違和感
小学校高学年に差し掛かると、違和感を感じ始めた。
それはテレビで見かけるドラマだったり、友達同士で貸し借りをする漫画だったり、大人が隠して話している内容だったり、様々なものが私に違和感を与えた。
『キスって好きな人同士がするもの?』
『お父さんが私のためって言ってやっている行為は、好きな人同士でするもの?』
『大人にならないとしちゃダメなもの?』
沢山の疑問と違和感が頭に渦巻いたが、私は誰にも質問することが出来なかった。
誰かに相談しようものなら、父が烈火の如く怒り狂う様が目に見えたからだ。
父が怒る時は、本当に怖かった。
ある日は、外食に行って料理が出てくるのが遅いからという理由でウエイトレスを怒鳴り、水の入ったグラスを床に投げつけた。
オーナーが出てきて謝っても自分が気が済むまで怒鳴り散らし、レジカウンターを蹴飛ばして店を出るような人だった。
またある日は、飲み屋街で酔っ払いと肩がぶつかったと口論し、殴り合いまで発展することもしばしばあった。
その度に母は父を宥めながら、自分が殴られても構わず父を落ち着かせていた。
私自身も、何をしたのかまでは覚えていないが、一度父を怒らせてしまったことがある。
その時父は、泣いて謝る私の服を全部脱がして全裸にし、髪を引っ張って玄関から外に放り出した。
ガチャリと無情に玄関ドアの鍵が閉められ、ドアを両手で叩きながら謝ったが一向に許してもらえる気配はなかった。
時刻は深夜だったと思う。
月明かりさえない泥の中のような真っ暗闇と、しんと静まり返った砂利道。
幼い私は、何か巨大で形容しがたい恐ろしいものがどこかから現れ、自分を殺してしまうのでないかという想像に駆られ、恐怖に慄き泣き喚いた。
何度もごめんなさいと許してを繰り返したが、室内から応えはなかった。
そうして時間が経ち、泣き疲れた私が冷えた玄関に座り込み、泣いても誰も助けてくれないことを悟った頃に、父は渋々とドアを開けた。
私がわるい子なのがいけないと言われたことを覚えている。
父に逆らうことがどれほど恐ろしいことなのか体感した私は、必死でいい子でいるように勤めた。
父の機嫌が良くなるように、決して怒られたりしないようにと、明るく笑顔を絶やさず、真面目ないい子でいるように努力した。
そんな私が父に逆らい、内緒だと言ったあの行為について誰かに話したりしたらどれほど怒るのだろうと考えると、身体が勝手にぶるぶると震えてしまうほど恐ろしく、言葉にして口に出すことなど到底出来なかった。
その頃になると、父も私に対しての態度を変えてきた。
多分、父なりに思うことがあったのだろう。
相変わらず痛いだけの行為が終わると、いつも口にしていた治すためにやる行為だからという言葉と一緒に、
「お父さんは○○ちゃんを心底愛しているんだ」
「○○ちゃんがいるからお母さんと一緒にいる」
「○○ちゃんはお父さんのものだから、お父さんが悲しむことはしないな?」
「○○ちゃんは賢いから、これからもちゃんと秘密に出来るな?」
「家族がバラバラにならないためにも、これからも頑張ろう」
という事を付け加え始めた。
私はいつもどうしていいかわからず、唇の内側を噛んで頷くだけだった。
そんな私を見て、父は満足げに笑って頭を撫で、私の長い黒髪を指で梳いていた。
父に逆らうなんて、到底出来はしなかった。
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