隠れんぼ(一)


 4.



 ――まーだだよ。


 幼く、懐かしい声が聞こえて、克樹は立ち止まった。


 あれは遠い日に一度だけ聞いた、鬼から隠れる兄の声。探し出して捕まえなければ、鬼はずっと克樹のままだ。


 魔のモノの道は途切れて現世に繋がる。朧だった足元が、確かな枯葉の感触を返した。


「もういいかーい」


 童女の声が、別の方向から響く。


 ――まーだだよー。


 再び、幼い少年の声が届いた。


 声の方へ、克樹は足を向ける。既に辺りは、物の輪郭が曖昧になるほど暗い。光による視覚ではなく、辺りの気配を読んで克樹は歩を進めた。


 ほわり、と小さく白く灯る気配。懐かしい声を繰り返すそれに、克樹は目を凝らした。


 小さな小さな、白い紙縒りで出来た人形が宙に浮いている。


 腹に紙帯を巻いたソレは、童女の呼びかけに答え続けていた。


 もういいかい。


 まーだだよ。


 呪術だ。あれは、鳴神の秘術だ。兄の式神に間違いない。ふらり、ふらりと山中を漂いながら童女の相手をしている式神に、克樹は吸い寄せられる。気持ちが急ぐあまり、足元がおろそかになった。


「うわっ!」


 ガサリと派手な音を立てて、倒木に躓いた克樹は尻もちをつく。せめても、滑落するような斜面でなかったのが幸いだ。


「だいじょうぶ?」


 間近で聞こえた問いかけに、思わず答えた。


「ああ、だいじょう――」


 しまった。そう顔を上げた先に、粗末な身なりの少女が立っていた。









 その夜から、一体何日山で過ごしているのか。克樹にもわからないでいる。


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