日本の英雄の奥義といえばコレ
第109回 2代目フリーワンライ企画 #深夜の真剣文字書き60分勝負 より。
使用お題:
睡眠時間が足りてない
ハニートラップ
無難な選択
巴市やけっぱち悪ノリSS。頭カラッポにして読んでください。
登場人物の布陣はクシナダ異聞後のものです。潮騒までお付き合い頂いていると話が分かりやすいと思います。
『日本の英雄の奥義はコレ』
睡眠時間が足りていない状態で、作戦会議などするものではない。
なぜなら、『無難な選択』というやつを誰も思い付かないからだ。
一晩経って正気に返り、美郷が頭を抱えてももう後の祭りだった。
『ハニートラップだよ。古今、日本の英雄はそうやって敵の首領を騙し討ちにして仕留めて来たんだ。テメェにゃそのポテンシャルがある! 行け! 日本武尊や牛若丸に続け!!』
したり顔で無茶苦茶を言う大家を、上司先輩含め誰も止めてくれなかったことに、今更ながら怨みを覚える。いつもはキッチリとひっ詰めている長い黒髪を簪でゆるく結い上げ、薄化粧を施した顔で美郷はぎりりと大家を睨んだ。対するチンピラ大家はヘラヘラと実に楽しそうである。本気で問題解決をする気があるのかコイツは、などという疑念が美郷の中で頭をもたげた。
纏う衣装は、藤の花が大きく染め抜かれた艶やかな小袖だ。裾を長く引いて細帯を腰の辺りで締めた姿は、江戸時代初期の遊女のものだという。桜愛づる龍の姫神がノリノリで用意した衣装一式は、彼女の侍女によって着付けされた。持たされた舞扇をぎちりと握って美郷は大きく深呼吸する。
美郷に今更拒否権はない。なぜなら、特自災害の任務として正式に決定した作戦だからだ。
美郷はこれから敵――最近突然、巴市の山奥に住み着いたトンチキな宗教団体の教祖様をハニトラにかけて、その力を奪わねばならない。カルトめいた新興宗教団体の駆除など警察の仕事のはずなのだが、神道系を名乗るいわゆるスピ系新興宗教団体は、『特殊自然災害』的な被害を周辺にもたらしていた。人間側から被害届が出るよりも先に、異界の住人たちから特自災害に相談が来てしまったのだ。
なまじっか、連中の『お浄め』に呪力があるのが問題なのだ。問題の教祖は、元々そこに祀られていた
「――で、嫉妬深い山の神の目ェ覚まさせるにゃコレが一番なワケよ」
山の神は、嫉妬深い醜女であると言われる。
実際に醜女なのかは、美郷も対面したことがないので分からない。分からないが、神の悋気を向けられるのが美郷なのは間違いない。無論、教祖から心が離れた山祇を宥めて鎮める手筈は、きちんと芳田を陣頭に諸先輩方が整えてくれている。無責任に笑っている相棒殿も、用心棒としてついて来てくれる。分かっていても、想像すれば生きた心地がしなかった。
「……覚えてろよ、怜路」
低く捨て台詞を吐いて、美郷は小袖の裾をつまんだ。へっへ、と実に楽しそうに笑った怜路が紅色の唐笠を差し掛けてくれる。ちなみに怜路はいつものチンピラ衣装ではなく山伏装束だ。高下駄の足元がおぼつかない美郷の隣で、一本歯下駄で難なく歩いているのが憎たらしい。
「準備はエエですか、宮澤君」
大真面目な顔で作戦指揮を執る芳田も、微妙に口元が引き攣っている。確認などしていないが、最後尾で見守る一般職員の広瀬などどうせまだ腹を抱えて笑っているのだろう。
「はい」
ここまで来れば、居直るしかあるまい。大きく息を吸い込んで、美郷は顔を引き締めた。被害を受けたという近隣の物の怪たち協力のもと、教祖の寝室まで縄目の道を繋いで直接乗り込む。芳田の呪術で向こうの連中を夢うつつにさせ、美郷が女舞で教祖の心を奪う。
本当に奪えるのかなど知らないが、つべこべ言っている段階は過ぎてしまった。絵にかいたような助平親父の風貌をしたあの教祖様が本当に鼻の下を伸ばして詰め寄ってきなら、山祇云々の前に暁海坊の神刀を抜いても良いだろうか。
いささか物騒なことを唐笠の下で考えながら、美郷はよたよたと歩を進める。
決戦は、もうすぐそこだった。
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