隠れんぼ(二)


 ナルカミコンサルタントからの依頼を知った翌日の午後。怜路は早速、若竹という男と対面していた。


 仕立ての良いダークスーツに黒縁眼鏡の、いかにもお堅そうな男が怜路の向かいに座る。場所は巴市内の、安価が取り柄のファミレスだ。黒髪をきっちり撫でつけた三十歳代の男と、黄色い頭のチンピラが対面している様子は異様を越えて滑稽だろう。


「このたびはご依頼ドーモ。と、言いたいところだが、おたくみてェな超大手がチンケな拝み屋に何の用だい? しかも俺ァべつに、人探しなんざ得意分野にしてねぇんだがな」


 開口一番の喧嘩腰で、怜路はニヤリと凄んで見せた。煙草を銜えてゴトリと灰皿を鳴らす。横柄にボックス席のソファに沈む怜路を、黒縁眼鏡越しの無感情な視線が見下ろした。


「狩野殿のご噂は鳴神一門にも届いております。緊急の事態ゆえ、近隣でご同業を名乗られている方には情報提供をお願いして回っているところで」


 堅苦しく、取り澄ました声が返す。態度や口調まで総合すれば要するに「術者としての実力に関わらず、手当たり次第に声を掛けているだけだ」という意味だ。端から歓迎してやる気はなかったが、元々悪い怜路の「鳴神家」に対する心証が更にガタ落ちしていく。


「そりゃそりゃ、ご苦労なこって」


 言って、煙草に遠慮なく火を点けた。一服、肺腑の奥まで吸い込んで気持ちを落ち着ける。


 この若竹という男は、美郷の知る当時のままならば「次期当主のお目付け役」だという。つまり、この男が人探しをしているとすれば、行方知れずになった人物は美郷の弟、鳴神克樹ということだ。


 怜路の吹き出す煙に眉ひとつ動かさず、「今回お願いする内容については他言無用です」とどこか高圧的に若竹が言う。テメェらでばら撒いといて抜かしやがる、と咬み付くのも馬鹿馬鹿しく、怜路は顎をしゃくって先を促した。


 ここから二、三キロ離れた市役所本庁では多分、全く仕事の手に付かない美郷がソワソワ悶々している。昨日、怜路からのメッセージで事態を察した美郷の取り乱しようは、それはそれは酷かったのだ。帰宅してからは延々、鳴神克樹の不遇さと周囲の大人連中の至らなさについて聞かされた。今まで「結局自分が捨てて来てしまった」という負い目から口に出来なかった不満や心配が、一気に爆発大噴出した風情である。


 曰く、両親が多忙にかまけて無関心。教育係が四角四面の悪い方向へ固い人物で、ちっとも克樹の心情を汲まない。そもそも家自体が、克樹を「一個人」として尊重しないし適性やら志向やらを知らない等々。お前それ、大概自分もかなりの被害を受けたよな? と言いたいのを目いっぱい我慢して、怜路は一晩愚痴に付き合ったのだ。お陰様で、現在の怜路に「鳴神一門の人間」は極悪非道の人非人に見える。


「――この方を、最近一週間で見かけておられますか。背丈は百六十センチ後半、ブレザー型の学生服の可能性が高い」


 差し出された写真を一瞥する。緩くウェーブのかかった天然茶髪に、ぱっちりと大きく眦のきつい目が印象的な美少年だ。己の造作は父親譲りで地味、と言う下宿人が、「自分と違って目鼻立ちのくっきりした正統派美少年」と言い張っていたことには納得した。というか今回思い知ったが、あの貧乏下宿人はかなり重度のブラコン患者だ。


「いいや、知らねえな」


 話は散々聞かされたが。


「つーか、ソイツは一体どこのどいつで、オタクはなんで警察じゃなくて俺みてーなのに声かけて回ってる? 情報が欲しいならまず説明すんのが道理じゃねェの?」


 オーダーを入れたセルフサービスドリンクを取りに行くこともせず、煙草片手にどっかり肘を突く怜路と、直立不動の若竹が睨み合う。流石にムッとした表情の若竹に、怜路は片頬を引き上げて見せた。田舎に越してきて二年、だいぶ毒気を抜かれた気がするが、本来怜路は裏社会の人間だ。


「この方は、鳴神克樹様――我々鳴神一門の、次期当主でいらっしゃいます」


「跡継ぎ失踪たァ、大スキャンダルだな」


 短くなった煙草を灰皿で押し潰し、けっけ、と怜路は笑う。それを綺麗に黙殺して、若竹は続けた。


「克樹様は、単に家出をされた――警察捜査の手の届く範囲におられない可能性がある。縄目なまめを使って移動されたのであれば、近隣の『繋がり易い場所』を重点的に探したい。この辺りの霊場には詳しいのだろう?」


「ンなもん、なんで市役所に聞かなかった。連中ほど情報持ってる奴等はいねーぞ」


 いよいよ化けの皮が剥がれてきたらしい高圧的な口調に、怜路は鼻を鳴らして二本目の煙草を出した。


「まさか天下の鳴神一門が、田舎の市役所ひとつ相手にコソコソするほどチンケな奴等だとはねェ……。それともアレかい、コソコソしてんのはアンタ個人かい?」


「君に教える義務などない話だ」


「そうも行かねぇさ、依頼主がハッキリしなけりゃ受けられねェからな。あと俺は、見積書も契約書も請求書も受領書も作るぜ?」


 書面に残されて困る話ならば帰れ、とはさすがに、下宿人のためにも言えないが。こう見せかけて怜路はクリーンな営業をしているのだ。何を以ってクリーンと言うかは微妙だが、少なくとも税務署に叱られる心配はないし、なにか話が拗れた時には裁判所で勝てるよう常に気を付けている。


 出自や経歴があやふやだからといって、現状まで不必要にあやふやにすることもない。むしろ後ろ盾がないからこそ、こういう準備が身を助ける。


 契約内容は結局日本語力だ。幸いと言うべきか、今の世の中「呪術」はそれ自体が犯罪にはならない。怜路は義務教育すら満足に受けていないが、入れ知恵をしてくれる大人に不自由しなかった。


 あからさまに「こんなチンピラが」と顔に書いて、若竹が沈黙する。ケッ、とひとつ嗤って怜路は続けた。


「始めっから素直に、この辺り一帯で一番腕利きの個人業者を選んだつっとけよ。なんでこの地域を選んだ? まさかダーツ投げて決めたワケじゃねーんだろ。俺ァ責任と契約がハッキリしねぇ仕事が嫌いなだけで、内容を選ぶとは言ってねェ。覚書がありゃあソイツは守る。この仕事は信用だからな」


 好きでチンピラな恰好をしているが、初対面の相手に「どうせ漢字も読めない人種だろう」と決めてかかられることも多い。漢字が読めずに経が読めるか馬鹿野郎と言いたいところだが、どうせそんな相手は大抵、祝詞も経も真言も区別はつかない。


「――内々ではあるが、鳴神家からの依頼だ。報酬は約束する。範囲はそれなりの根拠を持って絞っているが、近隣一帯を捜索しているのは事実だ」


 広島県内は、巴市以外にも怪異対策の部署を持つ自治体があるという。鳴神家が彼らのような組織を避けて、個人業者に声を掛けるのは体面、メンツというやつだろう。


「ったく、おエライさんは面倒臭ェな。いいぜ、話は受ける。だが最初に言った通り、俺ァ人探し専門じゃねーし、巴に来てまだ二年弱だ。その辺は加味しといてくれ」


 ようやく話を聞く姿勢を取って、怜路は頷いて見せた。まあ、話も聞かず追い返す気など端からなかったのだが、相手に舐められていては上手く話が進まない。では、と口を開きかけた若竹を軽く制して、怜路はおもむろに席を立った。


「その前に、飲物取って来るわ。アンタも何かいるかい?」


 いや、と不機嫌に首を振る若竹を置いて、ドリンクサーバのコーナーへと向かう。甘ったるい炭酸ジュースをなみなみ注いだコップにストローを突っ込んで、怜路は気合を入れ直した。



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