意味のない言葉

仲のいい友人たちに出会い、白猫に支えられ生活をしていたある日、私は急に体調を崩した。


学校での授業中に具合が悪くなり、廊下の壁に寄りかかりつつ保健室に向かった。

地面がグラグラと揺れているような、そもそも自分がちゃんと立っているかわからない状態で、出迎えた養護教諭は慌てて私をベッドに寝かしてくれた。

気を失ったのか眠りに落ちたのかは覚えていないが、目が覚めたら父が迎えに来ていた。

珍しく学校まで迎えに来てくれていたことに驚いている私を余所に、養護教諭と父が何かを話していた。

話が終わると父と一緒に保健室を出て、玄関で靴を履き替えて自動車に向かった。


自動車を運転して学校を出ると、


「先生に病院に連れて行ったほうがいいと言われたから病院に行く」


と父が言った。

運転する父の不機嫌なような真剣なような面持ちに怒っているのではないかと不安になり、後部座席に居た私は具合が悪い事を理由にして目を閉じて大人しくしていた。


病院につくと、私はストレッチャーに乗せられて診察室に通された。

色々診察されたり質問されたりしたのだが、意識が朦朧としていたのか内容は良く覚えていない。

ただ、ひたすらに不安だった。


診察室に父が通され、寝かされた私と医師だけになると


「大変言いにくいんですが、その……娘さん妊娠していますね」


そう医師が告げた。

私は自分の耳を疑ったと同時に、何の脈絡もなしに奈落に向かって放り出されたかのような気持ちになった。

父は子供が出来ないって言っていたのに?母になんて言ったら?友達は?学校は?と頭の中がぐちゃぐちゃになり、私は何も言えずに固まってしまった。

父はその後も医師に色々話をしていたが、何を話していたのかは私の耳に入ってこなかった。


気が付くとまた自動車の中で、茫然自失な私に


「……こんな事になって悪かった。

 でも、一先ずは学校から帰る途中でレイプされたことにしろ。

 夜だったから相手の顔は見えていない、覚えてないと言えばいい。

 お母さんを悲しませるだろうがそれしか無い」


父はそう言って自動車を運転し始めた。

自分がここに居ないような、何処か遠くで話だけがどんどん進んでいるような気がして、私は何も話せずにいた。


そんな私をどう思ったのか定かではないが、


「可哀想だがなぁ、堕ろすしかないんだ。

 勿論お父さんはお前を愛しているけど仕方がない」


「あまり休むと学校に行けなくなるから急がないとな」


「可哀想になぁ……」


と父は何時もより饒舌に話していた。

怒りより、悲しみより、心が何処かに行ってしまったかのように妙に凪いでいて、私は父が何を言っているのか良く分からなかった。


自宅についてしばらくすると母が帰ってきた。

父は自分が作った話で私を別の犯罪の被害者に仕立て上げた。

母は私を見て号泣しつつ何か色々言っていたが、私は母にひたすらに謝っていたと思う。

そんな光景をブラウン管越しに見ているかのように感じていたのだが、


「レイプされた日に言ってくれたら処置出来たのに……」


と母に言われた時、なぜだかその言葉が胸を抉ったような気がした。


この後、夜にも関わらず母に連れられて産婦人科専門の病院に行った。

年齢が幼かったことや刑事事件に発展しそうな事が原因で2件に断られ、3件目で漸く対応してもらえた。

後日入院をし処置をすると言う話で落ち着いたが、私はその間も口を開くことはできなかった。


悔やめばいいのか、責めればいいのか、訴えればいいのか――本当にわからなくなった。

ただ、お腹の中の子が誰にも必要にされていないことが悲しくて、どうにもしてやれない無力感だけを感じていた。

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