【Not本編世界線】即興小説「美郷の偽物現る!」
イミテーション
使用お題:
鬼さんこちら
彼岸花が枯れるころ
優先順位
イミテーション
ジャンル:現代FT巴市の日々特別篇
『イミテーション』
彼岸花が枯れるころ、その林では神隠しが相次ぐという。
――鬼さん、こちら。手の鳴る方へ。
近寄ると、そんな童の囃し声が聞こえるらしい。
「なーんか、去年も似たような案件だったよなぁ……」
巴市にある曰くつきの山中で、美郷は一人ぼやいた。
「兄上のご様子は」
兄の美郷が仕事中、敵の術中にはまって消息を絶った。
幸い、ほんの数時間後には同僚によって発見されたが、意識がなく病院に運び込まれて丸一日が経つ。大学進学で巴市の近くに引っ越してきていた、実の弟である克樹にはすぐに連絡が行った。取る物も取り敢えず駆け付けた克樹は、兄の傍らに付き添う巴市の職員に尋ねた。
「まだなんよ……克樹君、ご苦労さま。よう来てくれたね。手続きは全部僕らでやっとるけど、おってくれると助かるけえ」
そう言ってほほ笑んだのは眼鏡の穏やかそうな職員で、近くにあのいけ好かないチンピラの姿は見えない。
「あの、兄上の大家という拝み屋はいないのか?」
「ああ、うん。丁度間(まん)が悪く、出張で仕事に出とってのよ」
あと数日は帰って来られないらしい。役に立たない男だと思う反面、自分が広島に越してきていた甲斐があったと、少しだけ得意になった。
「早く目を覚ましてください、兄上」
長い黒髪はおろされて枕の上に散らばり、白い顔は瞼を閉じて動かない。深い昏睡状態だという。
克樹はそっと、その頬に触れた。
翌朝、兄のベッドに突っ伏して眠っていた克樹を、そっと揺さぶる手があった。
「ん……?」
寝ぼけて今の状況を思い出せず、ぼんやりと頭を起こした克樹は、手の主を認めて跳ね起きる。
「兄上!!」
目を覚ました美郷が、淡く苦笑いながら克樹の肩をぽんぽんと叩く。
「おはよう、克樹。ごめんな、心配かけちゃって」
その優しい声音に、克樹は心底安堵した。
えっ、と克樹は思わず兄の顔をまじまじと見た。
「鳴神に、ですか?」
あれほどの決意で捨てて来た実家に、連絡を取りたいと言う。
「うん……やっぱり、こういうことがあった時に一人はマズいなって、ちょっと今回思って。今回はお前が居てくれて良かったけど、まだ大学生のお前に負担をかけるよりはって」
そう、ですか。とゆるゆる頷きながら、脳裏の片隅を疑問が過る。
(あのチンピラを頼るおつもりはないのだな)
一緒に住んでいるといっても所詮は赤の他人ということだろうか。
(まあ、兄上が納得しておいでならばその方が良いのだ。父上も、口には出さないが心配しておられる)
兄に、『鳴神美郷』に、当主である父親やその周囲がかけていた期待は、克樹もよく知っている。克樹を補佐し、時に盾に、時に懐刀になり献身することを期待されていた。そして、それだけの素養を持つ子供だった。今、克樹が一応選挙権を持つ年齢になって振り返っても、到底、まだ学生服を着ていた頃の兄の落ち着きには及ばない。
そういう、克樹にはない深慮と冷静さと、――おそらくは、冷徹さを期待されていた。
「では、私のほうから家には連絡を入れておきます。兄上はちゃんとしっかり御静養をなさってください。まだ、微熱が下がらないのでしょう?」
既に、美郷が目を覚ましてから一週間が経つ。既に退院はしているが、いまだ兄は病床の上だった。
検査になんの異常もないが、どうにも体内の気が乱れて立て直せない、いわゆる自律神経失調のような状態らしい。
「うん。ありがとう。ちょっと長引きそうだから、もしかしたら休職になるかもしれなくて。それもあってね」
眉根を寄せて、悲しそうに兄が微笑む。そういえば、あのチンピラ大家はまだ戻らないらしい。
「そうなのですか……分かりました、そのことも伝えておきます」
病床に一人、誰も身の回りの世話をする者が居ない状態を長引かせたくはない。克樹も出来る限り力になりたいとは思うが、所詮は学生の身であるし、その本分を疎かにすることは何よりこの兄が許してくれない。
(そうだ、今回のことを喜ぶべきではないが、兄上が帰って来られるきっかけになれば)
そう鳴神に連絡を取った克樹に、美郷の療養の為、鳴神家は島根と広島の県境にほど近い場所の別荘を用意した。
違和感を覚えたのが、いつぐらいかは分からない。
山奥の別荘で療養する兄のもとへ、克樹は足繁く通った。休職はひとまずの三か月だという。もう、師走の足音が聞こえる時期になっていた。
「兄上、またお出掛けになっておられたのですか? もうこちらは随分冷えます、ご無理はなさらないでください」
心配する克樹に、ゆるりと兄が微笑む。
「大丈夫だよ、寒い場所には出ていない。料亭で少しお喋りをして美味しい物を食べて来ただけだからね。良い気晴らしになったよ」
ふわふわと落ち着きの悪い頭を撫でられる。
「それなら、良いのですが……」
鳴神家の、消息を絶っていた長男が帰って来た。
ことさら隠してもいないニュースは、業界を駆け巡っただろう。その『将来の当主の片腕』――否、鳴神家の政治の実権を握るであろう人物を料亭に呼び出しての食事会が、ただの可愛らしいお喋りな筈はない。克樹と美郷の性格や得手不得手を考えれば自明だ。克樹は神輿として担ぎ、実務の権力は美郷に握らせる方が確実だと誰もが思っている。克樹自身も、それは否定しない。
(兄上が望んで私を助けてくださるなら、実権だろうが何だろうが兄上にお任せすることに否やはない。だが、『あの』兄上が、本当に今更そんなものを望まれているのか……?)
もう、自分たちの道は別々の場所にある。そう言いきって、克樹を抱き寄せた兄の言葉を思い出す。それはそろそろ一年前のことだ。
兄は、『宮澤美郷」として、己の人生を、道を選んで掴み取り、歩いていた。
(なのに、今更……)
イミテーション、という単語がふわりと脳裏に浮かんだ。
ある日、克樹に見知らぬ番号から電話がかかってきた。執拗な不在着信は不気味だったが、とりあえず出て話してみなければ始まらない。何度目かの着信で克樹は電話に出た。
『もしもし! 狩野怜路だ! 克樹、お前美郷の居場所知ってるよな!?』
耳をつんざくような大きな声に、思わず電話を遠ざけ克樹も大声を出す。
「そこまで叫ばずとも聞こえている!! 全く相変わらず下品な男だな! 今更兄上に何の用だ!!」
肝心の時に雲隠れしていたくせに。そんな苛立ち半分で返した克樹に、相手のチンピラは意外なほど低く重たい口調で返した。
『そいつだけは済まねェ。タイミングっちゃそれまでだが、優先順位を間違えたのは俺の落ち度だ。とにかく今すぐ確認しなきゃならねえことがある。アイツ今鳴神の屋敷に帰ってるんだろう、何とか繋いでくれ』
真剣な声音に飲まれて毒気を抜かれ、克樹は素直に頷いた。
狩野怜路を屋敷に呼ぶ、と言った克樹に、美郷は細く形の良い眉を顰めた。
「今更、あいつに用事なんてないだろう。その日も少し予定が入っているんだけど……そう断ってくれないかい?」
あの下品な男を厭うように、美郷が扇子を口元に寄せる。
上品な紫根の和装に身を包み、流麗な仕草で小首を傾げる兄は、克樹の思い描いた『美郷に相応しい姿』だ。だが、それに酷く違和感を感じる。
(なぜだろう。違う気がする……どれだけ下品でも、柄が悪くて横柄でも、兄上はあの男を信頼しておられた。こんな……こんな風に厭うなど)
一度心を許した相手に、こんなにも冷たく手のひらを反す人だったであろうか。克樹は膝の上で、ぐっと拳を握った。
「そう、ですか……。分かりました、狩野にはそう伝えておきます」
「ありがとう、克樹。助かるよ」
ふんわりと優雅に兄が微笑む。綺麗な人だ。だが、こんな冷たい笑い方をする人だっただろうか。
「いえ。ところで……兄上。白太さんは、お元気ですか? あれから全く見ていなくて少し寂しいなと」
無理矢理笑って首を傾げた克樹に、確かに一瞬、兄の白い面が強張った。
つづく!(サーセン)
灯宮先生アイデアの、「偽物美郷現る! ですw」
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