでエルは数舜を要した。
「ユイス?ユイス!」
まず、目の前に飛び込んで自分を突き飛ばした相棒。今は目の前ではなく、少し離れた所で動かずに倒れている…
銃声。
普段、相棒が使うのよりやや重い感じの音。その後に鈍い金属音がした。と思う。
風を切るような、そうモーニングスターを素振りするときの音。それよりも、もっと大きかった。音。
目の前の怪人。
躰の正面から腕が生えている。背中にも有りそう。顔はこちらを向いている。
躰は…横に向いて。
足音。
ブーツだろうか?誰?
僕?突き飛ばされて、腰を打った。多分痛い。
ユイスは?
何故アンナトコロニ?
「おい!大丈夫か!?」
聞き覚えのある声。警部…何て名前だっけ?
「あ。ユイスが…」
「とりあえず、立てるか?此処は危ない、アイツを連れて逃げろ。」
「…。」
プシュ…プシュッ!
音の元を見ると…ぐりん、と首、下半身をそのままに、上半身だけが回転扉のように回り出す。
「これは…中々な
長い銃身の口に
構えて。
撃つ。
ドン!
顔面目掛けて放たれた弾は、無表情の仮面の半分を
「顔が弱点、ではないか…」
2発目を装填、狙いを…
「ユイス!ねえ!」
少し離れた所で倒れている相棒に屈みこみ、怪我の有無を探す。
「…ごふっ…」口許から一筋、赤い液体…
「ユ…ユイス!」
「エル、ぐ…大丈…夫か…い?」
「うん!ユイス!」
「よかった…」
「良くない‼血が…血が出て…」
「脇…か。」
「(肋骨…血が、肺にも傷が…)ちょっと待ってて、すぐに治すから!」
「逃げ…ろ。」
「…。」無言で拒否して、こういう重傷を癒す術式を思い出す。
「おい!こっちも何時までも相手は出来ないぞ!さっさと連れて逃げろ!」
3発目の銃声。
「ダメ!大怪我してるの!動かせない!」
「分かった!術式で治せるか?」
「今、準備してる!(でも、どうだった?あの術式に必要な触媒は?アレ?違う。え~と、あれ?おかしいな、僕は院でも天才なんだろ?どうしたの?)」
「限界かもしれん!早く頼む!」
「判ってるよ!」
暗い倉庫の中。
「見つけた、ぞ。」
「シツコイ。」
「お前には清算してもらわないとならない事が有りすぎる。」
「オ仲間ハ無事カ?」
「彼女らは腕利きと聞いている。そうそうヘマはせんだろうよ。」
「ドウカナ?一人、死ニカケダ。」
「陽動など。それもお前を倒せばすぐに終わるよ!」符呪を取りだし、投げつける!
「金ヲ以テ木ヲ封ズ!」続く銃声。
さらに「火ヲ以テ金ヲ成ス!」銃が一瞬燃え上がるような
そして、そのままに踏み込み、劍を薙ぐ。
「危ナイネ。」
後ろに跳び、おどけた調子で嗤う術士。
が、最初の術式で動きを阻害されていたため、避けた筈が…
「お前は…」
劍の一閃で頸の半ば以上が切断され、横にカクン、と傾いていて。
頭巾に隠されていた頭部が
「カカカ!ハオハオッ!」
所々青黒く艶のない肌、黄色く変色した眼球、濁った瞳、そして。
「屍鬼!」
屍体を傀儡として操る符呪。その印が記された紙片が額に釘で打ち込まれていた。
「残念デス。」
「水ヲ以テ火ヲ封ジ土ヲ以テ水ヲ禁ズ!」
対爆防壁術式。
しかし、爆発は起こらず「アノ娘々ト、モ少シ遊ブヨ。再見。」
声だけが残った。
「クソっ!」
追いかける人鬼…
ユイス…
倒れている相棒の呼吸は浅く、荒い。吐血で噎せたりもしていて、もう…泣けてくる。
聖印を握り締め、ただ祈るだけなの?僕は。
「いい…から、逃げ…」
「治すから。」自然に言えた。
手が、意識せずとも動いた。
怪我の部位に左手を当てる。右手で涙を拭い、その
透明だった涙は、温かい赤色に染まって、印が光り出す。
「主よ、我が名エリエル、天の使いにして、主の僕。その御手を差し伸べ給へ。アレルヤ。」
ふわっとした光。
そして、後ろに倒れこむ少女。
「ん、…エル?おい!」
傍らに倒れている金髪の少女。怪我はないみたいだけど。脇腹の痛みが嘘のように消えていた。
「お目覚めか!?」響くバリトン。
「警部じゃん!エルは?どう…?」
疑問を言う前に「怪我したオマエにべったりだ!回復したんなら、さっさと逃げろ!」
「!」
怪人は伸ばした右腕を振り子の要領で振り回し、その遠心力で時どき上半身を回転させていた。ただ、ひたすら回転だけをしているとバランスを崩すのか、時折ふらついては振り子に戻ったりしている。しかし、こんな体勢から歩くのは流石に無理があるらしく、一歩一歩が遅々として進んでいない。
だが、自分達が此処で足留めされていたため、逃げるに逃げれない状況下だった訳だ。
「ちょっと待ってな!」確か、エルはカーゴパンツに数種の缶詰めを用意していたハズだ。アレも。
2本目で目的のモノが出た。幸運な方か。
「どうするんだ?」
「今、缶詰めを投げるから、撃ち抜いて!」
「難しい注文だ。が、勝算があるんだな?」
「あたぼうよ!…ホラよ!」
放り投げられた缶は放物線を描いて、怪人の頸の辺り、吸気口の近くに。
ドン!
火を噴くマスケット。パン!と弾ける缶からは黒色の粉末が。
「オッサン、伏せろ!」
「オッサ…」言う前に事態を察して、腕で頭を庇いながら伏せる。
ぷひゅ、ドゴン!!
蒸気機関のある胸部が脹らみ、鎧を内側から弾けさせる。
「こういう手があったンだ、もう少し早くに気付くべきだったかな?」立ち上がるユイス。
「な、何だ?」
「火薬を機関の中に吸い込ませてやったンだよ。エルみたいに術式で破裂させればもっと手っ取り早かったんだけどね。」
「フム、で俺はオッサンじゃない。」
ガギン、ゴト!
さっきの爆発でシャフトが折れたのか、沈黙していた怪人の腰から上が分離して、石畳に落ちた。
そして、上半身だけになっても腕で這いずってこちらに向かってくる。
「しつけえよ。」
ユイスはモーニングスターに金具と(信管に細工してあった)擲弾を装着して、走り寄り
「笑えるダンスだな!」
振りかぶる。
「もう一度、踊って見せろ!」
ぶん!
擲弾が割れた仮面の中の蒼い眼光に吸い込まれるように。
ドゴッ! バン!
指向性爆薬が怪人の顔面から後頭部までを吹き飛ばした。
「そーいや、身体の構造が人の真似だったよなあ。じゃあ、頭に司令塔が在るのが道理じゃない?」
「。」怪人は沈黙で応えた。
「終わりか?」
「でしょ。」
「お前ら毎度こんな無茶苦茶してるのか?」
「いーや、稀によくある程度よ。」
「どっちなんだ…」呆れ顔。
「そういや、報酬だけどさあ。山分けでいい?」
「いや、要らん。俺は自分の信念でやっただけだ。」
ふうん。
「じゃあ、」
顔を両手で挟んで、こちらに向かせる。
少し、背伸びをして
「特別報酬。助けてくれてありがと。それと、コレくらいで惚れないでよね!」
プイッと横を向いて、倒れている相棒の少女のもとに。
「ふん!さっさと帰れ。」
口許に指をあてて…背を向けて街に歩みを。
「エル、エル!」
「ん、ユイス?」
キョロキョロと廻りを確めて、怪人の成れの果てを見つめて。
「倒せたんだ!さっすがユイスだね!」
「エルのおかげよ。あと、警部と。」
「そっか借が出来たね。っと怪我は?大丈夫?」
「お陰様で、ね。」
(そっちはどうだ?大丈夫か?)
レンクァイから。
(
(逃げられた。追い詰めたと思ったんだが、術士自体が傀儡だったよ。)
(そうかい、報酬は?)
(いや、君達で分けてくれていい。俺は私的な怨恨で追い回しているだけだ。)
(そう、じゃあ遠慮なく。また組む事があったら、よろしくね。)
(ああ、こちらこそ。では
(何だって?)
(良い夢を。
(…
「終わったあ!」「うん。」
上弦の月はそろそろ落ちようとしていた。
「今からでもいい夢見れるかな。」
「うん。楽しみ!」
「帰るか、エル。」
「うん!」
スリーホイラーの音が夜明け前の街に鳴り響く。
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