第2話 「今日は晴れ、時々賞金稼ぎ」

王都ストラスアイラ。盛んな工業…主に産業の機械化のための動力主機関である蒸気機関、それも魔術式を組み込んだマギテクニカルエンジン製造…を筆頭に、それまで人海戦術を取っていた紡糸縫製ぼうしほうせい用機器や、四輪機関車コーチスタイル鉄軌道機関車レールウェィ等の重工業の量産で日がな一日、工場からは排煙が吹き零れている。

北部には高地、西部には鉱山、東、南側は平地でそのまま海に向かう。それほど大きくもないこの島国が栄えているのも、ひとえに蒸気機関、それも最先端の技術力を船舶に注ぎ込んで、海路を整備し殖民地を増やして来たからである。

しかして、その代償と言うべきか。

排煙は重大な大気汚染をもたらし、河川に流れ込む排水は下流の南部地域に深刻な打撃を与え、農業は壊滅的となった。その為、もっぱら貿易港(と軍港)以外に使い途が無くなり、都市間の格差と言うか在り方が大きく異なってしまった。

そんな王都は、島中央、やや南より。

冬季には厳しい寒気を伴った風が行き場を無くして停滞し。夏期には南風が温風を引き連れて来るも、高地で足留めされる。

故に王都は常に排煙スモッグによる曇り空。

そういった影響で季節の移ろう春、秋だけが一時の青空を拝める期間なのである。


そんな茹だるような夏も終わりに、少し早目の季節風が吹き、微かな青空を覗かせた朝。


賞金稼ぎバウンティ・ハンター、ユイス・リヴェットの朝は華麗に…


キキキキキーーーッ! ズドン!!


パラパラ…


漆喰しっくい塗りの壁のひび割れから、パラパラ、と細かい破片がこぼれ落ちて。

強化建材としてタールを塗り込んだ木材、漆喰が剥がれ落ちて剥き出しになった外壁の煉瓦もあちらこちらに。


「ン?…んん…」

ベッドに横たわる部屋の主は、はだけたシャツを気にする事もなく夢の続きを…


…ユイス・リヴェットの華麗なる朝はまだ訪れていなかった。



トトトトト!

樫のオーク材で出来た階段を、足早に降りる音。革底のローファーの主は、軽快でかつ小柄であることが分かる。

「マム!おはよー。」

金髪を後で纏めた小柄な少女は洗面所に向かう。

「エル!遅い!遅刻するんじゃない?」

「はいしょふ!」

「テーブルに置いとくよ。」コトン。

「パパはとっくに出掛けたのに。本当に平気?」

「勿論、あ。」ダイニングに駆け込み 、プレートを見つめながら、もう一言。

紅茶ティーじゃなくって、オレンジジュース!」

席について、プレートに盛られた朝食を眺めながら、胸元の聖印を握りしめ、短くお祈りを済ませる。

「はい、ジュース。」大振りの(彼女専用)マグカップに搾りたてのオレンジジュース。

次いでに娘の顔を除き込むと

「ボタン。かけ違えてるわよ。ホントに大丈夫かい?」

「うん、別に朝礼が有るでも無いし。」

目の前には、切り分けた黒パン、ベーコンエッグ、キャベツの酢漬け。いそいそとパンをちぎって、バターを塗る。ここに蜂蜜があれば良いのに‼なんて呟きながら口に頬張ると、オレンジジュースで流し込む。黄身を崩さないように、慎重にナイフをベーコンに入刀させると、白身の上にキャベツを乗せて口に運ぶ。これを4回ほど繰り返すと、残った黄身とベーコンをパンに乗せて、パクり。オレンジジュースで最後の一切れを始末すると、黙祷して席を立つ。

せわしないね、年頃の娘がもう!」

母の小言に「かしたのマムじゃない。」と返すや、階段を駆け登っていく。

「まだ忘れ物?!」

「棒タイ忘れた!あと、やっぱりこのブラウス替える!」


やれやれ、全く誰に似たのだろう?主人は敬虔な神の信徒にして、王立神学校で教鞭をとる教師にして神官位、自身も週末のミサは欠かさないし、教会の奉仕活動ボランティアにも率先して参加する。

そこでフッとある人物像が脳裏をよぎった。

(お義父様とうさま…)

よく言えば、変わり者の御仁。

悪く言えば、頭のネジが弛んでいる。

全く、そんな家庭だからこそ、主人は反面教師にした、と言っていた。その通りである。

その祖父の事を特別嫌うでもなく、娘が馴れてしまったために、こんないい加減な人間になってしまったのだろうか。幼年学校に進学して直ぐに神学校に編入させ、祖父との接触を禁じたはずなのに。血は争えないと云うことだろうか。

今年で18になり、神学校も飛び級で1年早く神学院に編入が決まり。今日が最初の登校日だというのに!

「未だなの!?」つい、声が大きくなる。

すると、玄関から「行って来まーす!」と元気な声。

振り向いたがもう遅い。

「全く、帰ったら何て言ってやろうかしら!」

主婦の朝は何だかんだで忙しい。


部屋に戻った少女は、さっさとブラウスを脱ぐと、ついでにスカートも放り出す。

学院は基本的に私服でも大丈夫なのだが、神の敬虔なる子羊達は、矢鱈と群れたがるため、学校時代の制服で統一したがる。

そんなものは只の思考の放棄と考えている自分としては、やはり女の子らしくお洒落にも気を使うべきなのだ。

この日の為に用意しておいた、オレンジベースのチェック柄のキュロットスカートに、淡いベージュのカッターシャツ。エンジ色のリボンタイに少し濃い目のブラウンのベスト。

それに、黒い革ベルトのゴーグル。バッグは深紅の鞣し革なめしがわのリュック。ベルトの架け替えでショルダーにも出来る。

準備は万端。

後は…カーテンを開け放ち、窓も開放する。

次に枠に両足を乗せると、ローファーにそっと指で印をなぞる。そして、一言。

空中歩行ウォーキング・エア

窓枠から身を踊らせると、階段を駆け降りる要領でスタスタと空中を歩いて地面に到着。と同時に息を吐く。便利な術式ではあるが、潜水と同様に息が続くまで、と移動自体は脚力次第なので、空を飛ぶ訳でもない。そして事前に「何で」空気を踏むかを決めて、術式を書けないと、最悪アゴで進む羽目になる。全体重をアゴに架けて、数インチしか進めない、なんてただの拷問である。

もっとも、熟練者になると空間自体に魔術式の構成を展開し、印の代わりに声だけで発動させる事が出来る。

だが今の自分だと、媒体に印を自分で書き込んで発動開始を声で確認するだけで一杯だ。

なんて、しおらしい事を考えながら少し寄り道を。

ん?そうだ! 玄関に行って「行って来まーす!」


その賃貸住宅アパルトメントは一階が店舗になっている。本来ならば2店舗のスペースの処を1つは整備車庫バックヤードにしてあり、半開きのシャッターからは深紅のスリーホイラーの顔が覗いている。普通のコーチならば、半分程度しか見えないのだろうが、このスリーホイラーは極端に車高が低い為に「カエル(みたいな)顔」がまる見えなのだ。当然、持ち主はこの住宅に住んでいる訳で、此処に車がある以上はそうそう遠出はしていないと思われる。まあ、寝ているに今なら100ボンズ賭けてもいい。

そしてその隣。

こちらはちゃんとした店舗だ。隣が隣だけに、車の整備工をやっている。腕は確かなベテランだし、よく知っている人物の店でもある。ただし今朝の様子は少し以上におかしいが。

「おぉ、エル!来たか。遅かったな!」

「お爺ちゃん、これって?」

銀髪を短く刈り込んだ韋丈夫が待っていた。

店舗はシャッターが降りていて、その両脇は壁になっている。焼き煉瓦造りで、それなりに頑丈な建物だが、そこそこ年季が入っているせいでアチコチ大きな傷や、欠けたりしている。で、更に大きな傷としては、シャッターの一部を巻き込んで、大きく抉れたような傷。煉瓦も幾つか割れて飛び散っていたが、さすがに邪魔な物は片付けられたのだろう、店の脇に積まれていた。

「で、どうなの?これ。」

あんまりと言えばあんまりな惨状で、今日は閉店やむ無しだろう。少女は祖父に怪我が無いか聞こうとして、シャッターが動かない今、現場には居なかったという推理を建てた。

「俺はどうもねえが、ややこしい話しになりそうでな。ああ、お前今日から学校だろ?遅刻しねえか?」

「あ、うん、多分。そう!思い出した!お爺ちゃん、アレ。使えるようになった?」

「ああ、アレな。任せとけ。しっかりと使えるようになってる。夕べ試しに走ってみたら、時速50マイルは確実だったな。」

「そんなに飛ばさないよう、ユイスじゃないんだし。」

「アイツは100マイルでも納得しねえんじゃねえか?っと。コッチに置いといて正解だったな。」

ユイスの車庫のシャッターを開ける。

「ほれ。アレだ。」言いながら奥に立て掛けてあった物を転がして来る。

「しっかし、よくもまあこんなモン拾って来たな、エル。」

「えっへへ♪これでも宝物探索者トレジャーハンター許可証ライセンス持ちの賞金稼ぎなのだよ。」

「俺も鼻が高いが、無茶はするなよ?ユイスにもしっかり釘は刺してあるが。」

「大丈夫だって。と。これ、エンジンの掛け方は?」

これ。

経が1フィート弱、幅もそのくらいの酒樽みたいなタイヤが一輪、停車用の小さい補助輪が1つ。そのタイヤに跨がるようなフレームに乗馬用に似たくらあぶみ

そしてフレームから伸びたバーに直交するように付いたハンドルとライト。蒸気機関は鞍の後半分がはみ出た位置にある。燃料の良質石炭コークスは細かく砕いてカートリッジに入っているらしい。色違いのカートリッジは水だろう。丁度、排気管マフラーの対になる位置でデザイン性も高い。

変速機ギヤドライブ手動マニュアルで3速、バックは出来ねえ。接続機クラッチは左のレバー。ギヤは左足で前に踏めば上がっていく。ブレーキは右レバー、アクセルは右スロットルだ。手前に捻ればいい。ああ、停車中はクラッチを切っておくか、ニュートラルにしとけ。」

「ウゲ。いきなり全部言われても解んないよ。」

「まあ、最初はクラッチに慣れろ。ギヤも一段だけにするといい。エンジンはハンドルの部分にボタンが有るだろ。それを押しながら、右足のとこにあるキックレバー、ソイツを思いっきり踏み込め。蹴る勢いでな。それと、コレが起動術式スターターの印だ。身に付けとくだけでいい。」

「以外とややこしいのね。」

正直、拾って来た時は此所まで手間だとは想像していなかった。

「そりゃあ、こんな骨董品。今時誰も乗ってねえだろ。」

「何て言うんだっけ?」

単機動車輪シングルドラム、愛称は、お馬さんポニーだ。お前の髪形も馬の尻尾ポニーテールだからピッタリだ。」

「その話はユイスには言わないで。」

「アイツは最初はなから知ってたぞ。」

「…知ってた…」

「お似合いだって、笑い転げてたからな。」

「ユイスめ…」

言われて見れば、横からのシルエットは子供がよく遊ぶような馬の乗り物っぽい。要するに、ガキにお似合いって事だろうが、実際にこれに本当に子供が乗れば大惨事間違いなしだろう。

興味津々で持ち帰って、特級の機関整備士メカニック・マイスターたる、祖父に預けて乗れるようにしてくれと頼んだのも、他ならぬ自分である。なんせ、ライセンスを取って初めての戦利品だったのだから。

「まあ、いいじゃねえか。誰も乗ってねえからな。目立つ事間違いなしだろうよ!」

「賞金稼ぎが悪目立ちするって…。」

「そいつは相棒にも言ってやんな。ソレスリーホイラーも相当目立つからな。」

「だよねえ。なんで今時普通の蒸気機関スチームエンジンなんだろ。コークス使えないじゃん。」

「そりゃあ、浪漫って奴だろ。本人しかわからねえよ。」

「そーいうもんですか。」

「機会がありゃ聞いてみな。案外、簡単な理由かもしれんしな。」

「お爺ちゃんは聞かないの?」

「俺は、こういうのをいじらせて貰うだけで充分さ。払いもいい。」

「フウン。」

「よっし、俺が試しに転がすからな。よく見とけ。」

「うん!」


そういえば、この事故?どうなってンだろ?もしかして、機械の説明とかで浮かれちゃった?良いけど。


しばらくして、ユイスがやって来て。

「ン?修理終わったんだ。あ、エル。仕事取って来たわ。来れるの?」

「あ、今日は学校に…って、もうこんな時間!?ヤバ!お昼抜きだよ!」

「何やってンだ。」

「おお、ソレ乗って行け。丁度いい慣熟運転だ。」

「そうするー!」

ヴイィィィィィー!


「行ったか。で、サイモン爺さん。お陰様で大正解。手配中の銀行強盗バンクロバーバロウズ兄弟だってさ。」

「ふうん、有名か?」

「さあ?聞いた事有るかも?ってレベル。どうせ、南部辺りの田舎者オノボリサンじゃないの?」

「で、手配書取ってきたンだろ?」

「まあね。正直、どうでもいいけど。でもさぁ、安眠妨害は断罪フルボッコっしょ。」

「エルはどうすんだ?」

「こんくらい、一人で充分。二人揃えて4000の仕事だし。山分けしたら、二晩で消えちゃうわ。」

「いい飲み方だ。」

「でしょ?」

「俺も店の修理が終わるまでヒマだからな。呑むなら誘えよ。」

「OK。ンー、いい天気。狩り日和かしらね。」

「連中も災難だな。」



明日も晴れるかな?

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