うせものさがし2

使用お題

 ブラックリスト入り

 全力疾走

 一つ足りない

 観覧車

ジャンル

 巴市日常番外



『うせものさがし2』




 狩野怜路は個人営業の拝み屋である。


 個人営業ということは、売り込み経理その他諸々、全て一人でこなさなければならない。報酬の交渉や支払いの確認も自分で行う。職業柄、成果が見えづらいこともあるし、不誠実な依頼人に当たれば大変面倒くさい。


「……やられたぜクソが。野郎はブラックリスト入りだ。二度と依頼は受けねェし、拝み屋板で晒してやる」


 スマホを割れんばかりに握り締め、怜路は地を這うような呪詛を吐いた。依頼主に逃げられたのである。基本的に四割程度前金を取るため丸損とまでは行かないが、警察も絡んできそうな厄介な事件の後始末をさせられた挙げ句に逃げられた。本当は藁人形に五寸釘の二、三本でもぶち込みたいところだが、修験者のプライドとしてそこはぐっと我慢する。


 我慢する、のだが。


「クソっ! 見つかんねェ!!」


 苛立ちMAXで吼えた怜路に、休日の下宿人がのっそりと茶の間に顔を出した。


「何騒いでるんだ、うるさいよ、お前」


 休みの朝にも関わらず長い髪を丁寧に括り、きっちり綿シャツを着た貧乏公務員が、面倒くさそうな声で問いかけてくる。


「法具が一つ足んねぇんだよ。あの野郎くすねて行きやがったのか!?」


 八つ当たり気味に辺りのゴミや着替えをひっくり返す怜路に「相変わらず汚い部屋だね」などとこぼしながら、人形のようにつるりと整った顔立ちの下宿人が入ってきた。ここは怜路が居室兼寝室にしている、いわゆるねぐらだ。


「お前の布団の下に潜ってるとかじゃなくて? そんなヤバい依頼主だったのか、こないだの」


 言いながら、下宿人が足元に転がる通販の空箱を掴んだ。下宿人の名は宮澤美郷、女名に中性的な美貌、長い黒髪が特徴の公務員陰陽師様だ。なお、今月も家賃は滞納中である。一体何に使い込んでそんなに貧乏かと一度問うて、奨学金と車のローンでほとんど消えると言われて以降、あまり強気の取り立てができずにいる。


「ヤバいっつーか、クズ野郎だったんだよなァ……」


「珍しいね、お前が相手を見誤るなんて」


「あー、依頼人がロクデナシなのはまあ、最初っから分かってたんだけどよ」


 どちらかと言えば「案件」――依頼人に祟っている方を何とかしてやりたくて受けたのだ。


 怜路の顔をちらりと見やった美郷が、ふうん、と物言いたげに目を細めて、部屋の大捜索に乗り出した。勝手知ったる様子で部屋中に投げ散らかされた(先ほど怜路が捜索のためにひっくり返して、普段よりも更に滅茶苦茶に散らかった)衣類や雑誌、空き缶空きペットなどを片づけていく。


「ところでオメー、今日予定とか大丈夫なんか」


「なんで?」


「外出る支度してたワケじゃねーのよな、その格好」


 この男にルームウェアという概念はないらしく、和装の寝巻姿か仕事着か、あるいは普段着でも外出可能なきっちりした姿しか見たことがない。基本的に寝る服と家の中で過ごす服は同じだぼだぼスウェットな怜路とは真逆である。朝起きたらすぐに他人様に見せられる姿に着替える癖がついているのだろう。お育ちが良いのだ。


「まあ、昼から多少買い出しに出ようかとは思ってるけど。それよりこの雑誌、もう先月のだけどまだいるの?」


 いつも枕元に積んである週刊漫画誌を抱えて美郷が訊いてくる。どうやら今週水曜日が古紙回収日らしい。読み返したいから置いておけと返して、怜路は渋々自分でも足下に転がる空きペットを回収し始めた。


「基本的に仕事道具はこの部屋には持って入らねえんだよ。アッチの部屋で手入れするか、車ン中だからな。特別なコトした覚えもねーし」


「パーカーのポケットに入れてそのまんまとかじゃなくて?」


 言いながら、美郷が辺りに投げ散らかされている上着のポケットを探っていく。


「呼んだら返事すりゃあいいのになあ」


 そんな願望に「お年寄りかよ」と笑った美郷が名案を思い付いた顔で言った。


「そうだ。スマホで探せるタグ売ってるじゃん、アレとか」


 法具に電子タグ。間抜けすぎる。あははは、と無責任に笑いながら、他人事の下宿人が辺りを探索する。しかし、部屋が埃ひとつ見当たらないくらい綺麗さっぱり片づいても、目的の物は発見できなかった。


「うーん、ないねえ」


「とりあえず飯にしよーぜ」


 気づけば昼を回っていた。インスタントよりも多少マシなラーメンを二杯作って、一杯を貧乏下宿人に馳走してやる。山盛りのネギと味付け煮玉子に満足している安い陰陽師殿に、怜路は最終手段を頼むことにした。


「なあ美郷ォ。お前の術で何か探せねえ?」


 んー、と美貌の眉間にしわが寄る。


「それこそ目印が付いてるワケじゃないし……まあ、試してみるだけはいいけど期待はしないでよ?」


 自称「天狗」の養父に連れられ、ほぼ実戦で呪術を叩き込まれた怜路は経験だけは豊富だが、知識の深さや術の範囲では、大きな一門で育てられた美郷に及ばない。美郷はあまり占術を好まないが、失せ物探し程度ならば以前にもやってくれたことがある。


 昼を終わらせ、簡単に身を清めた美郷が、茶の間とは別室に広げた怜路の商売道具一式を前に端座する。占具は簡単に、怜路の財布にあった十円玉を三枚だ。これを六回畳の上に投げて三枚の表裏をメモし、卦を読む。いわゆる八卦占いだ。


「方角は南東、高くも低くもなる場所。円形? なんだろう……人の多いにぎやかな平地を見下ろしている。うーん……観覧車とか、乗った?」


 ぐっと閉じた目元に力を入れて、美郷が脳裏に浮かぶイメージを読んでいく。


「観覧車! 乗ったわ!」


 依頼人に害を為していた、だが依頼人に死に追いやられた、むしろ「被害者」と言える女性の念を始末しに行った場所だ。死んだ人間の魂は、そう簡単に地上に残ったりはしない。だが、とんでもない恨みを残せばその残滓が、空間や近くの物体に焼き付いてしまうことはある。今回死した女性の怨念は、彼女の飼っていた小鳥に憑いて依頼人の男を追っていた。


 そして観覧車は女性にとって、重要な思い出の場所だったのだ。


「よし、福山だな。今から行くぞ!」


 言って立ち上がると、ええ、と美郷が時間を確認する。


「遊園地だろ? 間に合うか?」


 巴から福山までは最低でも三時間はかかる。現在、十三時を回ったところだ。閉園はおそらく十七時、諸々の時間を含めればぎりぎりだろう。


「間に合わせるんだよ。全力疾走だ! 行くぞ美郷ォ!」


「ええ、なんでおれまで!」


「家賃負けてやるからつき合え!」


 なんやかんや、こうして美郷の家賃が有耶無耶になる回数はどんどん増えている気がする。まあ、もとよりほぼ怜路の小遣い程度の、気持ちだけの家賃だ。法具を買い直したり、専門の術者に探してもらうよりは安く付いたはずだ。


 そうなずいて、怜路はまず着替えるためにねぐらの茶の間へ引き返した。





二代目ワンライ参加作。

何か前にも似たようなコトやったねお前たち? と、書いた後で気付いてこの題名ですw

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