①【共通パート】目的地への車中~捜索開始
延原夏生の元へ、突然お役所からの封書が届いたのは三月も半ば。全国ニュースで桜の開花だよりがチラホラと聞かれ始める頃だった。
差出人は「巴市役所 危機管理課 特殊自然災害係」、内容は、夏生には見も知らぬ土地に関する、防災措置への協力依頼であった――。
真っ赤なお役所ジャンパーを着た青年が運転する白いセダンが、夏生の全く知らぬ山道を走っている。四月の上旬、半ば好奇心でスケジュールの都合を付けて、巴市役所へ出向いた夏生を出迎えたのは、日本人形のようにつるりと整った顔立ちの青年職員と、チンピラとしか思えぬ派手な恰好の男だった。
長く伸ばした艶やかな黒髪を、きっちりと後ろでひとつに括った美青年の名は宮澤美郷。そして脱色した風情の金髪に、薄く色の入ったサングラスを掛けた男の名は狩野怜路。二人と夏生は、市役所の『
「――へえ。じゃあアンタ、今から行く場所のことは、てんで知らねえで来たのかい」
面白がる様子と呆れの笑みを半々に、助手席から後部座席を覗き込んだチンピラファッションの男――狩野怜路が問うた。夏生はそれに「ええ」と頷く。彼はその近寄りがたい恰好とは裏腹に、気さくに夏生に声を掛け、話題を振ってくれている。
「遠縁と言っても、交流とかは全くなかったので……。こんな所に、私に……所有権がある土地があるなんて、思ってもみませんでした」
苦笑い気味に夏生は答えた。現在向かっている先は、巴市の中でも相当な山奥にある廃集落だ。なんでも、夏生の母方の遠縁――夏生はその姓を耳にしたこともなかった家の土地があるという。その家の嫡流はとうに絶えており、夏生はその家から他家へ嫁いだ女性の、何代か末の子孫であるらしい。
家の名は「
「ンな状況で、よく来る気になったな。ド平日によ」
「まあ、気分転換にいいかなと思って」
慌ただしくもあり、さりとて目の覚めるような刺激もない毎日に、夏生はこの頃いささか飽いていた。思い返して虚しいばかりの日々でもないのだが、何か『非日常』を欲していたのだろう。単純に、春の陽気に誘われただけかもしれない。
「――確かに、気分転換には持って来いだと思いますよ。お花見はもうされましたか?」
くすりと笑って、そうルームミラー越しに視線を合わせてきたのは、巴市役所の公用車を運転する青年、宮澤美郷だ。その恐ろしく整った顔立ちは一見、怜路とは全く別の意味でとっつきにくそうであったが、彼も常ににこやかに、夏生を安心させるような笑みで声を掛けてくれる。
「いえ、まだですね。タイミングを逃してしまって」
「なら丁度いいな! 弁当買って来りゃあ良かった。天気も絶好だぜ」
確かに、空は抜けるような晴天で風もない。薄紅の桜の枝越しに見上げれば、さぞや空色が鮮やかに映えるであろう。
「ですが……お花見なんてできるんですか? その、もののけトラブル? が起きているんでしょう?」
暢気な青年たちに少し戸惑いながら、夏生はそろりと訊ねた。何を隠そう、夏生が呼ばれた理由――「防災措置」というのは、枝垂れ桜の巨木が起こしている
「あ~、トラブルっつーても、人間を取って喰ってるワケじゃねーしな。ちょちょっと封じをすりゃあイイんだけどよ」
「古くて大きな桜の樹は、強い霊力を持っていますから。適切な管理をされていないと、霊力が場を捻じ曲げてしまうようです。誰も通らない山の中なら問題にはならなかったんですが……近くの廃校がグランピング施設に変わって、都会のお客さんが来られるようになったので、トラブルが起こる前に処置をしようと思って」
なるほど、と、とりあえず分かった風に夏生は頷く。実際には、非現実的過ぎてピンと来ないのだが――「古びた桜の巨木を封じるために、小さな祠を建てたい。ついては所有者の許可が欲しい」というのが、夏生の元へ届いた依頼の文書であった。
面倒ならば、添付されていた書類にサインのひとつでも書いて返送すれば終りだったのだが、文書には「可能であれば現地での祭祀に、土地の所有者として同席して欲しい」とも書かれていたのだ。降って湧いた非日常極まる話に好奇心を抑えられず、夏生はこうして巴市の公用車に乗っている。
「ま、街の桜はもう、大概散っちまった後だしな。俺も花は写真で見ただげだが、この時期にあれだけの桜が見れりゃあ、観光地化も夢じゃねーだろうよ」
言って怜路が見遣る窓の外は、ほんのりと木の芽が芽吹き始めた山の中だ。その、未だ冬枯れの名残を濃く残す雑木林の中、至る所に薄紅や白を纏う樹が枝を広げていた。山桜だ。
「いい所ですねえ……秘境って感じで。暮らしてみたいなあ、家はもう残ってないって聞きましたけど」
こんな山を分け入った先にある土地、それも廃集落となれば、きっと仙人のような暮らしができるだろう。つい妄想を膨らませた夏生に、怜路があっはっはと笑った。
「自給自足にゃ持って来い……と言いたいが、多分、人間の代わりに鹿やら猪やら猿やら出るぜ」
「でも、熊までは聞かない場所ですから。お気に召せば、ぜひ有効活用してください」
熊かあ、と夏生は思わず呟いた。しみじみと深山幽谷である。
山あいを深く削り、谷川に沿って走る県道は、対向車もほとんどない。時折、長距離輸送中らしき大型トラックとすれ違う程度だ。これより奥の僻地で、何か事業を起せる手腕は己にはあるまい、と内心苦笑しつつ、夏生は「そうですねえ」と曖昧に頷くのだった。
四十分ほど、山の中を走った車は、ようやく多少開けた場所に出た。
集落自体は既に無人とのことで、田畑だった場所には雑草が生い茂り、山に接する端の方から緩やかに森へと還っている。田畑よりも山際に建つ古い民家たちも、屋根が落ち、庭木は伸び放題になって山に呑まれつつあった。廃校跡地にグランピング施設が出来たというが、訪れる者もこれでは「とんでもない所に来た」と驚くであろう。
聞いた話では、夏生に所有権があるという土地は集落の最奥、花護家はこの集落に広い土地を持つ地主であったらしい。元は開けた田畑の只中、用水路の土手に大きな枝垂れ桜が一本、見事な枝を広げていたというが、周囲が原野と化した結果、場所は分かりづらくなっているという。
「っかしーな。見えねえぞ」
「これは……拙いねえ」
目的地周辺であるとカーナビが告げた辺りに路駐し、車を降りた二人がおのおの嘆息している。夏生も後部座席を降りて周囲を見回した。辺りは、間近まで両脇から山が迫る小さな棚田と思しき場所で、目的の桜が土手に植わっているという幅広な水路も冬枯れたススキに埋もれて見える。しかし、いくら川上を振り仰いでも川下を見下ろしても、桜らしき木立は全く見当たらなかった。
「本当に……ここなんでしょうか……?」
辺りの田畑はくまなく原野と化して、どこを向いても代わり映えしない景色ばかりが広がっている。一本川筋を間違えていたとしてもおかしくはない。
「いや、ココの筈だ。前に来た時にマップにピン付けといたからな」
そう言って怜路が差し出したスマホの画面では、オンライン地図上のピンと、スマホの位置情報を示すスポットがぴったりと重なっていた。
「前回確認に来た時に駐車したのと、同じ場所なのは間違いないですね。あのお地蔵さんも前回撮影していますし」
そう言って美郷が指した先には、道端の朽ちた
「もう桜が満開の頃合いですし――場の歪みが生じてしまってるのかもしれません。少し歩いてみましょうか」
「だな。一応荷物も持って行くかァ」
ひとしきり天を仰いだ二人が、切り替えた様子で次の行動を始めた。夏生も荷物持ちを申し出たが、丁重に断られる。素人が迂闊に触るとよくないものかもしれないと思い直し、夏生は手ぶらで、
⇒錫杖を右肩に担ぐ怜路の後を追った。
次ページ「②分岐パート【怜路】」へhttps://kakuyomu.jp/works/1177354054882867305/episodes/16818023211763913208
⇒大ぶりなショルダーバッグを持つ美郷の後をついて歩き出した。
次々ページ「③分岐パート【美郷】」へ
https://kakuyomu.jp/works/1177354054882867305/episodes/16818023211763938961
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