桜闇の番人~白太さんと辻本さん~

 ※※※なぜか話が沸いたので!!!※※※

 (4月ごろに作った話です)


相変わらずの謎時空です。が、来年の今頃にはコレを本編軸に組み込んでも不謹慎じゃない状況になっててほしいなって思います。

花見じゃないですが、夕暮れ時~宵闇に桜の下を歩いたので書きたくなりました。赤い花見提灯下げたお祭り感のある夜桜よりも、ただ青白く浮いてる桜が身近で多分好きなのだと思います。

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「あれっ。白太さん、どしたんこんな所で……お花見、なワケないよね」

 春分を越えて半月、だいぶ日足も伸びた「ノー残業デー」の帰り道。自転車通勤の辻本は、薄暮に沈む河川敷の桜並木の枝に白い塊を見つけてブレーキを握った。

 白い塊はとぐろを巻いた大きな白蛇だ。

 折しも桜は満開で、薄紅色に隠れるようにして白い大蛇が紅玉の目を光らせる様は神々しくすらあるが、残念ながらまず辻本の頭に思い浮かんだのは、頭を抱えて嘆く可愛い後輩の姿だった。

「宮澤君が許したとも思えんのんじゃけど、こんな所におってエエん?」

 話掛けながら、自転車を道の端に停めた辻本は白蛇が巻き付いている桜へと近寄る。白蛇が上っているのは、河川敷にある桜並木の中でもひときわ立派な大木だ。白蛇は辻本を追うように頭を動かし、ぴるる、ぴるる、と紅い舌を出していた。

 例年であれば並木には花見提灯がぶら下げられて赤い電灯を光らせ、辺りは花見客が歩いているはずだが、今年は大きな疫病騒ぎで辺りに人影は見えない。花見提灯も飾られることはなく、川土手の細い道を行き交うのは家路を急ぐ車ばかりで、桜闇にたぐまっている白蛇に気付く者など、辻本のように「その存在」を知っている人間だけだろう。

 それでも流石に不用心ではないかと、辻本はポケットのスマホを探る。

 白蛇は器用に動いて尻尾を枝から垂らし、辻本の前に差し出した。直接触れなければ、白蛇とは会話が出来ない。

 ――白太さん、めっ、されない。

「うん? 怒られんのん?」

 ――白太さん、かしだしちゅう。

「……うん?」

 貸し出し中、と言っただろうか。少々考えて、やっと頭の中で漢字変換できた辻本は、更に首を傾げた。

 ――桜、誰も見ない。桜さみしい。ざわざわしてる。桜ざわざわすると、おやつできる。白太さん、食べる。

 ははあなるほど、と辻本は呟いた。

 白蛇の「おやつ」とは、自然や器物の精霊――いわゆる「もののけ」だ。桜は見る者を圧倒するほど見事に咲いて、普段はほとんど感じられないはずの淡い香りすらも夕闇に漂わせている。人に見られるために植えられ、育てられ、手入れされ、毎年咲き誇ってはそれを愛でられ褒めそやされてきた桜は、今年に限って見向きもされない理由など分からないだろう。

 桜――ソメイヨシノは三月末から四月頭に花を咲かせ、散ってみつきもしないうちに次の年の花芽を準備し始めるという。実を熟らすことすらもなく、ただ、一年に一度この時のために残りの時間を使うのだ。そのエネルギーは相当なもので、花見にやって来た人々は多かれ少なかれ、花のエネルギーを受け取って帰る。

 しかし今年は、エネルギーの受け取り手がいないのだ。有り余ったエネルギーが凝って、もののけになってしまうのだろう。

「桜が悪さをせん間に、桜の精を食いよるんか……けど白太さん、誰に貸出しされとるん?」

 ――りょうじ。りょうじ、おっきなおやつに頼まれた。

 借り主は予想通りだ。おおかたまた家賃のカタに使われているのだろう。白蛇語の「おっきなおやつ」は直訳すれば「大きなもののけ」なので、どこかの強力な山霊――天狗や神といったレベルの何かが、かのやんちゃな身なりの敏腕山伏に依頼してきたと推測できる。

「そうなん。じゃあ狩野君が近くにおるんかな? 桜の精がもののけにならんうちに食べてくれるんはありがたいけど、あんまり大きな格好で居ったらいけんよ。知らん人が見たらびっくりするけえね」

 そんな所まで全く気が回っていなかったが、寂しがった桜が有り余ったエネルギーで人にちょっかいをかけはじめたら、立派な特殊自然災害である。年度末はただでさえ忙しい上に、市役所は既にエマージェンシー状態だ。防災に協力してくれる山霊や白蛇はありがたいのだが、白蛇自身が騒ぎになってしまえば仕事が増えるし、何より宮澤が気の毒である。

 ――白太さん知らない、白太さん見えない。白太さん考える、白太さん見える。つじもとさん、白太さん考えてた?

 白蛇の問いかけに、ついクスリと笑いが漏れる。白蛇にとっての辻本は「つじもとさん」なのだ。これは宮澤が辻本をそう呼ぶためで、芳田は「かかりちょう」なのである。

 ――白太さん、みさとおんなじ。つじもとさん、みさと考えてた?

 辻本の思考を読んだかのように、白蛇が問いを重ねた。ああ、と辻本は納得する。

「宮澤君のことはちょっと考えとったねえ。去年は桜まつりの前に、桜泥棒を追っかけたよねえって」

 辻本の通勤路からは尾関山公園が見える。山の頂を満開の花で白く霞ませて、夕闇に浮かび上がるその姿を見て、辻本は去年の今頃を思い出していた。

 花盗人を追いかけて山の異界まで飛び込み、山の姫神を舞で慰めて解決してしまう後輩は、辻本とは一段と言わずレベルが違う。出自や経歴は知っていたつもりでも、様々な事件でその能力を目の当たりにするたびにそう驚くのだ。

 本人がそれをどう思っているかは別として、宮澤美郷という人物はやはり「特別」なのである。

 ――桜泥棒、家に来た。りょうじ、お酒いっぱいもらった。白太さん、貸し出し中。

 くだんの桜愛づる姫神が依頼主のようだ。もののけらしい対価に辻本は笑う。

「それなら、今度ご相伴にあずからんとね。色々バタバタしとるのが終わったら、花見の代わりに外で飲むのもエエねえ」

 バーベキューでも、夕涼みでも。一体いつになるのかは分からないが。天狗りょうじVS大蛇みさとの、飲み対決の決着を見届けるのも良いかもしれない。

「さて、じゃあ僕はもう暗くなるけ帰るけど、白太さんも気を付けんさいね」

 こんな巨大な妖魔相手に、何に気をつけろと言っているのかは辻本自身も良く分からない。闇の中に、白蛇にとって怖いものなどないだろう。ただ、「特別」な辻本の後輩が、それゆえに臆病なのも知っている。

 彼にとって最も繊細で柔らかい部分であるこの白蛇が、彼を傷つける物と出会わないで欲しいと辻本は願っていた。

 ――白太さん、気を付ける。つじもとさんも気を付ける。お帰りなさい。

 意訳すれば「辻本さんもお気をつけてお帰り下さい」なのだろう。

 片言の、ヘンテコな言葉に思わず笑って、それから感慨深く辻本は白蛇を見上げた。

『貴方の家へお帰りなさい』

 桜闇のほとりで、闇に棲む白蛇が人間である辻本を促す。まるで昔ばなしの登場人物にでもなった気分だ。

「ありがとう。また明日ね」

 言って手を振り、辻本は自転車に跨った。

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