亡霊屋敷(前)【怜路過去1】



 狩野怜路は個人営業の事業主である。

 ただし、探偵でも骨董屋でもなければ、殺し屋でもない。




 ただの「拝み屋」である。



  ***



「オン キリキリ バザラ ウン ハッタ!」

 印を組んで結界し、部屋と外界を切り分ける。古くさい和室一間のアパートには、一畳ほどの押入れが付いていた。黒い枠に茶色く焼けた襖紙の、半端に開いたその襖の奥から、どろりと何かが流れ出している。

 タールのような粘液は、同じく焼けてささくれた畳の上を這って部屋に広がっていく。同時に、怜路に悪臭が押し寄せた。

 哺乳類の、臓腑が腐った臭いだ。

 水中動物のそれとは一味違う腐敗臭。理性や表面的な感情よりも、もっと奥を抉る嫌悪感は、正しく生存のために鳴らされる警鐘である。

「臨兵闘者皆陣烈在前――」

 人差し指と中指と立てた刀印を抜き、五横四縦の九字を切る。腐臭を放つタールが消し飛ばされ、結界の中が清められた。しかし、タールの発生源であった押入れの中に、強烈な邪気が残っている。右手の刀印を結んだまま、土足の怜路は押入れの前に立った。色の薄く入ったサングラスを外し、静かに襖に左手を掛ける。ハイカットのバスケットシューズが、ざり、と畳に土を擦り付けた。

 勢いよく襖を引いた。薄暗い押入れの上段奥に、より一層の闇がたぐまっている。ぶわりと音を立てる勢いで、闇が怜路に触手を伸ばした。刀印でそれを切り払う。

 日本にあっては異彩を放つ、緑銀の双眸がきらりと光った。にやりと怜路は口の端を上げる。

「ナウマク サンマンダボダナン インダラヤ ソワカ」

 パーカーのポケットから独鈷杵を取り出し、闇の奥めがけて打ち込んだ。

 紫電の光が迸り、闇が全て灼き払われる。その奥にあったのは、布に包まれた一メートルほどの棒だ。躊躇なく怜路はそれを掴む。カチャカチャと金属が小刻みに暴れる音が、布の奥からし始めた。鍔鳴りだ。

 同時に、男とも女ともつかぬ金切り声が怜路の握る棒――日本刀から響く。眼前に陽炎が立ち昇り、人の形をとって怜路に襲いかかった。

「――砕」

 日本刀の両端を掴み、鋭く膝を上げる。めきっ、と鈍い音をたてて、日本刀が真っ二つにへし折れた。声ならぬ断末魔が響く。

「おし、完了」

 布に包まったまま、くの字に折れた日本刀をぽいと床に放って怜路はサングラスを掛けなおす。金色になるまで脱色した髪を手櫛で整えると、耳元でシルバーピアスが揺れた。押入れの奥から独鈷杵を拾い、パーカーのポケットに再び突っ込む。

 あの日本刀の所有者は怜路ではない。どんな謂れの、どんな値打ちの刀かも知らない。ついでに言えば、何の事情であんなものが憑いたのかも興味はない。

 なぜなら怜路は、探偵でも骨董屋でもなければ、殺し屋でもない。

 ただの「拝み屋」だからだ。



  ***



「おお、怜ちゃんお疲れお疲れ」

 みみっちい駅前通りに建つ、三階程度の小さなビル。その一階にある不動産屋のガラスドアを怜路は押し開けた。奥のデスクに座っていた、頭頂の寂しい男が気安く手を振る。

「うぃっす」と軽く手を挙げ、怜路は勝手知ったる様子でカウンター端の椅子に陣取った。奥から出てきた男が、改めて怜路をねぎらう。

「さすが怜ちゃんは仕事が早ァのぉ」

「どーも。元凶だったモンは部屋に置いて来ちまったぜ。何か怨念吸った日本刀だったが……へし折っちまったから値打ちはもうねーだろうけど」

 椅子の背もたれに片肘を置き、大股を開いた横柄な姿勢で怜路は不動産屋の男に答えた。ツンツンとワックスで立てた金髪に、薄く色の入ったサングラス。大きくロゴの入ったスウェットパーカーと腰穿きのカーゴパンツといういで立ちで、二十代前半の男が偉そうにしている様は、傍からはヤクザの下っ端が絡みに来ているようにしか見えないだろう。

「あー、やっぱりアレじゃったんか……高いエエ刀じゃゆうて聞いとったんじゃがのぉ」

「あんだけデロデロに汚れてりゃ高いも安いもねーよ。部屋の方にもだいぶ穢れが付いちまってたし、畳と襖くらいは換えた方がいいぜ。あとはクリーニングして、神主にでも来てもらってくれ」

 拝み屋・狩野怜路が今回請け負ったのは、数年前事故物件となって以来、トラブル続きで住人の居付かないアパートの処理だ。原因となっていたのは、事故物件となった部屋――つまり、数年前に人死が出た部屋の押し入れにあった、古い日本刀だった。

 お値段格安、風呂トイレが各部屋に付いていることに驚くレベルの「ザ・安アパート」に高額な日本刀がある時点で、それまでのなり行きに面倒事があったのは察しがつく。だが、祓いをするのに必要な情報さえ揃えば、怜路は詳細に興味などない。

「おお、分かった。じゃけど怜ちゃん、あそこは近くに神社が無うて、頼める神主さんがおらんのんよ。怜ちゃんに後も頼めんかのぉ。追加料金は払うけぇ」

「あー、わりぃけど俺ァそういうの向かねーから。他所の神社でもいいから誰か頼んでくれ」

 追加の依頼をあっさりと断り、怜路はカーゴパンツの尻ポケットから長財布を引き抜いた。ベルトループに繋げてあるウォレットチェーンがじゃらりと鳴る。財布から取り出したのは、雑に折りたたまれたA4版の複写紙だ。開いたそれを不動産屋の男に向ける。

「つわけで、仕事完了。サインと印鑑くれ」

 こんなナリだが、狩野怜路は意外ときっちり書類を作る。見積書、契約書、完了報告書兼請求書、領収書だ。一瞬食い下がろうとした男が、怜路の顔を見て諦めの溜息を吐いた。渋々といった様子で書類を受け取る。

「……しょうがないのぉ。ほいじゃあ、別の案件頼もうか」

 事故物件処理に怜路を重宝している男はそう言ってサインをし、社印を捺した。

「げっ、マジかよ。稼がせてくれるじゃねーの」

 嫌そうに口元を歪めながら、怜路は返された二枚一組の複写紙を受け取る。書面チェックをして、複写紙の一方を男――不動産会社の社長に渡した。

「おかげさんで、この手の物件がよう回って来るようになったわ。よろしゅう頼むで」

 ニヤリと笑って、社長が怜路の腕を気安く叩く。それに怜路は「あー」と不満の声を漏らし、再び雑に折った書類を財布に戻して座りなおした。この不動産屋は怜路にとって、貴重なお得意様だ。

 火を点けられないのは分かっているが、怜路は煙草を一本取り出して玩ぶ。周囲の社員たちは、この数か月ですっかり見慣れた珍客を空気のように扱っていた。

 ここは広島県巴市。人口六万弱の自称・県北の中心都市という、長閑な田舎町だ。東京から越してきて半年弱、怜路は数少ない「本物」としてここの社長に贔屓にされていた。

「ワイナリーやら美術館やらある方の奥に、市が大きなホテルグループを誘致して、宿泊観光施設を作るんらしいんじゃが。どーーしても買い上げられん土地があるらしゅうてな。はあ四、五十年前には家のもんは居らんようなって、とうに家も崩された後なんじゃが……」

 その家の最後の住人が死亡した際に土地の相続手続きが行われておらず、買収が出来ないのだという。それだけならばよくある話だ。二束三文のド田舎の土地など相続権争いも大して起きないため、不動産登記の書き換えを忘れてそのまま時間が経つことは多いらしい。ここまでは怜路の仕事ではない。問題は、理由だった。

「土地の相続権いうんは、その土地をもらうはずだった相続人が死んだら、その嫁さんやら子供やらに引き継がれるんじゃが……とにかく、相続権を持った人間が消えるんじゃ」

「……消える?」

 背もたれに深く身を沈め、煙草を片手に玩びながら聞いていた怜路は片眉を上げる。

「そう、端から蒸発するんよ。前の相続人が消えると、次の相続人の様子がおかしゅうなってな。数年のうちにゃあ消えてしまう。その繰り返しよ」

「へぇ……相続権追いかける怨霊たァ、随分とインテリだな」

 軽く肩をすくめて、怜路は口の端を上げた。

「そうよのォ。まあその辺りは怜ちゃんに任すが、今相続権を持っとる人間は九州に住んどってな。電話もしてみたんじゃが、『あの土地は売られん、あの土地に手をつけたら死ぬ』いうてな。祟るいう話じゃったけぇ、怜ちゃんのことを紹介させて貰うた。業者のモンも、買い上げの済んどる土地を確認しに何回かあのほうを歩いとるらしいが、どうも暗うなるとなんぞ見えるらしゅうてな」

 言って、社長が印刷された地図と資料をカウンターに置く。

「相続人も怜ちゃんに会いたい言うてくれたけぇ、この番号に連絡を入れてくれ。よろしゅうな」

 女性の名が入った名刺を渡され、怜路は呆れの溜息を吐く。

「俺に言う前に話決めんじゃねーよ」

「エエじゃあなァか、どうせ他に仕事は無ァんじゃろう?」

 豪快に笑う社長に、怜路は天井を仰いだ。


  ***



 狩野怜路は拝み屋である。探偵でもなければ建築士や骨董屋でもない。他人様の家の陰惨な過去に興味はないし、因縁を持つ屋敷や古物に思い入れもない。しかし拝み屋の仕事をしていると、頻繁にこういったものに遭遇する。

「今日はわざわざどうも。こんな場所で悪ィな、行きつけの小洒落た喫茶店なんてないもんでね」

 ファミレスのソファにどっかと座り、ひらりと右手を振って怜路は待ち合わせ相手を迎えた。

「どうも……初めまして」

 三十代らしき女性がぺこりと頭を下げる。この女性が、現在くだんの土地の相続権を持っている人物だ。紺のカットソーにベージュのロングカーディガンを羽織り、一つにまとめた髪をビジューのヘアクリップで留めている。なにか悪いものを背負っているようには見えない。

「博多からの新幹線代は出すぜ。あとは市内でなんか、美味いもん食って帰ってくれ。そう時間はとらせねぇから」

 言いながら、怜路は正面のソファを勧めた。場所は巴市ではなく、広島駅近くのファミレスである。福岡在住の彼女にわざわざ来てもらうには、巴市は奥まった場所にあるため怜路が広島まで出迎えたのだ。

「いえ、私がお伺いしたかったんですから。新幹線代は受け取れません」

 きっぱりとした口調で断る女性は、若干緊張気味に顔をこわばらせている。元々は怜路が福岡まで行く予定だったが、女性がこちらに来ると申し出たのだ。そうかい、と軽く流して、怜路は「とりあえずドリンクバーでいいかい?」と呼び鈴ボタンを押す。

「まあ、一通り話を聞かせてくれ。アンタが知ってるだけの範囲でいい。……と、そうだ。改めてだが、俺は狩野怜路。まあいわゆる拝み屋ってやつだ。アンタが相続権を持ってる巴市の土地について、買い取りたいつってる不動産屋から依頼を受けた」

 そういえば、と財布から名刺を取り出す。大した肩書きなどないため、名前と連絡先のみの簡素なものだ。

「――あの土地は、絶対に売ってはいけないんです」

 多少の世間話の後、ぽつりと女性――今田利香が呟いた。

「へえ、そいつは何でだい」

「家の『主』が、まだあそこに残っているからです」

「『主』っつーのは、最後にあの家に住んでた女のことか」

 くだんの土地には、既に存在しないはずの屋敷があるという。屋敷の最後の住人は、その家に嫁いできた女だった。

 不動産屋から聞いていた事情を一通り話す怜路に、利香がひとつひとつ頷く。さすがに地元の付き合いが長い業者だけあって、あの社長は因縁の古い込み入った事情にも詳しい。

 夫に早逝され、確執のあった舅姑のいびりに耐えた女は、舅姑の死と共に小姑ら親族を家から追い出した。女には子があったが、その子が就職、結婚したという話はなく、結局そのまま家の嫡流は潰えたという。

 現在、土地の相続権を持つ彼女は、あの家から追い出された人間の更に遠い縁者だ。最後まで家に残った女の死後、家の近親者から土地の相続権に随伴するように、不幸不運が親戚筋を追いかけていった。これまでの相続権者全員が、事故や災害も含め何らかの形で「失踪」しているのだ。

 そして、もはやこの土地を見たことがないような遠縁である利香の元へと相続権は流れて来たのである。

「相続権を手に入れた人間は必ず、同じ夢を見るんです。古い古い廃屋に、真夜中に一人で入る夢……」

 問題の土地にあった屋敷だろう。夜、夢を伝って女に呼び寄せられるのか。俯き加減で語る利香に、あえて怜路は訊いた。

「それで? アンタはもうその夢を見たのかい」

 思い出した光景に怯えるように、表情を曇らせた利香が頷く。

「見ました。どんな場所に、どう道順を辿って行くのか全部はっきり思い出せるんです。ネットで地図を見たら、ここだなって場所がちゃんとあって……」

「おいおいアンタ、まさか今回現地に行きたいってんじゃねえだろうな?」

 目の前ではなく、どこか全く別の場所を見ているような、虚ろな目で語り始めた利香を慌てて怜路は止めた。どうやら彼女は、くだんの「家」に引っ張られて広島まで来たのだ。このまま利香を帰せば、明日にでも彼女は次の失踪者になるだろう。

 はっ、と夢から覚めたように利香が硬直する。

「今時は航空地図やら現地の道路写真やらあるから知ってると思うが、その場所にはもう家はねぇよ。俺も先週行ってきたが、草ぼうぼうの荒れ地があるだけだ」

 利香に会う前に、怜路は現地を確認していた。奥まって侘しい場所ではあったが、巴には――もっと言えば、この辺りの過疎地域にはどこにでもあるような、ただの空地だ。訪れたのが昼間だったせいもあるだろう。特別なものは感じ取れなかった。

 諭す怜路に、しかし利香はどこか不服そうな顔をしている。

「俺がこの案件を引き受ける以上、俺の指示には従って貰うぜ。アンタは今日、明るい間に福岡に帰るんだ。俺は、アンタが乗った新幹線が発車するまで見届ける。いいか? 今から、もう例の夢を見ねェように悪夢払いの符と魂結び用の紐を用意する。残りの話は移動しながらだ。行くぞ」

 それなりの距離を来てもらっている。できるだけ日中に広島を離れてもらおうと思えば、時間的な猶予はない。

 霊符やら呪具やら作るのは得手ではない。一時しのぎにはなるが、早めに決着を付けなければいけないだろう。

 利香を急かしてレストランを出ながら、怜路は呪具の調達に回る順序の計算を始めた。



  ***



 怜路が暮らす家は、巴市街地から二十分ほど車で走った山奥にある。元は地域の庄屋屋敷だったという大きな家で、怜路一人が暮らすには広すぎるためほとんどの部屋を閉め切っていた。

 ほんの十数年間ほど空いていただけの家だ。水回りは整備され、囲炉裏はつぶされて茶の間にも天井板が張ってある。茶の間と、炊事場だった土間の一部を板張りの床に改装した台所、この二間だけで怜路は暮らしていた。母屋には他に複数の客間や納戸など多くの部屋があり、加えて離れに土蔵、納屋などが漆喰の土塀に囲まれている。

 元は囲炉裏のあった八畳ほどの茶の間、ちゃぶ台の横に伸べられた万年床に転がって、怜路は液晶画面を眺めながら煙草を銜えた。既に部屋の灯りは落とした状態のまま、布団の周りに散らかっているマンガ雑誌や空きペットボトルの間から灰皿を探し出す。

 寝煙草から出火すれば、あっというまに巨大キャンプファイヤー間違いなし。そんな古い木造住宅だ。怜路の周囲にはマンガの週刊誌が山積みなので焚き付けもバッチリである。しかしこの家に住み始めてそろそろ半年、この状況が続いているがいまだ出火していないので大丈夫だろうと、怜路は高をくくっていた。

 敷地の正面は枯山水、築山も配した庭があり、離れや土蔵に囲まれた中庭にも庭木が植えてある。背後は山に抱かれており、山水を引いた池が裏庭と中庭に設えられていた。

 あまりに広すぎる屋敷を、正直怜路は持て余している。気温が上がり、本格的に繁茂を始めた庭の雑草を全て一人で駆除するのも並大抵でなく、諦めモードの裏庭と中庭はひどい有様だ。この家もたいがい、化け屋敷と呼ばれて文句も言えない。

 ちらりとパソコンの時刻表示を見れば、とっくに日付が変わっている。宵っ張りなのでまだ眠たくはないが、ネットをうろつくのにも飽きて怜路はパソコンを閉じた。煙草を満員御礼の灰皿に押し込んで、枕元でぬるまったペットボトルのコーラを呷る。

 どんどん、どんどん、と裏庭に面した木戸を叩く音がした。

 怜路は黙殺して布団にもぐる。

 ごりごりごり、ごりごりごり。今度はひっかいているらしい。

 しばらく目を閉じて耐えた後、怜路は盛大に悪態をついて起きあがった。

「クッソうるせェな!」

 ゆるゆるのスウェット上下のまま、部屋の隅に立てかけてある身の丈ほどの錫杖を掴む。乱暴に磨り硝子の引き戸をあけて、怜路は裏庭に面した廊下の床板を鳴らした。さすがに暗いと点けた白熱灯の裸電球が揺れる。木枠のガラス戸に雨戸を被せた古い作りの戸板を、外から何者かがひっかいていた。

 錫杖を片手に、差し込みネジ式の鍵を開けた。

 錫杖とは、頭部の装飾に金属輪をいくつも通した僧侶の杖だ。チンピラななりをしているが、怜路も一応「修験者」という山岳仏教僧のはしくれである。扱う得物は全て「法具」と呼ばれるものだ。

 ガラス戸を動かす音に、騒いでいた気配が止まる。

 全くもって、五月蝿いし面倒くさい。

 ガラス戸を引いて、怜路は逆手に錫杖をかざした。じゃらりと金環を鳴らして、錫杖の頭部に象られた装飾の尖頭が光る。雨戸の引き手に指をかけ、唇を引き結んで一気に引いた。

『ばぁ~』

 巨大な顔が、戸板一枚分占領してべろべろと舌を出す。飛び出た目玉が別々の方向を見てせわしなく動いていた。毛むくじゃらの髭面と、尖る巨大な牙がおどろおどろしい。が、今更そんなモノにビビる稼業はしていない。

「っせェなムカつく顔しやがって」

 言って、怜路は顔の片目に錫杖を突き立てた。

『ぎゃあぁぁぁ!!!』

「騒ぐな! 来たらやられンのくらい分かってんだろーが!」

 わざとらしい悲鳴に、怒りを乗せて怜路は巨大顔の鼻っ面を蹴り飛ばした。吹き飛んだ顔が闇に消え、代わりにケタケタと楽しそうな笑い声が響く。相手は、山から下りて「遊びに」来た物の怪の類だ。

 日常茶飯事である。この屋敷は立地から、物の怪が集まりやすい。加えてしばらく空家で管理が行き届いていなかったため、陰の気が溜まり物の怪を呼び込みやすくなっていた。

 一応多少の魔除けはしてある。しかし、錫杖を振り回して目の前の相手をはり倒すのが基本スタイルの怜路は、持続力のある結界のような緻密で煩雑な術が得意ではない。

「ノウマク サンマンダ バザラダン カン!」

 ざっくりと裏庭を幻炎で焼き払って威嚇し、怜路は勢いよく戸を閉める。風呂の後なので多少寝ている金髪頭をひっかきまわし、大きく肩を落として怜路は部屋に引き返した。

 怜路がいくら宵っ張りでも、毎晩毎晩深夜に来客があると参って来る。

 持続効果の薄い符を、明日また貼り直すかと溜息を吐いた。

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