通学路

西陽 葵

1

 あの頃と変わらない、少し痛んだ歩道。しかし目に映る町並みは、この道を歩き慣れていた高校の頃と比べて、大分様変わりしていた。

 よく立ち寄った小さな商店は店じまいし、代わりに駐車場になってしまった。毎日塗料の匂いを漂わせていた修理工場も、いつの間にか閉鎖されて、物悲しい面影だけが残っている。たった十年ほどしか経っていないというのに、予想もしていなかった変化に、私は気落ちした。

 なぜこんな道を歩いているのかといえば、昔を懐かしみたかったからだ。昔を懐かしむのは何故かといえば、現在から目を逸らしたかったからだ。仕事で気落ちすることがあったから、というありきたりな理由だったのだが、目論見は外れつつあり、私は後悔すらし始めていた。

 あの輝かしい青春時代に戻る事はできずとも、仲の良い友人たちと歩いた記憶くらいは思い出せると思ったのに。

 ふう、とため息をついて、しかし私は諦め悪く歩を進めた。この先に行けば、高校時代の記憶と再会できる気がした。

 十分ほど歩いただろうか。静かに期待を裏切られ続けてきた私の前に、昔と変わらずそこにあった店が目に入った。あの頃は一度も入ったことがない店だ。相変わらず、歴史を感じさせる店構え。店頭に張られた貼り紙すらも変わらない印象を与えてくる。――古い和菓子店である。きっと高校時代の私なら、見向きもせずに景色の一部ととらえていたことだろう。

 しかしあの頃とすっかり様変わりした街並みの中で、ただひとつ変わらずにあったその場所に、私は引き寄せられるように入っていった。

 古びた引き戸を開ければ、中にいた店番の女性が私を見た。いらっしゃい、と不愛想にそう告げられて、少しばかり居心地の悪さを感じながら会釈を返した。

 磨かれたショーケースの中を見れば、良く言えば王道、悪く言えばありきたりな餅菓子が並んでいる。大福、草大福、お萩に桜餅――そして、数種類の団子。どこにでもあるような品物は、不思議な安心感があった。

 特に深く考えることもなく、私は大福と、みたらし団子を三本買った。ちょうど六百円だった。小さな買い物を終えて、入った時と変わらずに不愛想なありがとうございました、という言葉に見送られるように店を出た。

 時間が止まったような店だった、と、取りようによっては失礼な感想を抱きながら、私はまた歩き出した。いくらもいかないうちに、ぐう、と腹の虫が鳴くのが分かった。食べ物を買ったばかりとはいえ、自分の現金さに少し呆れた。周りに人通りはない――行儀が悪いが、一つだけ食べてしまおうか。私の頭の中で、そんな誘惑が浮かび上がった。少しの葛藤の後に、私の手は袋の中から大福を取り出していた。成人になってもう何年も経つというのに嘆かわしい――そんな理性の訴えは、柔らかな大福餅の前にあっさりと屈服した。

 もっちりとした、優しい甘さのそれに歯を立てる。中に隠れていた餡は、滑らかに潰されている。注意して舌の上で転がすと、わずかに皮の存在を感じられた。味わいまでもが律儀に王道であり、私は安心感にふう、と息を吐いた。

 こうして歩いていると、仲間同士で会話を交わしながら歩いた青春時代を思い出す。時には将来の夢を、時には愚痴を、そして多くは他愛のない世間話をして一緒に歩いた彼ら彼女らは、今どんなことをしているのだろうか。

 大福をもう一口頬張った。あの頃の友人たちは、私も含め、学生にありがちなことであるが、和菓子よりもスナック菓子の方がみんな好きだったように思う。学校帰り、こっそりと小さな商店に寄って、歩き食いしながら帰った日もあれば、そのまま誰かの家に立ち寄って、他愛のない話に花を咲かせながら食べたこともある。

 今食べているわけでもないのに、不意に口中によく食べたポテトチップスの風味が蘇った。あの頃とは変わってしまったろう。しかし、また違う味わい方もあるはずだ。

 気を取り直すように、大福の残りを口に含んだ。相変わらずの甘さは、口中にあった思い出の名残を消し去った。

 忙しさにかまけて随分と疎遠になってしまったが、青春を共にした彼ら彼女らと、また連絡を取り合ってみようか。ふと、脳裏にそんな考えが過った。悪くない思い付きだ。

 あの頃の笑い声が、耳に届いた気がする。私は知らず笑みを浮かべながら、軽い気持ちで歩を進めた。家に帰って、団子を食べ終わったら、メールの一つでも出してみよう。

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通学路 西陽 葵 @nishibi

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