人間関係はツカミが大事

※※克樹のお話です※※

時系列的には、冬山が終わった数か月後。無事H大にストレート合格した克樹。



第80回二代目ワンライ企画

使用お題:飴と鞭 年相応 町の支配者

ジャンル:現代友情?




『人間関係はツカミが大事』




『出身は島根。父親は町の支配者をしている』

 口にする度、周囲の空気が戸惑いに沈むこの自己紹介は、そう間違っていない。と、鳴神克樹は自負していた。



 克樹は出雲にある、大変な名家の出身である。実家の権力と財力はそれはそれは相当なもので、克樹はその大層な家の跡取りとして生まれた。生まれてこのかた周囲に「鳴神」の名を知らぬ者などいない場所で、その鳴神の嫡男として育った克樹にとって初めての『誰も克樹のことを知らない』場所、それがこの春進学したH大と、その学園都市である。

 進学にあたり、離れて暮らす異母兄から得た助言がある。それは、「例えどんな事情でも、どんなに良くしてくれた相手でも、一度でも資産をねだってきた相手は切れ」というものだ。克樹の家は大変な資産家である。その跡継ぎである克樹が、そうそう安いばかりの下宿や粗末な身なりをするわけにも行かない。どうしたって、付き合ううちに相手は克樹が裕福な家の子息であると気づく。

『いいか、絶対だ。どれだけ惚れた女の子でも、心から信頼した親友でも。その瞬間、相手はお前を、ボタンを押せば金を出す「モノ」として扱ったんだ』

 鬼気迫る表情でそう脅しつけてきた異母兄は、克樹と違い大変な苦学をして大人になった人物だ。続けて、「大丈夫、お前は良いモノを惹きつける雰囲気を持ってるからね。そう心配しなくても、そんな真似をしてこない相手と出会えるさ」と優しく笑って頭を撫でてくれる兄は、昔から飴と鞭の使い方が上手い。克樹の大好きな笑顔に説得されて、深く忠告を心に刻んだ克樹は、「ならばいっそ、最初からそう名乗ってしまえば良いのだ」と解釈した。

「なあ、鳴神。毎度思うんだが……その自己紹介、要るか?」

 ふむ、こんなものか。と一人納得してドリンクに口をつけた克樹の肘を、隣の同期が小突いた。同じ学部学科で、学籍番号が近いためよく話すようになった人物だ。通学に使うバス停まで一緒だったため、なんやかんやと一緒に行動している。

 一瞬しん、と静まりかえった同好会の新歓コンパ会場は、次の新入生の自己紹介でようやっとざわめきを取り戻し始めていた。小首を傾げ、克樹は問い返す。

「余計だと思うか?」

 大学一年生の克樹はまだ十八だ。酒は飲めないのでオレンジジュースである。隣の同期ーー山岡はウーロン茶で、可愛らしい女の先輩が場を盛り上げ始めた宴席の端で二人こそこそ喋る。

「そりゃまあ、普通に引くからな。事実でも言わないっていうか、アピールするにも普通もうちょっとマシな言い方があるっつーか」

「だが、変な期待を持たせても仕方がないだろう。別に金持ちだとアピールしたいわけでもないしな」

「じゃあ、何だってそんな自己紹介するんだ、お前。というか、もうちょっと年相応に喋れないの。どっちかっつーとオタク系の変人だと思われ始めてるぞ多分」

 克樹の堅苦しい口調は、生まれてこの方の十八年間で培ってしまったものだ。今更そう簡単には抜けない。

「こう言っておいてそれでも近づいて来る人間は、私を馬鹿にしている奴か、私の言ったことを気にしない奴かのニ択だろうと思ってな」

 どうだ、名案だろう。と言うと、ははあ、と大変微妙な相づちが返ってきた。

「ちなみにお前はどちらだ、山岡」

「どっちでもない」

 即答されて、傍らを見やる。ずずず、とストローでグラス底に残るウーロン茶を啜りながら、山岡が遠い目をしていた。

「では何だ?」

「……珍獣を観察してる」

 珍獣、と克樹は復唱した。実に新鮮な評価である。

「馬鹿にするつもりはないけど珍しいし、気にしないと言うには珍しい」

 つまり珍しいらしい。ちらりと山岡が克樹を見やる。目が合った山岡の表情を、克樹はじっと観察した。ぼんやりと無表情でやる気のなさそうな顔が克樹を見ている。山岡は普段からこの様子で感情の起伏が読みとり辛いため、克樹もまさか己が珍獣として観察されているとは気付かなかった。

「そうか、珍しいか。悪くないな」

 うむ、と頷いて克樹もジュースを啜る。えぇ、と若干引き気味の相づちに笑って、克樹は続けた。

「多分私は、お前が思っているより更にレアな珍獣だ。飽きるまで観察していってくれ」



 数十年後。

 いよいよ父親の跡を継ぎ、鳴神家の当主となる日、克樹の傍らで山岡はこぼしたという。

『結局、飽きる日は来そうにないな』

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