兄と弟(三)


 腹部のむず痒い不快感に、このみは目を覚ました。隣では幼い息子が、その向こうでは夫が眠っている。今夜もまただ、とひとつ溜息を吐き、このみは晴人が起きないよう静かに布団を抜け出した。


(皮膚科の薬、効かないな……)


 まずトイレに行き、脱衣場に滑り込んで寝間着と肌着をまくり上げる。みぞおちの辺りに、赤く帯状に湿疹が浮いていた。脱衣籠の小物入れから皮膚科の薬を取り出し、湿疹の上に塗り込んでゆく。医者はストレスと乾燥刺激から来る湿疹だろう、保湿ケアをしろと言った。受診してからそろそろ二週間、薬はなくなりかけているが、症状の改善は見られない。


(酷くなってる気がする)


 湿疹の範囲は広がり、ひとつひとつの斑が大きく、赤黒くなっているように感じる。


 ぶるり、とこのみは身震いし、手早く衣類を整えた。十二月の夜だ。ボンヤリしていては風邪をひく。


 明かりを落とされたリビングに、小さなツリーが飾られている。去年、晴人にねだられて買ったクリスマスツリーだ。今年も無事、一緒に出して飾りつけができた。当たり前の日常が戻ってきたことに、心底安堵する。


 長い髪の市役所職員が来たその日から、晴人の放浪癖はぴたりと止まった。分からないことだらけのまま始まり、理解しきれない間に終わった事件だった。しかし、市役所の人間が「もう大丈夫」と言ってくれて、実際それ以降問題は起きていない。残ったのは、諸々のストレスでガタついたこのみの身体だけだ。


(もう、三十半ばだもんな……万全の時がどんなだったか思い出せないや。これが老化か……なんてね)


 最近は夕方になるとやたらと体が怠い。毎日のように微熱が出て、夕飯の準備が進まないことも多い。夫は心配してくれるし、家事や晴人の相手も積極的にしてくれるが、如何せん毎日八時間勤務に片道一時間の通勤だ。都合十時間以上、どうやったところで家にはいない。


(パート、辞めようかな……でもなあ……)


 悩みは尽きない。それでも、最大の危機は去った。体を温めて、ゆっくり回復していこう。ひとつ欠伸をして、このみは寝床に戻って行った。


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