広場の花壇



 それは、怜路の受けた依頼だった。


「夢の叶う花壇? また随分乙女な依頼だね」


「おー。ま、ギャラが良いから文句は無ェよ」


 似合わない、と頬を引きつらせた美郷に肩を竦め、怜路はさくさく住宅街の小路を進んで行く。ダラけた外見を裏切って、彼は非常に歩くのが速い。慌てて美郷も歩幅を広げた。二人が歩くのは、市街地の端にある住宅団地の中だ。昭和の香りを漂わせる、一世代前の新興住宅地で、車一台分の道が戸建て住宅の間を迷路のように縫っている。


 本日、平日月曜日。月曜定休の居酒屋に勤める怜路の“本業”に、例によって美郷は付き合わされていた。ちなみに美郷はと言えば、休日出勤の振替休日である。


 春の日差しが力を増し、山の色彩が山桜やツツジといった花々の紅色から、初々しい若芽の淡緑色に変わる季節。晴れ渡った空の下、家々の庭先でも植えられた草花が、色とりどりの花弁を風に揺らしていた。


 夢の叶う花壇。それは、この住宅地のどこかにあるらしい。場所と行き方は、依頼主が大まかに知っていた。○○の角を曲がり、×番目の辻を左に、△軒目の家の裏手から……といった内容である。しかし、どうやってもその場所に辿り着けないのだそうだ。どういった経緯でその依頼者が怜路に大金を積んだのかは知らないが、これを手伝えば一ヶ月分の家賃くらいは軽くチャラにすると言われ、美郷は怜路と共に示された道順を辿っていた。


「あ、ここ。路地が一本隠してある」


 術によって隠されていた小路を目敏く見つけ、美郷は怜路を呼び止めた。なるほど、こうして歩けば順路には、幾つも同様の呪術による目くらましが施されている。土地勘の無い者が指示を頼りに歩いたのでは、道に迷う仕様になっているのだ。


「お。んじゃ次曲がんのんはコッチか」


 立ち止まった怜路が、目印となる路地を数えなおす。あると意識すれば、見える。


 隠形術と呼ばれる呪術の効果はそういう物だ。見えなくなるのではなく、気付かなくなる。よって、元々在る事を知っている住人たちの障害にはならないのだ。

 明らかな意図をもって、その花壇は隠されていた。


「只の乙女チックジンクスじゃねーな」


 にやり、と面白そうに口の端を上げて怜路が路地に入る。続いて美郷も、家と家の隙間に身を滑らせた。目的地は、近い。






 狭苦しかった視界が開ける。その先には、疎らに雑草の生えた赤茶色の空地が、ぽっかりと広がっていた。奇妙と言うべきか絶妙と言うべきか、周囲の家々は全て、その空地に背を向けている。


 その、家一戸分より少し広い程度の、素っ気ない空地の中央。そこにぽつんと目的の花壇は設えてあった。


 八畳程度をブロックで囲っただけの簡素なそれには、圧縮されたように様々な植物が密生しており、多種の植物は種類ごとに丁寧に寄せ植えされ、花壇らしい整然さを保っている。今を盛りに花を咲かせるものも多く、忘れ去られた、或いは故意に黙殺されたかのような虚ろな空間を、異様な形で彩っていた。


「何コレ、不気味……」


 思わず呟いた美郷の隣で、怜路が厳しく目を細める。無言のまま花壇へと踏み出した彼に続き、美郷もそっと花壇を覗き込んだ。管理されているのは明らかだ。しかし、管理者は示されておらず、目的も分からない。


 美郷は特別、植物に詳しくはない。花壇を見回してわかる花は、足元のスズラン程度だ。小さく可憐な花が二、三株ほど咲いている。向こうには背の高い植物が、ラッパ状の大ぶりな花を縦に連ねていた。中には幾つか、街路樹として見たような木も植えられている。いかにも園芸種らしい花も数種あるが、全体としては山野草を集めて植えたような、慎ましやかな印象のものが多い。


 その中でも木陰に植えられた、今は花をつけていない植物の前に、厳しい顔をしたままの怜路が屈み込んだ。


「トリカブトだな」


 修験者として山暮らしが長い怜路は山野草に明るい。あまりに有名なその毒草の名に、美郷は目を見開いた。


「こいつはハシリドコロ、あの派手なのは多分ジキタリス、そこのスズランも割と軽く人殺せるぜ。お、向こうはチョウセンアサガオだろ。……いやあ、成程。夢の叶う花壇、ね」


 ははあ、と呆れたように怜路が腕を組む。


 いつ、誰が作ったのかも分からない毒草園が、住宅地のど真ん中に潜んでいる。理由など不明だが、そこには明確な悪意があった。


 下手な幽霊よりも余程恐ろしい。そう美郷は身震いし、そっと怜路に尋ねた。


「で……、どうするの。依頼」


「ま、仕事は仕事だかんな。後は自己責任さ」





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反応薄い話なんだけど個人的には気に入っているので、いつか膨らませてやりたい。

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