元旦、狩野家の昼下がり
(こちらの掌編は、年賀状の御礼にと『夢小説』形式で下さった方へお送りしたものです。元は『藤田』の部分に自由に名前を挿入できました。下さった皆様、ありがとうございました!!)
元旦、昼下がり。美郷が大家の部屋のコタツに足を突っ込んでみかんを剥いていると、家の外で遠くバイクの軽いエンジン音と、ポストに何か投函される音が聞こえた。
「年賀状だ」
「とってこーい」
同じくコタツで、皮を剥いたみかんを丸ごと口に放り込んだ大家が、犬にでも言うようにのたまった。冬になって発覚したが、美郷の大家殿――狩野怜路は寒がりだ。筋肉はあるので体温が高そうなものだが、体脂肪率の低さが祟るのかもしれない。活動を始めると常に動き回っているが、一度コタツにはまると尻に根が生えるようである。
「はいはい」
仕方がない、と美郷はコタツから抜け出し、立ち上がった。普段「巣窟」と呼ぶにふさわしい散かりぶりを見せている怜路の居室も、昨日の大掃除で随分サッパリしている。物の多さは如何ともしがたいが、ゴミを分別して納屋に出しただけで、部屋の容積の三割くらいは空いたように見えた。ちなみに、片付けの五割以上は美郷がしたような気がする。
部屋の隅では、石油ファンヒーターが絶えずごうごうと温風を吐いている。辛うじて、外壁に接した窓だけはアルミサッシになっているが、内部の建具は全て古い障子や襖、型板ガラスをはめ込んだ木製引戸という古民家である。怜路が居室にしている茶の間は、十畳はあろうかという広い土間と接しているため、引戸の隙間からひんやりとした空気が絶えず部屋に流れ込んでいた。
その引戸を開けて、土間の横に設えられた廊下に出る。縁側から続く廊下が、家の表側にある客間の横を、奥の茶の間まで続いているのだ。ところどころささくれて虫の食った床板が足の裏を冷やす。ベンチほどの高さがある上がり框の下には式台が置かれ、その周囲には怜路の靴が何足も並んでいた。怜路は服装に金をかけるのが好きな人種なのだ。
式台に降りた美郷は、そのゴチャゴチャと並んだ中からサンダルをつっかけ、玄関を開けた。今年は年越し寒波が年末年始を直撃し、外は一面の銀世界だ。郵便配達員も大変であろう。顔に刺さるような冷気に、美郷は目を細めた。
玄関横に据え付けられた、赤いポストのふたを開ける。
「うわぁ、沢山来てる……! すごいな」
言いながら年賀状を回収して足早に帰り、冷えた足を急いでコタツに突っ込みながら、輪ゴムで括られた年賀状の束を怜路に渡した。
「凄い量だね。ほとんどお前宛だろ」
受け取り、早速確認を始めた怜路が「おー」と生返事をする。数十枚ある年賀状は、おそらくほとんどが怜路の仕事関係の人脈だ。美郷はと言えば、公務員は虚礼禁止ということで、年末に総務から一斉送信メールで「年賀状・歳暮・年始の挨拶をしないこと」とお達しが来ていた。公務員と言う立場上、こういった賄賂に繋がりかねない習慣には厳しいのである。
「おっ、コレ宛名がお前と連名だぜ」
「えっ? おれと怜路の連名……?」
怜路が束から抜出し、ひらひらさせている一枚を受け取る。表は確かに同じ住所で「狩野怜路様 宮澤美郷様」と二人分の宛名が書かれており、裏は干支のイラストと手書きの文字が添えてあった。
「ええと、藤田さん……?」
見慣れぬ名前に、美郷は首を傾げてしばし記憶を探る。添えられた手書き文面で思い出した。
「……ああ! 秋に居酒屋に依頼に来てた人!」
口コミを頼りに怜路の名を知ったその人物が相談に来ていた時、偶然美郷も居合わせたのである。
「そうそう、俺の出番がなかったやつな」
ケラケラと笑いながら怜路が頷いた。その時を思い出し、美郷は片手で顔を覆う。
「白太さんがあんな場所で出て来るなんて、ホントに……」
藤田は、厄介な憑物に困り果てて怜路の元を訪れた人物だ。
何人か有名な霊能師を頼って匙を投げられた後に辿り着いたのが、場末のような居酒屋の鉄板前、相手は金髪グラサンのチンピラ店員である。最初は戸惑った様子だったが、商談は順調に進んでいるように見えた。ところが、だ。
その日美郷は、怜路の車に乗せて帰って貰う約束で酒を飲んでいた。当然、怜路が店じまいをしなければ美郷も帰れないため、藤田の横で依頼内容を美郷も聞いていたのである。そして、自覚は無かったのだが、美郷はかなり酔っぱらっていたらしい。
「ッとになあ。結構エライもん憑いてたっつーのに、あっさり『おやつ』だもんなァ」
怜路が面倒を見ている鉄板は、縦に細長い店内の一番奥にある。カウンター席の他は突き当たりにトイレがあるだけの場所で、美郷の定位置はカウンターの一番奥端だ。その夜、店は閑散としており、藤田と怜路、そして美郷以外に、それを目撃した者はおそらくいない。
「はは……。ああ、白太さんのことも気にしてもらってる。藤田さんが白太さんのこと気に入ってくれたから良かったけど……」
流石に大蛇になって飛び出したワケではなかったが、突然隣の男の首から白蛇が出てきたのに動じなかった藤田は賞賛に値するだろう。そして、藤田を困らせていた憑物は、あえなく白蛇の「おやつ」となった。
年賀状には、怜路と美郷への改めてのお礼、そして憑物を食べた白蛇への気遣いが書かれていた。あたたかい文面に美郷は微笑んで、年賀状を怜路へと返す。
「――それ、もしお年玉抽選当たってても、引き換えちゃうのもったいないなあ」
「おー、んじゃお前が持っとけば? 白太さんにも見せたれ」
そう言って、再び渡された年賀はがきを、美郷は「そうだね」と受け取った。
「あれから、何もトラブル起きてなさそうで良かった」
「まあ、あんだけ根こそぎ綺麗に食われちまったら、もう何も起きねェよ」
呆れ交じりにそう言って肩を竦める怜路に、美郷は情けない笑いを返す。
「うん。折角だし、お返しの年賀状は書かなくちゃね! 藤田さんの今年一年が、良い年でありますようにって」
「おー、頑張れー。俺ァ達筆な奴に任せた」
呪術者のくせに毛筆が苦手な、パソコン大好きキーボード万歳大家がヨロシクと手を振る。
「自分の名前くらいは自分で書けよ。あと、年賀状の余りあればちょうだい」
「おう、裏面印刷済みのがあるから、ソイツ使え」
言って差し出された、表面が白い年賀状を美郷は受け取る。
「――はー、眠たい……」
大晦日は夜更かしをしたし、外は真っ白で車を出す気にもならない。
「寝正月だな」
言って、怜路が畳にひっくり返る。美郷も倣って横になり、こたつに潜って畳んだ座布団に頭を乗せた。
おわり
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