ハニィヴォイス

使用お題:

 かんじょう(変換可)

 速さの違う秒針

 決戦前夜

 舌先三寸

 腹八分目じゃ足りない



『ハニィ・ヴォイス』




  私にだけくれる甘ぁい声。


  アナタの前で、私はいつだって世界一のお姫さま。当然よね?


  壊れ物触れるようにそっと撫ぜて、時に激しく抱きしめて。





  ねえ、いつだって愛してて欲しいの。でもすれ違いも多いわね?


  私が触れて欲しいときに素っ気ないアナタ。アナタが触れたい時、独りで居たい私。


  それは仕方の無い事だってわかってる。でもね。


  アナタと私、速さの違う秒針を生きてるの。


  アナタにとってほんの少しの間でも、私にとっては気が遠くなるくらい長いのよ。





  だからいつだって私に応えて。一分一秒でも無駄にしたくないの。


  気分はいつだって決戦前夜。


  蕩ける甘い毒みたいな、優しい言葉に騙されないわ。


  舌先三寸の誤魔化しに、はぐらかされてる時間は無いの。





  さあ、早く私に跪いて。私の全てを満たしてちょうだい。


  腹八分目じゃ足りないの。


  蕩ける甘い蜜みたいな、愛の全てを分け合いましょう?


  求めあうその感情を、拒んでいる時間は無いわ。





  見つめ合う目と目。


  触れ合う手の熱さ。


  寄せ合う身体の温もり。





  心も身体も満たされて溢れるくらい、二人の時間を堪能しましょう?







「ナーヒロっ。何やってんだ、何か変わったモン見えるのか?」


 外を見つめる私の背に、怜路の甘い声がかかる。


「べーつにっ?」


 一つ答えて振り向けば、ご馳走を用意してくれた私の怜路が、満面の笑みで立っていた。


「ホレ、どうよ。美味そうだろ?」


 ホントにすごく良い匂い。ご機嫌でそちらに向かえば、ますます嬉しそうに怜路が言う。


「他の誰より、オメーが一番喜んでくれるんだもんなぁ。ホント、甲斐があるってもんだ」


 言って怜路は、私の頭をくるりと撫ぜた。







 先日の釣果を調理したというので、ご相伴に預かりに友人の部屋へ行った。


 茶の間の引き戸を開ければ、随分と甘ったるいラブソングが流れている。


「お前、随分珍しいもの聴いてるね」


 言いながら家主を探せば、部屋の隅にしゃがみ込んでいる。ご機嫌な猫撫で声で何やら語りかけていた。


「オメーはホントに美人だなぁ。ホレ、もういっちょ食うか?」


 正しく猫撫で声。当然だ。猫撫でてるんだから。


「おーい、ナヒロさんばっか構うなよ。おれは無視か」


 その言葉にようやっと振り向いた怜路が、やる気の無さそうないらえを返す。


「おー、台所に南蛮漬けあっから持って来て。あとグリルに一夜干しなー。冷蔵庫に缶ビールとチューハイあっから適当に。漬物も一緒に出してくれ」


 言いながら本人は、レンジでチンした豆アジを、黒猫のナヒロさんにせっせとお給仕している。先日の釣果とは、先週末に彼と日本海で釣った、二十センチクラスのアジ二十尾前後。それを調理してくれたのだ。アゴで使われても文句は言えない。へいへい、と大人しくおれは従った。


 ナヒロさんは黒い毛皮の美しい、怜路の姫君だ。その声音は正しく鈴を転がすように甘い。華奢な四肢は強靭で、ヒヨドリだって獲る名うての狩人でもあった。今は怜路にかしづかれ、ご機嫌で豆アジを貪っている。怜路がそっとその背を撫でれば、答えるようにくるりと長い尾っぽが揺れた。


「ナヒロさん、今日も美人だね」


 通りがかりに挨拶すれば、にゃぁおん。と甘い声が答えた。


『当然でしょう?』




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怜路さんが飼っている黒猫視点。

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