鎖(終)


 翌日未明。若竹伸一は加賀良山の麓、道のアスファルト舗装が途切れた場所に車を停めた。彼の「主」である鳴神克樹の所在が判明したと、捜索依頼をしていた地元の修験者から連絡があったのだ。


 加賀良山は現在、巴市が対応中のトラブルを抱えており、克樹のこともそちらの調査から判明したという。市への断りなしに入山するのは難しいと修験者――狩野と名乗る、いかにも堅気でなさそうな姿の若い男は言った。


 狩野はあの見た目や態度にも拘わらず、地元での信頼も厚く市役所との親交も深い男らしい。依頼の翌日には契約書類一式と共に、候補地の資料を持ってきた。やくざ者と区別の付かないような土建屋が幅を利かす田舎と、水の合うタイプの人種なのだろう。


 冬至も近いこの時期、太陽が地平から顔を出すのは二時間以上後だ。若竹はエンジンはかけたまま、ライトを切って一度車を降りる。空には暁の星が光り、空気はしんと凍てついていた。吐息は白く煙り、革靴が踏む枯れ草はぴき、ぱき、と薄氷の割れる音を立てる。辺りに人の気配は感じない。二十四時間、職員が張っているわけではなさそうだ。


 悠長に、役所の開庁を待っているわけにはいかない。


 連絡を入れてきた狩野に、市役所との折衝は一任してきた。狩野は別行動に難色を示したが、元よりこれは鳴神家の問題である。狩野には情報提供を依頼しただけだ。狩野には、市に報告する際には鳴神の名を伏せるよう念を押して電話を切った。その後何度かしつこく着信があったので今は携帯電話の電源を切っている。


「全く、なぜこんな厄介なことを」


 鳴神克樹は難しい主だ。呪術の才能と持って生まれた力に何の不足もないが、将来大きな一門を率いるには、教養や落ち着きが足りない少年である。なぜもっと、鳴神の継嗣としての立場を考えて行動しないのか理解に苦しむ若竹に、克樹の行動を予測するのは酷く困難だった。


 それでも、克樹を迎えに行くのは若竹の仕事だ。若竹は克樹の教育係であり、将来的には当主の補佐として、克樹と鳴神を支えなければならない。


 車のエンジンを切り、小さなハンドライトを手に落ち葉の積もる山道へ足を踏み入れる。獣道より幾分マシ程度の、細い未舗装の道を登った先に山を祀る小さな神社があるという。そこまでの道のりを、万一縄目に迷い込んだとき用の標をつけながら捜索するつもりだった。本当ならば、居場所が判明した以上応援を呼びたいところだ。しかし、夜が明けてしまえば市役所が本格的に動き出す。呼んだ応援を待つ時間も惜しい。


 鳴神はここ数代、派手な醜聞が続いている。現当主は元々継嗣ではない。先代の跡を継ぐ予定だった人物の事故死により、急遽鳴神に帰されたのだ。現当主が鳴神を継ぐに当たり、強制的に別れさせられた女性の子が美郷である。そして美郷の一件は、業界に鳴り響く有名なゴシップとなった。


(これ以上、内輪の騒動を外の人間に知られるわけには行かん)


 まだ暁闇に沈む加賀良山に分け入った若竹の視線の先、重なる柴木の向こうをふわりと、白い式神が流れた。

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