鳴神美郷(二)


 一時間に一本もないバスに乗った。


 財布の中身は数千円とクレジットカードが一枚。普段、学校の自販機と売店以外で、克樹が現金を使う機会などない。


 路線バスに乗るのも、これが人生で二回目だ。一度目の記憶が強烈で、乗り方はきちんと覚えていた。あの時は、兄が手を引いてくれたのだ。


 流星群を見に。そう言って、子供だけで鳴神を抜け出したあの日と同じバスに乗る。最終便が午後七時頃には出てしまうような路線だ。流星群を見た後、子供二人で帰る手段など残されてはいない。当時中学生の兄はそれも分かっていたはずなのに、克樹の駄々を聞いて出雲市街地行きのバスに乗せてくれた。


 当然、鳴神は大騒ぎになり、兄も克樹も盛大に叱られた。克樹が、鳴神の次期当主が消えたとなればお家の一大事だ。


 終点のひとつ前でバスを降りる。手ごろな山があるのは知っていた。


 山に入り、気の流れを探る。冬至まで半月ほどの時分、分け入る山は天気もあってか既に薄暗い。


 探すのは気がたぐまり、場の歪んでいるところだ。歪みが大きければ大きいほど良い。出雲大社に近いこの辺りは渦巻く気が大きい分、人の手で整理されていない歪みも多い。


 具合の良さそうな場所を見つけて、まず携帯の電源を切る。再びポストカードを取り出し、自筆された名をなぞった。


 まじないは、人に見られてはならない。魔の力は「観測」と「記録」を嫌う。ゆえに、位置情報を記録する携帯電話は相性が悪い。


 目を伏せて、深くゆっくり息を吸う。


 兄のところへ。魔のモノの作る縄目の筋を辿って。


(兄上。もう私は、あなたを呼んで泣くだけの子供ではありません。必ず……辿り着いてみせる)


 克樹が「鬼」の隠れんぼを、終わらせるのだ。

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