第5話「悪い噂は賞金稼ぎから」

ガヤガヤ、ガヤガヤ・・・

東区二番街にある兼業酒場溜まり場罪と対価G&G」は、夕暮れから明け方までダスク・ティル・ドーンを信条に営業している、賞金稼ぎ御用達の店である。

兼業、というのは当然の賞金稼ぎ斡旋で、飲み食いよりも仕事探しが半分以上。

今日も今日とて、賞金稼ぎや依頼者、酔っ払いが集まってくる。


三人が食事を終えたテーブルにて…


「…チェンジ。」

手持ちのカード2枚を場に捨てて、カードの山デッキから2枚引く。

仏頂面は変わらない。

よく通る声アルトで一言「レイズ上乗せ。」

ユイスはテーブルに5枚置いてあるチップを10枚に増やす。

降りてフォールドもいいんだぜ?爺さん。」

コール乗った。」渋い低音バス。銀髪?の韋丈夫。チップをテーブルに追加してくる。

「ガキが吠えるんじゃねえ。」

「ち。ショウダ…」「レイズだ。」

ユイスの声が終わる前に一言。チップを3枚追加。「ん?フォールドか?」サイモンが嫌みたっぷりに聞いてくる。

「血管切れるんじゃね?コールに決まってンだろ!」チップを追加。

互いに引きつった笑顔。

ショウダウン勝負だ!』声が揃う。

「Queenのカインド・オブ・スリースリーカード! 」ふふん

余裕たっぷりにユイスが手札を出す。

「…。」無言でサイモンがカードを見せる。

途端にユイスの笑みが消え失せ、代わりにまなじりが上がっていく。

「ふ、フラッシュだぁ⁉ザけンじゃねぇ!」

カードはハートのマークが5枚揃っていた。

「もうヤメとけ。今日の稼ぎが飛ぶぞ。」

「……。おい、ハンサム‼このカード、腐ってるぞッ!」

「あらやだ。みっともないわよ?ユイス。」

厳ついスキンヘッドの主人がやんわりと嗜める。

「あ 、お爺ちゃん勝ったんだ!」無邪気な声ソプラノ

「おう、今日はユイスの奢りだ。」

「やった!♪」金髪の少女は丸いテーブルに腰掛ける韋丈夫の首に抱き付く。

「エル、どっちの味方だよ…。」半眼で相棒を睨む。

「どっちでもないよぅ。僕ら仲間でしょ!」

青灰色アッシュブルーの瞳で見つめてくる。

「エルにあたるのはいかんな。年長者として。」サイモンの声に

「うっせ。それ言うなら、あたしにも奢れよ最年長者。」

「お前から誘ったんだ。礼は酒で、とな。」

「わーってるよ。まさか、エルまで来るなんて聞いてねーし。」テーブルに頬杖をつく。

「えへへ、ゴメンねー。」エルが抱きついてくる。

腕をほどいて、がたん。と席を立つとカウンター席に。

「あたしのボトル、まだ残ってた?」

ぐたっと顎をつける。

「ん~、3、4杯くらいかしら?」

「んじゃ、ダブル。ストレートで。口直しチェイサーにエール。」

「大丈夫?」ウイスキーをグラスに注ぎながら尋ねてくる。

「追加。カキ、2個。生で。」

横から「あ、なんか美味しそう、僕も!」

「エル、酒は止めとけよ。」脱け殻のようなユイス。「こいつにはジンジャーエールでな。」

「よし、俺はエールだけでいい。腹八分と言うからな。」

サイモンもカウンターにやって来る。「それ飲んだら帰るんだぞ?エル。」「うん。」

「一旦清算しておいて。払いは今日の賞金プライズからで。」

「はーい。エール、ジンジャーエール、おまちどおさま。」ごとん。「カキもね。」


「4000ポッちじゃ2日も持たねえ…」後頭部をさすりながら、「ハンサム、もうちぃっとイイ稼ぎの有る?」

大振りのカキを一口で。

隣で真似をしようとエル。しかし、半分しかかじれない。

「ウンウン、なんかこう、ヤバそうなの!」

台詞とは正反対の天使の微笑。

「エルちゃん、最近ユイスに毒されて来たんじゃなあい?」

「そんな事ないよう。ハンサムさん。腕は上がってるんだから!」

「ならいいんだけど。」「うむ。」

頷く二人。

「サラッとあたしを悪者にしてやがる…」

ユイスが黒髪をかき上げて、不貞腐れる。

「そんな事ないってユイス!僕この前、分類カテゴリ中級魔術士スペルユーザーに格上げしてもらったし。」満面の笑み。

「ンで登録名がいたずらっ子ミスチーフ。末恐ろしいわ。」

「え~そうかな?ユイスの明けの明星ってカコイイし、僕は好きだけど。」

スキンヘッドの主人が一言。

「エルちゃんは可愛いから似合ってるけど、ユイスのは鈍器でお似合いよね。」

「ほっとけ。」カキをぱくり。ぐび。

「そうそう。でね、今日のティータイムに男子が噂話にしてたんだけどさ。ハンサムさん、知ってる?主機関男エンジン・マンって言うの。」

「ん?さあ?」顎に指を添えて、思いだそうとして…

「エル、何だよそれ。」興味深げに身を乗り出す。

「俺も聞いたことがねえな。」特級の機関士工のサイモンですら。

「ンとね、真夜中にエンジン音が聞こえて、車かなって見たら、でっかい男の影で。ズシンズシンって走って行ったんだって。」

「何じゃそりゃ。仮に居たとしても悪さしてないんならソイツの趣味じゃん。」

「そうよねぇ。」

「じゃが、主機関だけでも相当重いし、水や燃料が無いと動かんしな。よしんば持てたとしても片手じゃ無理な話になる。」

一同、そうだよね。という結論に至る。

「やっぱそうだよね、男子ってば妄想ばっかだしね。どうせなら、ユイスの追っかけする方が絶対面白いのに。」

「エル。あたしの事は絶対に話題に乗せるんじゃねえ。」

「駄目?女子にファンクラブ案が出てたけど。あ、僕は無関係だからね。」

「………。」


そんなこんなで、もう遅いからと、ユイスを残して二人は帰って行った。


「まったく。最近の神の僕達子羊共は何考えてんだ。」

「そうよね、でもあながち的外れってワケでもないのよ?」

「あ?ファンがどうってか?」

「違うって!エンジン男。」

「何だよ、居るのかよ。まさかサイモン爺さんじゃないよな?」

「さあ?でも大男、それもかなりの。で、車か何かとセットって話は噂に在るのよね。」

「おいおい。じゃあさっきはなんで?」

「情報はタダじゃないし、神学校の学生の与太話と同レベルじゃ商売にならないじゃない。せめて、も一歩踏み込んだり、事件性が無いと。」

「ふうん、で。あたしにペラペラってのは、調べて来いって?」

「イイ勘。」

「おかわり。無くなったら、下ろしといて。」

「それは受ける、ってことね?」

「小遣いくらいにゃなるンだろ?」

「物分かりのイイ子は好きよ。」

「言ってろ。」


今日はそれなりに呑むつもりだったので、歩いてきた。ただ、さっきの話もあったせいか、それほど酔った感じがしない。

見知らぬ男が「送っていこうか?」というジョークにパンチで応え、帰路に着く。

安請け合いしたものの、実際にそんな怪人が居たとして。

「無害なら、あたしら関係ないじゃん。」

賞金稼ぎ自分達」はあくまで、「犯罪者の検挙」が仕事であって、人探しではない。そんなものは軍警察か、探偵とやらに任せればいいのに。

ブツブツ言いながら、寝ぐらアパルトメントの前にたどり着く。

「あー。自分で言い出しといて。貧乏が板に着いたらどうしてくれよっか。」

ちょうど、玄関ドアを開けた時に何かがぶつかったような音が夜の静寂に響いてきた。

「お気の毒。夜道にゃ気を着けないとね。」

そういえばエンジン音がしてたな…無謀運転はヤだねえ。今朝から事故ばっかりかよ。

とりあえず、明日は昼過ぎまで寝れますよーに。


…翌朝、一階の修理工事の音で切なる願いは却下された。




「ねえ!訊いた?」「え?」「ウソでしょー。」「…」「……?」

金髪ポニーテール少女=エルはクラスの院生達の噂話にキョトンとした風。

「だからあ、出たんだって!エンジン男。」

「あ、そう?」

黒髪の親友がいつになく興奮した口調で説明に励んでいる。

「エル、知ってるでしょ?何か!」

と、言われても。夕べたまたま話題にしたものの、又聞き程度。それも発信者が誰かも特定出来ていない。よくよく考えれば、この手のゴシップというものは、最初の一人からして「又聞き」なのだ。故に信憑性に欠け、伝言ゲームよろしく尾ひれが付き、背びれ、胸びれ、最後にタイトルが付いて勝手に「噂」という「海」を泳ぎ出すのだ。

「ねえ、エルってば!」

黒髪の少女はエルより1つ歳上なのだが、こういうことには子供っぽい。

「ニーア、しつこいよぅ。僕だって噂しか知らないし。そもそも、なんで今頃盛り上がっちゃってるのさ?」

そもそも、自分が賞金稼ぎだということは祖父以外、誰にも言ってない。両親にも。だから、自分が情報ソース発信源なんていう発想は出て来ないハズなんだが。

「えー、エルってばあの御方と仲がいいんでしょ?」

ユイスとの事だ。コレばっかりは隠しきれない事なので、9割方は真実を話している。残りも話すと 、自分が賞金稼ぎだと言い触らすのと同じである。

「さあ?ユイスも初耳って(あ…)前に言ってた。」危ない。ウッカリ昨日って言いかけた。

「う~ん!なんでファーストネームでサラッと呼べるの!?羨ましすぎて、ああ!もうッ!」

「どうどう。」鼻息が荒くなってきた親友を宥めていると、もう一人。

「でも。本当に出たの?その怪人。」天然パーマの茶髪の少女。

「モニカ、それだ!」エルがビシッっと。

「エリエルは来た所だからね。まだ一人が言い出しただけで、何とも言えないの。ニーアは直ぐに感化されちゃうから…」

「なるほど。で、さっきの…ああ、何で今頃って。実際に見た、は言い過ぎでしょうけど、それなりの根っこが無いと。」

「よねえ。」とモニカ。

「居た方が盛り上がる‼」

ニーアの発言に『ねつ造か!』ハモる。

「まあ、お昼頃には何か出て来るんじゃない?」「そうね。」「居るって!」

始業準備のベルが鳴る。


今朝も災難だった。

まさか、シャッターの交換がこんなにもウルサイなんて。

肩辺りの長さの黒髪は、寝癖であちこちが跳ねている。眼の下にクマこそ無いものの、やつれた感は隠しようもない。

鈍い頭痛は酒のせいだけでは無いとは思うが、それで気が晴れるでもなく。

とりあえず、何処かで昼寝がしたいので出掛ける用意をする。「G&G」もこの時間はやっていない。

先ずは下の工事業者に何時まで掛かるのか聞いてからだ。

「明日もやるってンなら、今夜は徹夜で出掛けないと。ッと。」

微かな振動に、ポケットから通信宝珠コム・オーブを取り出す。

「あぁ、ハンサム。もーにん。あ?……えらく急じゃない。…うん、さっき素敵なコールで起きたトコだよ。ああ…それが夢ってオチに期待大だよ、まったく。ふうん。で?どっちに行きゃあいいの?店、ね。オーライ。朝メシ頼む。」

文机に置いてあるホルスターサスペンダーと銃を取りに行く。昏倒弾スタンバレット通常弾ノーマルを適当にポケットに突っ込む。

あ。貫通弾ペネトレイターを2発と。


インヴァーアランmk-II愛車を駐車場に乗り入れると、店先にスキンヘッドの大男、ハンサムが待っていた。

「早かったわね。中にどうぞ。」

「眠気覚まし。」ゴーグルを外しながら、車から降りる。


店内は薄暗く、窓越しの明かりだけでカウンターに行く。コチラは電灯が灯っていて、明るいが、何時もと違う雰囲気だ。

「で、出た?」水を向ける。

「そうなの。ユイスが帰って、しばらくしたらね。音、聞かなかった?」

「んー、事故?の音だと思った。」

「じゃあ、それね。事故は間違い無いんだけどね。車でぶつけたヤツが言うには、大男が車道に居て、避けきれなかったんだって。」

「じゃあ、そんでこの話は終わりじゃん。」

「普通ならね。何と大男は無傷、かどうか知らないけど、当たった車を持ち上げて放り投げたんだって。」

「マジかよ。」

「ええ、それで運転してた男が病院送り、さっき眼を覚ましたそうよ。で、この話は終わらずに。」

「眼を覚ました男がエンジン男って言い出した。」

「そう。」

「で、具体的にどうかはイイとしてさあ。司法局の判断は?勝手に賞金首マトに出来ないでしょ?」

「はい、どうぞ。」皿にはローストビーフとハッシュドポテト、チーズ。それにジンジャーエール。

「どうも。あ、今日って祝祭日だっけ?」

「明日。」

「そうだっけ。曜日に疎い生活してるから。」

「どこまで…そうよ司法局。コレがね、賞金首に認定だって。しかも、「Dead or Alive生死不問」で。」

ヒュゥ♪ 口を鳴らす。

「ノリノリじゃん。ボス。」

「でしょー?で、何かおかしいんで、裏取ったらさあ。陸軍がらみだってさ。ヤんなっちゃうでしょ!」

「おうおう、古巣じゃん。中佐殿。」

「言わないでよ!誰かに聞かれたらどうすんのッ!」

「ゴメンって。て事は、兵器とか?」

「無くはない、かしら。値段も10万ボンズ付いたし。」

「マジかよ!こりゃ狙い目じゃん。」

「逆に、そんだけヤバイ仕事って事よ?純粋に危険だけじゃなくて、機密みたいなのに気付いたら。コッチが賞金首にされかねないわ。」

「どうして欲しいンだよ?」

「降りてちょうだい。」

「そう来たか。やっぱ。」

「貴女の事は好きだし、死なれちゃ敵わないわ。」

「サンキュー、ハンサム。だけど、…保留にさせといて。」

「解ったわ。でも、無闇に突っ込んだりしないでね。」

「はいはい。…ところで、少し昼寝させてくんない?」

「どうぞ、奥の休憩室を使ってね。あたしは一旦帰るけど、出るなら一報ちょうだい。」

「あいよ、恩に着るよ。」



簡素なベッドと、テーブルセットのある小部屋。

ベッドに腰掛け、この先を考える…


「どうすっかねえ?」

瞼がそろそろ、言うことを聞かなく… … 。










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