第6話 「好敵手は賞金稼ぎ」

曇り空

昨日の好天気は気まぐれで、やはりまだまだ残暑と、淀んだ風は居座り続けるようだ。


王都ストラスアイラは大きく分けて5つの区が在る。中央、東西南北。各区にはそれぞれの特長が在り、完全にそこだけ、ではないが大まかな目安にはなる。

中央区は王城、宮殿、行政府、教会、神学校、軍警察署、中央銀行、その他施設。及び、中級以上の住宅街。

東区は繁華街や輸入品、家具屋、高級レストラン等。

西区は倉庫、重工業、紡織工、林業。

南区は軍関連工業所、厩舎、倉庫。

北区は高級住宅街、公園、オペラ座、上流志向の娯楽施設等。

中級以下の住宅街は北区以外の隙間、隙間に立ち並んでいる。

特に南区は、農業開発に失敗した南部地域を軍港、及び造船所として発展させたため、重労働者達が頻繁に出入りするようになり、トラブルが増えた。

次いで、西部の石炭鉱山、重工業も同じ流れで治安の悪化が云われて久しい。

反対に北区は貴族達の荘園が北部に拡がっていたため、屋敷や城を別荘にし、王都に生活の場を移した元貴族が特区扱いで住み着いている。

東部は貿易や漁業、旅行等が盛んなため、一大商業区画になっている。

かように一つの街ではあるが、色々な要素が混沌としており、不馴れな者が「ついウッカリ」で、トラブルに遭遇してしまうのだった。


そんな曇り空の昼下がりアンニュイな時間の西区三番街。

大通りの両脇は左が自動車工場、右がその主機関の製造所。

鋼を叩くリズミカルな轟音ごうおんと、鉄を切り分ける甲高い擦過音さっかおん。道路には鉱石や金属材を運ぶ鉄軌道機関車の線路を叩く音。更に貨物用大型車。

騒音の坩堝近所迷惑の真っ最中に、場にそぐわない深紅のスリーホイラー。座席にはゴーグルを着けた二人の女性。

盛大に吐き出される蒸気と排煙に、スカーフで対抗しているがどれ程の効果が有るのか、いささか疑問ではある。(無いよりはイイだろうが。)

「(げほっ)ねえ、ユイス!何だって(ごふ)こんな…とぉこ(ごふごふッ)に!?」

秘密基地で作戦会議サロンでティーパーティよ。」

トレードマークの長い金髪ポニテを頭巾にし舞い込み、ゴーグル、スカーフで完全武装の少女は、運転手の女性にたずねて、一瞬、ポカンとしてしまった。

運転手=ユイスはゴーグル、スカーフ、ハンチング帽で、やや軽装といったところ。

何故にこんな重装備かと云えば、排煙のすすで、目や咽は痛いし 、髪の毛や鼻の穴が真っ黒になってしまうから。

普段から蒸気機関スチームエンジンに親しんでいるユイスはともかく、エルには地獄並みの仕打ちといえる。一応、自分用に「足」ことシングルドラムポニーを持っているが 、これは魔術式蒸気機関マギテクニカルで 、排煙に殆んど煤が出ない。

使っている石炭が違うのだが、エルには具体的に説明が出来ない。

いわく、「知らなくても走ればイイので。」

そう聞いたユイスは「正論よねおっしゃる通り。」と笑ったものだ。

隣では、説明会ウンチクしよう垂れよう としていた機関整備士のサイモンが口をパクパクさせていた。


そんな微笑ましいミもフタもないエピソードを思い出し、ユイスはニヤけながら操舵輪ステアリングを切り、アクセルを踏み込む。

大通りから路地に入り込むと、ちょっとした駐車スペースが在り、そこに愛車を寄せてエンジンを切る。

「着いたわ。」言うや、さっさと降りてしまう。

エルも慌てて抜け出すと、周りをキョロキョロと眺める。

工場の壁と塀、歩道に駐車した作業車。

一体、何処に着いたというんだろう?

「ほら、コッチ。」

その声にまたしても慌てて追いかけようと視線を移すと、もう姿が見えない。

泣きそうになりながら「ユイス~!」と声を出すが、騒音に消されてしまったんじゃ無いだろうか?不安から、泣きそうになる。

「コッチ。」不意に首根っこを、わしッ!と掴まれ、引っ張られる。

潤んだ瞳で見上げると、呆れ顔の相棒が居た。

「そんな目で見ないの!」頭をポンポンと叩かれ、つい、そのジャケットの袖口を掴む。

頭1つ分背の高い銃使いガンスリンガーは黙って連れて行く。

「ここ。」さっきの場所からほんの数歩、壁に目立たないドアと、ぶら下がった錆びた大きめの釘ラスティネイル

無言でドアを開けると、地下に続く階段が古びた電気灯カンテラに照らされて、まるで冒険譚に出てくる地下迷宮ダンジョンのよう。

その階段を歴戦の勇者の様に、躊躇ためらわずに 降りるユイス。エルも袖口をしっかり持っているため、同じテンポで降りていく。

階段自体は一階分だろうけど、無限の長さに感じられた。心臓がぎゅっとなる…そんな心情を分かっていたのか、「大丈夫。着いたわ。」優しい声と、ドアを開ける音。

「来たわよー!」

ドアの向こうは見えなかったが、あんまり明るくはなさそうだった。

「お!ユイス!久しいな!」野太い声。

「邪魔するよ。」「お、お邪魔しまーす…」


中はそこそこの広さの酒場だった。だが、所々に大きな柱が在り、低い天井を支えていて、実際の広さは感じられない。

『G&G』みたいにカウンターと丸テーブル、立ち飲み用に酒樽が。客は居ない。まだ昼下がりだからだろうか。

二人でカウンターに行くとユイスが

「こいつは相棒のミスチーフ、エル。」と背中を叩く。次いで「コチラは…」言いかけた所で

麦酒樽ビアベリーだ。よろしく、いたずらっ子ミスチーフちゃん。」ずんぐり、とした体型は成る程。髭もタップリで、これまたなんとも冒険譚に出てくる妖精の戦士ドワーフの方がしっくりかも知れない。地下だし。

「早速だけどさ、BBビアベリー。ちょっと情報ソースが有るんだけど。」

「ふうん?儲かるのか?」

「ココと、コレがあれば問題無いさ。」手で銃のジェスチャーをしながら、頭と腕を指す。

「ああ、アレの話か?」「そう。」

『エンジン男』ハモる。

「お互い 、フェアな交換しようじゃない?」

「いいぜ。それに此所は酒場だ。何か飲めよ。」

「じゃあ、IPA苦いエールとジンジャーエール。…エル、コッチ来いよ。」

ごとん ジョッキが二つ、小皿にナッツ。

「じゃあ、あたしからか。」どちらから話すかを小銭の表裏コイントスで決めたらしい。

「噂に上った辺りはまあいいよね。目撃者が出たってのが夕べ遅く。あたしが家に着いた時に音がしたのが3時くらい?で、昼前には値段が付いたわ。」

「フム、じゃあその情報は正しいな。ウチの客もそんな時間だと言うとったよ。しかし、早いな。大した事件じゃなかった。車1台がオジャンになって、酔っぱらいが骨折しただけだ。大男を見た、とは本当だが酔っぱらいのたわ言、でその場は終わった。」

「成る程。銭懸けるほどじゃあないのね。てっきり、議会上役か貴族でもシメたと思ってた。」

「さあな。その辺は操作があったかもな。」

「じゃあ、誰がそんな酔狂しキレたか…額は知ってるんでしょ?」

「その酔狂の話は知らん。確か10万の首だろ?」

「じゃあ、こッからが商売だ。5000で、どう?」

「いきなりフっかけやがるな。そのソースの担保は何だ?」

「ソイツ込みだよ。」

「ひでえ話だ。スカな話だったら、この店でダンサー裸踊り1ヶ月だぜ?」

夜の予約ベッドインも受けてやるよ。」

「イイだろう。で?」

「陸軍がらみ。ソースは男前ハンサムさ。」

「おいおいおい!そりゃド真ん中じゃねえか。中佐…正義の味方ベビーフェイスなら確定かあ。」

「今はハンサムだって。」

「お前、それマズくないか?あいつ、お前が心配でそこまでバラしたんだろ?」

「だからさ。ココで人集めがしやすいように確実性を担保しに来た。」

「成る程。後、2、3人くらいか?」

「出来れば、2人までね。」

「解った。ところで、そっちの嬢ちゃんは何が得物得意分野なんだ?」

「ひゃ!あ、ぼ、僕?」いきなりだ‼

「見学するにしても、逃げ方ぐれえは知ってないとな。」

「(こほん)中級魔術士スペルユーザーです!」

「おい、ユイス。本当か?駆け出し術士ビギナーじゃなくてか?」

「ああ、神学校を飛び級で卒業した神童だぜ?」

「才色兼備か。度胸は、…ユイスに張り付いてりゃそのうちか。」

「色気はまだまだ、でも腕前は保証するよ。」

(ユイス?なんか凄い持ち上げてくれてるケド?色気…)つい、うつ向いて胸元を見てしまう。

「じゃあ、今夜また寄るから。今ンとこ、相手は夜型だしな。」

「ああ、こっちも其れなりのヤツだけ声を掛けとく。それと中…ハンサムには黙っておいてやるよ。」

「任せるさ。…行くよ、エル。」

「あ、うん!じゃあね!ビアベリーさん!」

二人が出ていくのを見送り

「やれやれ。絶対に死なせられねえな。お転婆供め。」

さて、誰が適任か…



帰り道、思った事を聞いてみる。

「ねぇ、ユイス。ハンサムさんって…」(どういう関係なのかな?心配って)

「…師匠、みたいなモン。色々教えてくれた。中佐ってのは軍上がりだから。実際にその階級だったかは、みんな知らないけど。」

「どうなの?」

「過去は聞かないし、語らないのがマナーってヤツだよ。」

「ゴメン。(じゃあ、この車も…)」

「…この車は…形見さ。思い出ってやつの。」

「…。」

お伽噺フェアリーテイルは死んじまって、もう生き返りゃあしない。自分テメエがくたばる時に思い出せれば儲けもんだ。」

「…そっか…」

「シケた話は、ココで終わり。美味いスコーンでも食いに行こう。もうすぐ淑女の嗜みのお時間アフタヌーンティーだ。」

スリーホイラーは東区目指して疾走する。



とある、執務室。

夜更け。もうあと2、3時間もすれば夜明けだろう。

が。

今は未だ夜の闇が支配している。そんな時だった。

こんこんこん

「どうぞ。」

予期していたのか、驚く事もなく声の、部屋の主は促した。

きぃ

少し軋んだ音と声。

「夜分、失礼します。」張りのある低音バリトン

「…深夜のノックは不吉の兆し、か。」

「署長、自分が迷惑な来訪者ナイトノッカーだと?」

「報告は聞いとるよ。」

「では、自分が来た理由も…」

「皆まで言うな。いや、言わせんでくれ。」

「しかし!」

「関わるな、と言っている。解るだろう?」

「我々、警察は!」

「警部。」

「いえ、言わせて頂きます!」

「もういい。下がっておりなさい。」

「法の番人を名乗り、いみじくも執行者で在ります!故に、義務も。犯罪から市民を守る盾としての正義が其所に在ります!」

「解っておるよ。憲兵からの転身。…これすなわち市民の為の剣で在れ、盾と成れ、正義の拠り所足らん。か。」

「『軍警察の志 序文』で在りますな!マッケンジー署長。」

「そうだ。我々のな。」意味深なアクセント。

「署長…。」

「そうだ、なのだ。…私も時に忘れてしまうがな。」

「しかし!」

「…警部。君はたった今から、三日間の謹慎処分とする。」

「…。」

「よって、謹慎中の失敗事は自己責任とする。もう、帰りたまえ。明日は早いんだろう?」

「感謝します!以上であります。では失礼します!」敬礼

「ジェイムスン警部!」

振り向きもしない部下は、声音に似合わないほど静かに退室した。


「頑張れよ。応援する事しか出来んが。」署長は大きく伸びをする。

「始末書だけで赦してもらえるかな?」



大きく息を吸う。

吐く。

「三日、か。引き締めてかからんとな。…賞金稼ぎ供の裏をかく、か。」

その時。

「警部。」一人の警察官。

「おう。」

「自分達もご一緒します!」

「なんの事だ?」

「ジェイムスン警部揮下1班、3名。何時でも馳せ参じます!」

「オイオイ、冗談はよせ。」

「警部。」

「俺の帰る場所を守っといてくれや。それだけでいい。」

「警部!…了解しました!お気をつけて!」

「ああ。」


アレクサンダー・ジェイムスンは月明かりの下、家路に着いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る