【日常掌編】巴市の日常(春)

【節分】追儺狂想曲・前奏【季節ネタ】

使用お題:

 鬼

 世界中が敵

 負けず嫌い

 あいさつ代わりに



追儺ついな狂想曲・前奏』

(※※※ 本編があるとは言ってない ※※※)





 立春の前日、旧暦十二月晦日みそか。その日は古来より「冬と新しい年の春を分ける節分」として、大々的な節分行事が行われてきた。今では「炒り豆」「鰯」「恵方巻き」が三種の神器というイメージだが、かつては陰陽師と方相氏が行う「追儺儀礼ついなぎれい」という宮廷祭祀であった。


「というわけで、今年は市の主催で大々的に豆撒き行事をやります」


 例年ならば市内それぞれの寺社が単独主催するものを、なぜか巴市の主催でやることになった。理由は去年の夏、同じ形式で「施餓鬼会せがきえ」が大成功したからだ。つまり、商工観光課と商工会議所が味をしめたのである。


「商工観光主管なら、ウチは別に関係ない……ワケないですよね」


 巴市役所総務部、危機管理課「特殊自然災害係」の主事しゅじ・宮澤美郷ははかない希望を上司の一瞥で打ち砕かれた。がっくり、と挙げていた手首と頭を同時に落とす宮澤に、誠に残念ながら、と上司――係長の芳田も重々しくうなずく。彼ら特殊自然災害係、通称「特自災害」は、市内の「特殊」な自然災害……怪異現象やオカルト現象、霊的事件といわれるたぐいのものに対処する部署だった。




「――まあ、適当にどっかの体育館だかなんだかで、地味ィ~な豆まきと焼いた鰯の販売と、あとは柊のリースと恵方巻き売っときゃどうにかなんじゃね?」


 そう軽く言ってのけたのは、市役所の近所の鉄板居酒屋でヘラを繰る、チャラい格好のアルバイト店員だ。脱色金髪の頭にバンダナを巻き、両耳にはシルバーピアス。極めつけは薄く色の入ったサングラスというザッツ・チンピラという風体の若い男である。名は狩野怜路、巴市郊外の古民家に暮らし、美郷を離れに下宿させている美郷の大家だ。


「それは商工会議所とかソッチの仕事だよ。向こうだけで何となくそれっぽい行事やってくれればいいのに、何でか知らないけど『本物の追儺を』みたいな、なに、今ウチもののけで推してるからかな……妖怪・陰陽師ブームに軽率に乗っかる気満々でさ」


 ぐったりと居酒屋のカウンターに突っ伏して、市役所勤務の公務員陰陽師・宮澤美郷は唸った。頭の後ろで一つに括った、長く癖のない黒髪が上着の背を流れる。公務員としては異色の髪型だが、中性的で柔和な容貌の美郷には、長い髪が違和感なく似合っていた。美郷が巴市に就職してもうすぐ一年、毎日のように大家の勤める居酒屋で夕飯を食べている。周囲の常連も既に彼を見慣れ、長い髪の美青年は居酒屋の日常の一部となっていた。


 そしてこのチンピラ大家、実はフリーランスで拝み屋をしている修験者で、美郷の同業者でもあった。


「そう、世界中が敵みてーな声出すんじゃねーよ陰陽師様。お前目当ての女子客が減ったらどうすんだ。テキトーにやっとけ、テキトーに。『本番』はもう済ませた後なんじゃねえの?」


 大家の世迷言に、顔を上げた美郷は眉根を寄せた。仕事帰りの野郎ばかり集まるこ狭い居酒屋の、どこに女子がいるというのか。


 市内には何カ所か、実際に美郷らのような本物の呪術者が、節分に出向いて鎮めるべき場所がある。それに向けての準備は現在、大詰めの段階だ。


「いや、やっぱ本番は節分当日にやりたいから準備だけ……って言っても、今年のホントの大晦日は四日だけどね。前日なんだよ準備させろよぉ……」


 美郷らの祭祀は旧暦で動くため、毎年微妙にカレンダーと日にちがずれる。今年の旧暦大晦日は二月四日なのだ。


 世にも情けない声でぐずる美郷を、大家が鉄板の煙越しに残念そうな目で見下ろしている。どうせ女子など居ないので、それを無視して美郷は続けた。ここからが大問題だ。


「鬼役やらされたら、おれ、すごい辛い」


 負けず嫌いなので追われるのが嫌い、とかそういった話ではない。美郷は体内に魔物の蛇を同居させている。つまり、魔除けをぶつけられれば効く。


「イヤイヤ。さすがにそれは係長なり辻本さんなり止めてくれンだろ? 白太さんまーた脱走するじゃねーか」


 魔物の蛇の名は「白太さん」、その名の通り、純白の大蛇である。普段は美郷の中で眠っており、たまに美郷の就寝中に抜け出してあたりのもののけを食べる(人間は食べない)だけの無害な蛇だが、それでも妖魔の類であるのは変わりない。そのため、魔除け、破邪を仕掛けられるとダメージを食らったり、最悪驚いて逃げ出したりするのだ。以前真夏の炎天下で迷子になって、美郷共々大ダメージを喰らったことがある。


「と思いたいんだけど、悪ガキとか、絶対誰かはあいさつ代わりに豆投げつけてきそうでさあ。ほらアレ、無駄に方相氏ほうそうしまで用意するらしくて、多分おれは方相氏やらされる……目の四つある紙の面なんて、鬼だと思われそうじゃん。ていうか、方相氏に豆ぶつけるところもあるじゃん」


 方相氏とは、追儺が宮廷祭祀であった頃に祭祀を行っていた呪術者だ。最初は鬼をやらう側であったが、時が下るにつれてなぜか方相氏自体が「鬼」として追われる側になった……という話は、このジャンルが好きな人間ならば一度は目にしたことがあるだろう。その方相氏だ。目の四つある四角い紙の面をつけ、鉾と楯を持つ姿は、確かに鬼のようである。


「いや、方相氏なんぞ出てくるような祭祀してるところが、こんなクソ田舎のどこにあんだよ」


「ないよ。だからやってみるんだって。目新しいから。やめて欲しいマジで」


 そもそも巴市は、節分やら施餓鬼やらといった民間祭祀がそう色濃く残っていない地域である。とりあえず鬼も餓鬼も悪霊も、阿弥陀如来の名号ひとつ唱えれば極楽浄土で悟りを開ける土地柄なのだ。単に文化の地域性の話だが、これは特自災害的にも重要なことである。


「鬼を作るのは人の心だ。作り上げた鬼を忘れ去ってしまうのも問題だけど、無い鬼を作り上げてしまうのも怖い」


 鬼も神も、人が忘れれば輪郭を崩してしまう。無論例外もあるが、基本的にはそういうモノだ。そこに在る「なにか」に恐怖や畏敬で色を付け、意味を付け、名をつけて役割を振るのは人間である。妙な祭りをこしらえることで、新たな「鬼」を生み出したのでは目も当てられない。


 車通勤のため酒を飲んだら帰れない美郷は、ウーロン茶を流し込んでため息を吐く。海鮮バター焼きを一品仕上げ、皿に移して他の店員に渡した大家がやれやれと肩をすくめて、鉄板の端で焼いていた豚バラ肉を小皿に乗せた。ずい、とそれが美郷の前に差し出される。


「まあとりあえず、肉食って元気出せ。とりあえずタンパク質だ。行疫ぎょうえき神に負んじゃねーぞ」


 基本的に、追儺される「鬼」は疫病を指す。炒った豆は破邪のアイテムであると同時に、鬼に対する供物でもあった。供物を与え、棲処を示し、在るべき場所へ帰れと諭すのが本来の追儺だ。


「金を火でこくして木を迎える。まあ、そーゆ雰囲気でやりゃあ、良い春の気が入ってくる……と、思うしかねーんじゃねえの、陰陽師様?」


 粗塩と粗挽き胡椒で味付けされた、ブランド豚の脂が口の中で溶ける。うう、と美味さとまだ引きずっている情けなさにうめきながら、美郷は渋々うなずいた。


 大豆は陰陽道で金を象徴する作物であり、もっごんすいのうち金は、春の気である木気をこくする――打ち消してしまう気だ。この金気を、金を剋す気である火気で殺し、木気を迎え入れる為の儀礼、「炒った」大豆を撒く風習はそこから来ているとも言われていた。


「要は捉え方ひとつ、か。どっちにしろ、この手の儀式を今更再定義すると胡散臭いのは仕方ないし、とりあえずプラスっぽい感じに仕立て上げるのは良いかもね」


 よし、それで提案してみるか。スピリチュアルが大好きな奥様がたの食いつきそうな、お洒落な行事に仕立て上げられれば商工観光も喜ぶかもしれない。と、美郷はうんうんうなずいた。


「けど良いなあ、方相氏。カッケーじゃん」


「お前がやってみたいんなら、日当で雇えるか聞いてみるけど……修験者が方相氏はアリなの?」


 怜路は修験道系の拝み屋、いわゆる「山伏」である。宗旨違いのコスプレをご所望の大家が「マジで?」と喜ぶのを視界の隅に、美郷は豚バラ堪能に専念することにした。






 結局、節分祭当日は「陰陽師」らしく白い狩衣を着ることになった美郷が、サマになり過ぎて予想外の騒ぎを起こすが――これはまた、別のお話である。



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本気出す方向を間違えて蘊蓄ものになりました(笑)

2月3日 第49回 二代目フリーワンライ企画より

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