白太さんと雪蛇の年越し

 暖冬である。クリスマス前に巴を襲った寒波が嘘のような、到底年の瀬とは思えぬ空気が、大晦日の夜を満たしていた。

 今年は美郷も時間外出勤をする用事はなく、怜路と二人でのんびり年越し蕎麦を啜ったのだが(蕎麦の趣味が合わず、軽く論争になったのはご愛敬である)、食後、不意に体の中の白蛇が騒ぎ始めた。

「ええ、そりゃ雨は止んだっぽいけど……地面濡れてるし、雪蛇も濡れたら溶けちゃうんじゃない?」

 外に出て雪蛇と遊びたい、と主張する白蛇を、そう宥めてみる。先日の降雪で無事今年も雪蛇が狩野家にやって来たのだが、今年はその後の気温が高く、雪を溶かしてしまう雨も降った。幸い、随分と霊力を蓄えつつある雪蛇は、作ってやった避難小屋で凌げているらしい。だがあまり無理を強いてやるなと言いたいところだ。

 ――濡れない場所、遊ぶ!

 果たしてそんな場所があっただろうか、と首を捻る美郷に、怜路が「白太さん何つってんだ?」と問いかけてきた。事情を話すと、怜路は「ああ」としたり顔で頷く。

「こないだ大掃除のついでに、納屋ン中片付けてスペース空けたんだよ。結構冷える場所だし、雪蛇の小屋もあん中に移しゃいいかと思って」

「……お前、ほんとに白太さんと雪蛇には甘すぎない……?」

 ちなみに避難小屋は、冷気を逃がさず冬の精霊が過ごしやすい環境を維持するための符が貼られている。書いたのは美郷だが、その符を調べてきたのは怜路だった。

「今年は暖冬つーて秋頃から言ってたじゃねえか。やっぱさあ、親の責任……みたいな?」

 親。と、美郷は復唱した。確かに雪蛇を作り、白蛇の「友達」と定義づけたのは怜路だ。

 まあいいか、と呟いて、美郷は立ち上がる。己の半身である白蛇はともかく、いたいけな雪の精霊を甘やかすのは美郷もやぶさかでない。偏西風の蛇行で季節の狂った冬の間、呪術で雪蛇を守ってやるくらいは問題ないだろう。

「じゃあ、小屋ごと雪蛇を納屋の中に運ぼうか」

 言った美郷に、体内の白蛇は歓声を上げ、怜路はくっくと愉快そうな笑いをかみ殺していた。

 

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