23年クリスマス雑文

美郷視点のほぼボヤキみたいなSSです。


***


 今年はクリスマスイブと土曜日が重なった都合か、買い物に訪れたスーパーマーケットの惣菜売り場には、ひときわ華やかにクリスマスのご馳走が並んでいた。店内を流れるのは明るいクリスマスソング、眺める惣菜もデザートも、「さあ家族で楽しもう」という雰囲気に満ち満ちている。

 一昨日辺りから降り続いた雪も今朝方ようやく止み、おそらく昼間に路面の雪は大方溶けたであろう午後三時。来週を乗り切る食糧を買いに出て来た美郷は、その年の瀬の空気――否、一応まだ音楽はクリスマスソングなのだが、同時に並んだおせち材料や注連飾りと言った正月用の品々も含めた「ハレ」の気配に、くらりと一瞬目眩を覚えた。

(あーーー、なんだろコレ。しんど)

 足下の悪さもあってか夕刻の店内にはまだまだ惣菜が残っているが、訪れる人々の多さやその買い求める品々はいかにも晴れがましい。それに酷く取り残された心地がするのは、今この瞬間の美郷がそうなのではなく、かつての、年末一気に人気のなくなる学生寮で独り年を越した、四年間の古傷が疼くのだろう。

 巴に就職してそろそろ三年。非公式ながら神社仏閣に関わる立場ゆえ、年末年始は毎度何かしら仕事があって独り身の侘しさを味わう余裕もなかった。もっとも、独り身と言ったところで家に帰れば大家が居り、その大家はいつものアルバイト先が大晦日から休業するため、毎年暇そうに部屋に転がっているのだが。どちらにせよ現在の美郷が味わう必要もない感傷が、突然胸底に去来したことに戸惑い、美郷は買い物カゴを持ったまましばし突っ立つ。

 冬至を過ぎて、ようやく二日が経ったばかりの冬空は、既に薄暗くなりはじめている。店の外に目を向けて、その寒々しさと店内の馬鹿明るさの対比にぎゅっと胸を絞られる。こんな明るい中から、独りぼっちの暗い部屋に帰る、あの夕暮れの瞬間が一番辛いのだ。

(他に誰も居ない寮内とか、年始に開いてないスーパーとかね……はーーー、変なこと思い出したなあ)

 そういえば、怜路はどんな風に一人の年末年始を過ごしていたのだろう。彼のことだから、誰かと共に年を越す店のひとつやふたつはあったかもしれない。そもそも、都会という場所は田舎よりも独り身に優しいはずだ。

 とりとめのない思考を振り払って、美郷は買い足さねばならぬ食料品を脳内で数え上げる。食パン、牛乳、ハム。ああ、そういえば今年も餅を分けて貰えるのだろうか。そばは買うか、買うとしてカップ麺か蒸し麺か。どこを見ても浮ついた気配の漂う売り場に思考を乱され、果たして本当に必要な物をカゴに入れられているのか分からない。結局、「まあ足りなければ仕事帰りに買い足せばいいか」といい加減なところで諦めた。

 レジに向かう途中、店の前面に盛大に積まれたローストチキンレッグが目に入る。哀れなるかな、きっと昼の客を当て込んで造られたらしいそれらは全て割引シールを貼られていた。現在午後三時半。閉店までに誰かに買われなければ廃棄なのだろうか。

(4割引か……晩ご飯……)

 さすがにワインまで買うほど浮かれる気分ではないが。

「えーーー、怜路も要るかな……?」

 本日の大家殿は、毎年恒例の半額ケーキを買いに朝から元気に出掛けていた。美郷はケーキに用事がないため、特にお誘いも掛けられていなかったし、夕食の約束もしていない。お互い、適当に買って適当に食べる予定だったような気がする、が。

(いかにも中てられた感じで……なんかちょっと屈辱的なんだけど…………)

 光が眩しいほどに影の黒さが増すように。こんな光景を目にすれば、普段気にならない侘しさが殊更辛くなったりもする。陰謀だ。たぶん、クリスマス商戦を仕掛けている連中の。

 などと、胸の内でグチグチ言いながら、美郷はポケットからスマートフォンを取り出した。チャットアプリを開いて、怜路とのトーク画面を呼び出す。十分……否、五分だ。五分反応がなければ、自分の分だけ買って帰る。そう心に決めて、美郷は素早くメッセージを送った。

『ローストチキンが大量に4割引になってる。夕飯に買って帰ろうと思うんだけど、要る?』

 既読が付くまで、結局一分もかからなかった。

『当然』

 まずスタンプが飛んでくる。どこで買っているのか知らないが、ドヤ顔がウゴウゴと動く大きなスタンプだ。

『俺2本』

 しかも複数本食う気らしい。ちらりと横目で見遣った4割引は、未だ「山積み」状態だ。

『了解』

 簡潔に返して、美郷は四パックほど、チキンレッグをカゴの中に積み重ねた。


***


買い物メモを作らずに買い物に来て、結局全部買うのを諦めて割引惣菜を買って帰る辺りがTHE宮澤美郷である。お前そんなんだから貧乏なんぞ。(我の生き写し)

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