夏の計画はお早めに


二代目ワンライ参加作

【使用お題】

  夏の計画

  マーマレード

  充電が足りない

  初めて会ったときから


※巴市三年目の夏。ただの季節モノです。




 スタンッ! と勢いよく障子を開ける音が和室に響いた。


「よォ美郷ぉ! 夏の計画はもう決まったか!?」


 休日の朝。突然テンションMAXで自室に現れた大家に、布団の上で宮澤美郷は胡乱な声を返す。西向きで、池のある箱庭に面した和室六畳は、朝はたいへん涼しく心地良い。西日が差し込む頃には灼熱地獄になるのだから、朝くらいゆっくり休ませろと恨みの視線を大家に向けた。


「は……? なに、急に……。っていうか怜路、ウチの部署に『夏休み』があると思ってんの? 去年お前なに見てたの……?」


 対抗するわけでもないが、地の底を這うローテンションで美郷は逆に問うた。美郷が勤めるのは田舎の市役所の「怪異対策係」で、彼は言ってみれば「公職の陰陽師」だ。


 美郷が市役所に入って三年目の夏だ。乱れる長い髪をかきあげて、美郷はのろのろと身体を起こした。合わせの開いている寝巻の浴衣を多少ととのえ、布団の上に胡坐をかく。


 金髪グラサンにストリートファッションと、大変チンピラな恰好の大家、狩野怜路との付き合いも三年になる。美郷は怜路の所有・居住する古民家の離れに下宿しており、同年代・同業者の大家殿とは三年間、良い付き合いをしている。はずだ。


「あー? 去年? 去年はまあ雨降って色々バッタバッタしたけどよ、今年は天気も良いじゃねーの。何か計画立てようぜ!」


 一昨年もグッダグダだったんですがそれは。喉元まで出かかる言葉を飲み込んで、美郷は深々と溜息をついた。


「今年は今年で、こんどは旱魃の心配してるんだよこっちは。去年は止雨祈祷と水防結界、今年はひでりがみ退治と雨乞いだよ。そうじゃなくてもお盆まではバタバタだし」


 へぇーと素直に感心した様子の大家が憎たらしい。お前も仕事があるんじゃないのか、夏だぞ色々出るだろう。色々、肝試しに行って自爆する一般人も出るだろう。個人営業の「拝み屋」である怜路のもとには、そういった身近な案件が多く回ってくるはずだ。


「ンだよ景気悪ぃツラだな」


 おもしろくねー、とふてた顔をするチンピラ山伏に眉を引き攣らせつつ、美郷は大家を追い出しにかかる。


「土日はゆっくり寝ないと充電が足りないんだよ。特に夏……今年なんて暑すぎて干からびかけてるんだから察しろよ」


 しっしっ、と野良犬でも追い払うように手を振りながら美郷は言った。怜路の「何かしよう」は一日中海釣りだの、夏山登山だのとアクティブ&アウトドアなものが多い。今の状態で、この炎天下で付き合ったら美郷など三時間で枯死だ。


「お前……初めて会った時から知ってるだろおれの体質」


 ピッカピカの太陽と真っ白い砂浜などでなく、深山幽谷の清流に連れて行ってくれるというなら考える。しかし、川関係の水辺は今度は怜路が苦手とする場所のはずだ。彼は幼い頃、川の水難事故に遭っている。


「そりゃ知ってるよ。一年目から瀕死だったじゃねーか。だからマイナスイオン充電しに連れてってやろうっつってんだろ」


 俺はヤマメを釣るけどな。はっはっは、どうだ名案だろう感謝しろ、とふんぞり返る怜路に、一体どういう風の吹きまわしだろうと美郷は頭を掻いた。


「おまえ、そう言う場所平気なの?」


「渓流渡れずに山駆けやら滝行やらできると思ってんのかオメーは。幅の広い川はあんま好きじゃねーけどな」


 ふうん、と頷く美郷がその気になったと見て取ったのか、怜路が部屋に踏み込んで来る。布団を延べればほぼ一杯になるような、こぢんまりとした部屋だ。美郷のすぐそばを横切って、怜路が続く八畳の洋間に入って行った。向こうは水道を引いてシンクを据えてあるので、家電とテーブルを置いてキッチンダイニングとして使っている。


「何すんの」


 ずるずる這って洋間を覗き込めば、怜路は勝手に冷蔵庫を物色していた。


「お前、また最近自炊してねーのな。なんだよ冷蔵庫の中身スッカスカじゃねーか。げっ、このマーマレード賞味期限切れてんじゃん。何食って生きてんだテメーは」


「作ってないだけだよ他人の冷蔵庫を勝手に漁るな」


 いよいよ仕方ない、と美郷は気合を入れて立ち上がる。お次は冷凍庫に手を出した怜路が、朝食の食パンを勝手に出してトースターにかけていた。


「食う気か」


「食わせてやろうって話だよ」


 言いながら、期限の切れたマーマレードの蓋をあけて中の臭いを嗅いでいる。


「それ未開封」


「だな、うん……まだ食える」


「おれの食パンに塗る気なわけ?」


「喰えるモンは喰っとかねーと、勿体無いお化けが出るぜ?」


 一体なんなんだ。元々わりあい世話好きの大家なのだが、強引さに美郷は眉を顰める。


「おら、さっさと着替えて食え。したら出発だ」


「えっ、まさか」


「予定が未定なら、今日行っちまうのが早ェだろ。天気も良いぜ!」


 こうなると、絶対に止まらない。襟首引きずってでも連れていかれるのは経験済みだ。再び深く溜息を吐いて、美郷は着替えを漁り始めた。




(今年の暑さだと美郷は瀕死じゃないかなって)

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