三太夫九郎之丞(2017クリスマス)

巴市外伝。お約束の? クリスマスSS(遅刻)

突然の初登場キャラがおりますが、サラッと書いてある設定だけで読んで頂ければと。




1.


 彼の名は稲生いのう忠左衛門ただざえもん正令まさよし。幼名は平太郎と名付けられ、巴藩士の家に生まれた侍である。齢十六の夏に「魔王・山本太郎左衛門」と勝負をしてこれに勝ち、魔王の配下たるもののけどもを使役することと相成った。以降、もののけどもを従え妖異を斬ること数十年、稲生武太夫として天下に名をはせた者である。


 ――などという話も遥か昔となり、幕府がなくなり江戸も名を変えて、既に百年以上の時が経つという。


 訳あって、天命尽きた後も現世に留まり眠りに就いていた平太郎だが、この夏目覚めてついにその誓願を果たした。そして今、実に二百十数年ぶりの「年越し」を迎えんとしている。


「ところで、その『くりすます』というのは結局何だ?」


 渋面で腕組みをし、十六歳の姿を取った平太郎は口を尖らせる。


「キリスト教……あー、アンタの時代にゃ『切支丹』か? の祭りのひとつだよ」


 平太郎の前で、困ったように頭を掻いているのは狩野怜路かりのりょうじという名の山伏だ。山伏といって、平太郎の知っている山伏装束姿ではない。平成の世といわれるこの時代、人々の服装は平太郎の時代とは全く違うものになっていた。なんでも、徳川の治世が終わった頃より南蛮風のものが世を席巻し、服装も生活様式も百年をかけて様変わりしたそうだ。


「ふむ、ではこの祭りも南蛮渡来ということか」


「くりすます」に限らず、平太郎には発音し辛い異国の単語が今の世の中には溢れかえっている。何やかんやで、目覚めてから既に半年近く経つため身の回りの物は覚えたが、年中行事の類は当然聞き慣れない。


「まあ、そうかねェ」


 南蛮っつーほど原産国は南じゃねーしむしろ北だし、などとブツブツ呟く黄色い頭の山伏は、平太郎と違って「くりすます」に詳しいようだ。ならば、と平太郎はひとつ頷いた。


「狩野よ。お主は『くりすます』に詳しいようだな。では三太夫九郎之丞なる者の居場所も聞き及んではおらぬか」


 場所は巴市内の「ショッピングセンター」にある「フードコート」の片隅、平日昼間とあって人はまばらな中に、シャンシャンと軽い鈴の音を響かせながら異国の曲が流れている。


「…………誰だって?」


 白い「プラスチック」の円卓の対岸で、狩野怜路が派手に眉を下げた。




2.


 金髪頭のチンピラ山伏、狩野怜路に弟子ができた。


 弟子の名は稲尾日菜子いなおひなこ、生意気で活発なランドセル女子だ。普段は広島市の家に両親と暮らし、市内の学校に通っている彼女だが、長期休みは巴にある祖父母の家へ泊まり込み、怜路に師事している。


 目的は「もののけの制御」であり、彼女こそは平太郎の子孫にして、当代の「もののけ遣い」だった。神霊の一種、天狗の類と化した平太郎は、彼女を守護しながら二百年ぶりの現世を見聞している。


 ――師事しているといえば随分立派だが、怜路からすれば学童保育をしているだけだ。


「へえ、日菜子ちゃんはまだサンタさんを信じてるのかぁ」


 おっとりと感心の笑みを見せたのは、怜路の家に下宿する美貌の貧乏公務員、宮澤美郷みやざわみさとである。市役所勤めの彼は当然平日昼間は仕事中のため、怜路と顔を合わせたのは怜路が平太郎と別れた後だ。怜路がアルバイトをしている鉄板居酒屋に、飯だけ食べにしょっちゅう顔を出す迷惑な客だった。


「たしかもう日菜子ちゃんって小五だろ? もう結構みんな信じてない年頃かと思ったけど」


 焼きおにぎりを崩しながら「可愛いねぇ」と笑う下宿人の正面に、怜路は問答無用とウーロン茶のグラスを置いた。


「サービス?」


「ンなワケあるか! ドリンク頼め! 金を落とせ!!」


 居酒屋は酒を飲ませてナンボの店だ。「飲食代」のうち「飲」の料金が店を支えるのである。「食」だけ続けられては迷惑だ。


「不満ならコッチもあるぞオラ。クリスマス仕様のノンアルカクテルだ」


 言って、ラズベリーシロップとメロンソーダが見事な紅と緑の層を成す、見るからに甘ったるいノンアルコールカクテルを怜路は隣に追加する。甘いものが滅法苦手な美郷が蒼ざめるのを見て満足し、「さすがにコイツは冗談だ」とカクテルグラスを引き上げた。「苦行」として飲まれてはカクテルも気の毒というものである。


「……まあ、他のガキどもの違ってヒヨコにとっちゃ、『もののけ』が実在するモンだからなぁ。サンタを信じねェ理由もないっつーか」


 もののけや魔王が実在して、サンタが実在しない理由もない。そう言われれば、もののけの相手で飯を食っている怜路などは黙るしかない。残念ながら、海外のオカルト事情に明るいほどの国際派山伏でもないのだ。サンタクロースの実在について確認したこともない。


「うーん、言われてみれば確かにね。で、結局それで、なんだって平太郎さんがサンタクロースを探してるの?」


 昼間、平太郎は三太夫九郎之丞……もとい、サンタクロースの「居場所」を尋ねてきた。当然ながら、クリスマスを理解していない彼自身がサンタクロースに用事のあるはずもない。本当にサンタクロースの居場所を知りたがっているのは、日菜子の方だ。


 サンタクロースといえば、クリスマスプレゼント。所望するプレゼントがあるなら身近な家族に伝えるか、一筆手紙を書くのが一般的だ。なにも面会を求めて直訴する必要はないはずである。


「それがなぁ……ヒヨコのヤツ、欲しいプレゼントがあるとかじゃないらしくてな。なんか、話を聞いてるとどーも、異議申し立てっつーか、抗議っつーか」


「つまり、文句を言いに乗り込みたいって?」


 稲尾日菜子は、豪胆な娘である。彼女の周囲にもののけが現れたのはほんの半年前のことで、それまで彼女は、神仏悪鬼妖怪の類とは全く無縁の世界に生きていた。現れたもののけは日菜子の言うことを聞かず、騒ぎを起こしては周囲を驚かせ、彼女に迷惑をかけた。日菜子ともののけの関係は当初分からず、平太郎の存在も知られていなかったため、彼女は突然降って涌いた怪奇現象に、随分苦しめられたはずである。


 しかし日菜子は、もののけを恐れることをしなかった。怯え、忌み嫌って不思議のない状況だったにも関わらず「勝手をするのが迷惑だ」と憤慨しただけで、制御を覚えてからは上手く付き合っている様子だ。ピヨピヨピヨピヨと賑やかしい娘なので、「ヒナ」子をもじってヒヨコ、ヒヨコと呼んでいる怜路だが、その将来性は大いに買っている。平太郎の子孫として、「武太夫」を襲名するのにふさわしい術者に成長するかもしれない。


「ったくなァ。せめて手紙にしといてくれりゃ、それなりに住所出してるところがフィンランドだかカナダだかにあるんだけどよ。直接殴り込みは無理だよムリ」


「でも、一体なんで……何を伝えたいのかなぁ、日菜子ちゃん」


 ウーロン茶をすすりながら首を傾げる下宿人に、怜路は深々と溜息をついた。


「さーなァ……どうも平太郎の話じゃ要領を得ねーし、明日改めて本人つかまえてみるわ」


 学校の長期休みと共に、怜路のもとへ上陸する小台風。年末には両親が帰省し合流して、年明けには一緒に向こうへ帰るのだろう。ほんの一週間あまりの辛抱だ。


「あはは、頑張れ『怜ちゃん』」


 無責任に笑って席を立つ美郷を、怜路は思い切り睨んだ。




3.


「ええっ!? なんでウチがサンタさんに文句言わんといけんのん!? ウチ、そんなこといっこも言うとらんよ!」


 きーん、と響く少女の甲高い声に、怜路は思わず耳を塞いだ。


「あー……そうか、悪ィわりィ。へーさんが間違えたのな」


 おかんむりの日菜子の向こうで、宙にぷかぷか浮いた武士の少年が首をかしげている。常人には視えないよう『半透明』に調節された姿の平太郎が、不思議そうに日菜子に尋ねた。


「なんだ、日菜子。その三太某に直訴したいことがあると言っていたではないか」


「ジキソって何なん、へーさんの言うこと難しくてよう分からん!」


 どうやら、会話が通じていないらしい。平太郎が日菜子に同行し始めて四カ月程度経つのだが、もしかしてずっとこの調子だったのだろうか。


「そうか、難しいか。うむ……そもそも、その三太夫は一体何をする人物なのだ」


「だーかーらー!」


 もういい、と怜路は不毛な会話を強制中断させた。引き攣るこめかみを親指でほぐす。もしかしなくても、おそらくコレを繰り返してきたのだ。


「で。ヒヨコ。結局何だってんだ。プレゼントのお願いなら俺が言伝するからよ」


「やだ! 直接会いたい!」


 やっぱ直訴じゃねーか! というツッコミを、ギリギリ前歯で怜路はせき止めた。


「会ってどうすんだ。プレゼントは先に頼んどかねーと、流石のサンタも用意できねーぞ」


「ウチのプレゼントの話じゃないもん! サンタさんと一緒に写真撮るんじゃもん!」


 写真? と、怜路は目を瞬いた。


「何しにンなもんを」


 なんだ、インスタ映えか。インスタ女子なのか。底の浅い大人の発想で止めようとした怜路に、日菜子は首を振る。彼女の口にした理由は、思いのほか子供らしく、純粋なものだった。




4.


「――なるほど。クラスの友達の弟君に、もう一回サンタクロースを信じてもらうためかぁ」


 姉弟喧嘩が発端でサンタクロースを信じられなくなってしまった少年は「良い子」でいるのを放棄して、先天性疾患からのリハビリ治療を放棄してしまったらしい。聖夜らしい清らかな話だ、と感心する美郷の隣で、小刻みに跳ねながら怜路が唸る。


「イヤイヤ、人間が自立する時『良い子』を止めるってなァ重要なことだぜ? つーかサンタなんか信じなくてもリハビリくれー出来ンだろテメーのためじゃねーかテメーの」


「お前は相手の男の子が幾つだと思ってるんだ」


 ぺしっ、とその肩に裏拳を入れて美郷は突っ込む。聞いた話を総合すると、姉は日菜子と同じクラスの小学五年生、弟はまだ三年生だ。その他、姉との喧嘩如きで信じるのを止めるとは云々、結局は甘えだどうこう等々ぐずる怜路が着込んだジャンパーの毛皮付きフードを掴み、美郷は「聖夜」の住宅地を歩く。


「まあだけど、『本物』はどう考えたって厳しいよねぇ」


 白いものがチラホラ降って来る空を見上げ、同じく白い息を美郷は吐いた。


 弟君が患っているのは先天的な足の変形疾患だという。子供の間に根気よく矯正を続ければ、完治するケースも多々あるそうだ。彼は某アニメの影響でサッカーに憧れているらしい。


 毎年サンタクロースのプレゼントしてくれるサッカーアイテムを大切に部屋に飾り、治療に励んでいた彼と、日菜子の友人は大喧嘩をしてしまった。理由は深く聞いていないが、歳の近い姉弟がこの時期にする喧嘩、それも結果が「サンタクロースなんて居ない」であればまあ、大体推測できる。


 どれだけ「お姉ちゃん」であっても、まだ十歳そこそこ。……ということだろう。


「俺の世界線にサンタが居たことは無ェ」


「拗ねるな」


 物心ついた頃から神仏狐狸妖怪の類が入り乱れる世界に生きていては、サンタクロースの存在を無邪気に信じるのは難しい。実際に、十二月二十四日の夜空に現れるのならば話は別だが、少なくとも日本に「ソレ」は現れないのだ。


 美郷と怜路が目指しているのは、姉弟の住んでいる家だ。要は、「それらしい」証拠写真が撮れれば良い。


「あー、良い家に住んでやがんなァ」


 日菜子のクラスメートの家なので、当然場所は広島市内である。巴市からは車で二時間、時刻は本日二十四日日曜日の午後十時を回った頃だ。姉弟の寝起きする二階の子供部屋には、まだ明かりが点っていた。


「はよ寝ろクソガキども」


 人を巻き添えにしておいて、ブツブツ零し続ける大家に軽く蹴りを入れ、美郷は軽く印を組んだ。やろうとしていることはサンタクロースの代役でも、傍から見れば犯罪者だ。余人の目に留まると面倒なので隠形術を施しておく。


「じゃあ、明かりが消えたら予定通りに」


 へいへい、と不満げに頷いて、怜路が軽やかに家の門を飛び越える。同時に、怜路の胸元からひらりと一枚、人型に切られた手のひら大の和紙が冬の空気を舞った。




5.


「狩野、どうだ。わしは例の三太某に見えるか」


 ようやっと明かりの消えた子供部屋の窓の外。サンタクロースに「化けた」稲生平太郎がくるりと回って見せた。彼は元々人間だが、盟友の魔王山本太郎左衛門に頼んで天狗の眷属と相成っている。修練すれば変化も可能と判断し、三日で特訓した成果がコレだった。


「うーん……顔は良い感じな気がすんだがなァ……まあ、日本人くせーけどそこはアレとして。服、なんべんも言ってるがサンタは洋装だ。前は合わせに帯じゃなくてボタンにしてくれ」


 現在少年姿とはいえ、稲生武太夫は六十数年の生涯を全うした人物だ。老人の姿を取るのは難しくないらしいが、どうにも服装が安定しない。何度か修正を加え、問題なくなったところで怜路は美郷に合図を送った。夜闇に慣れた視界の端で、常夜灯下の美郷が小さく頷く。


 怜路の右の袖口から、髪ように細い白蛇が、するりと窓の間に入り込んだ。髪のような、というよりも実際に彼の髪で出来た式神である。髪を和紙で包んで水引とし、様々な形に結ぶことで美郷は式神を作るのだ。


 同時に怜路は印を組んで呪いを唱え、部屋の子供たちがうっかり起きないよう眠りを深くする。式神がゆっくり窓のロックを開け、怜路らを部屋に招き入れた。


「ホレ、へーさん。コイツをあの子供の枕元に……そうそう、頭撫でるっぽく。コッチ向かなくていいから」


 クリスマス仕様のラッピングを施した、サッカーボールを手に平太郎サンタが少年を覗き込む。あどけない寝顔に目を細め、頭を撫でる様子はまさしく好々爺だ。ソレを上手くカメラに収めるため、窓際の怜路はスマホを構える。『半透明』の平太郎をどうやってカメラに写すかという話だが、そこは平太郎に濃度調整してもらっているので問題ない。


「はい、ちーず」


 棒読みに呟いて撮影ボタンを押せば、上手い具合に足元の透けた平太郎サンタと、眠る少年をフレームに収められた。二、三枚撮って出来栄えを確認し、うし、と怜路は頷く。あとはこの画像を、日菜子経由で向かいに眠る姉の方へ渡すだけだ。最初は本物のサンタクロースを捕まえるつもりだった日菜子も、美郷の説得に煙に巻かれたらしくこの作戦で妥協していた。


 平太郎に撤収の合図を送り、窓から抜け出して式神にロックをかけてもらう。屋根から飛び降り、寒そうに身を縮める美郷の所へ戻った怜路に、震える下宿人は空を指した。


「みて怜路。『本物』だ」


 見上げる冬の夜空は薄曇りで、街の明かりを反射するそこにトナカイに曳かれたソリはない。代わりに、ふわり、ふわりと淡く光る雪のようなものが舞い降りていた。


「なんだありゃ。雪じゃねーな」


 常人の目には映らぬ色彩で、淡く淡く光る粒は酷くまばらに、迷える蛍のように落ちてくる。そのうちのひとつが怜路らの頭上を通り過ぎて、先ほど出てきたばかりの子供部屋に吸い込まれて行った。


「きっと、世のお父さんお母さん……まあ両親以外かもしれないけど、そういう人たちが『サンタクロース』になる時間ってことだろうね」


 憑依、と言ってはまたニュアンスが変わるだろう。確かに今、この晩この時、プレゼントを待つ子供たちの家に「サンタクロースは居る」。サンタクロースの心が宿ると表現してもまたずれる。


「サンタクロースという『概念が在る』っていうのが一番近いのかなぁ……。日本に取り入れられてまだ日の浅い存在だから、こんな感じになるんだろうね」


 あるいは、科学技術全盛の唯物主義の時代でなければ、もっとはっきり輪郭を持ったのかもしれない。今の時代、大人たちは「サンタクロースは存在しないと『知っている』」。


「……まあ、光速のジジイが空飛んでるよりゃマシな光景かもな」


 さすがにカメラじゃ撮れねぇなぁ。そう肩を竦めて、怜路は歩き出す。


「帰ろうぜ。風邪引いちまう」


「げっ、もう日付変わるじゃん! 明日からまだ仕事だよ……」


 足早に車を目指し始めた二人の傍らに、和紙人形に戻った平太郎がひらりと舞う。基本、平太郎は日菜子に憑いている。彼女とある程度距離を置く場合、こうして依代が必要だった。


『のう狩野、宮澤』


 サイズに合わせて小さくなった声が問う。


『日菜子の所へも、この三太というやつは行ったかのう』


 遠く思いをはせる声音に、怜路は美郷と視線を交して笑った。


「たりめーよ」


「当然ですよ」


 この、遠いご先祖のチョイスで買った、髪飾りを彼女の祖父母に託してあるのだ。


『そうか』


 満足そうな声が、冬の夜気へ溶けた。





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