うせものさがし

使用お題:

 ○○の導き(○○は自由)

 宝石のような瞳が欲しい





「うわっ! ったたた!! やめろこのクソ烏!!!」


 執拗に襲ってくる一羽の烏を、青年が必死に追い払っている。金色になるまで脱色したつんつん頭を振り乱し、シルバーアクセサリーやミリタリーウォッチの光る腕を振り回す青年に、烏もまた執拗に襲いかかっていた。烏が人間を襲うのは大抵子育て時期の六、七月だ。まだ年明けすぐのこの時期、それを理由に襲われることはない。


 カア! カアァ!! と猛々しく烏が鳴く。それに盛大に舌打ちし、こんのクソッタレ、と唸った青年――狩野怜路は右手の人差し指と中指を立て、刀印を組んだ。


「臨兵闘者皆陣烈在前! うぉら失せさらせ、ナウマク サンマンダ バザラダン カン!」


 縦横に九字を切って、吠えるように読誦する。カアァ! と抗議するように鳴いた烏は、怜路の放った不動明王の火焔を避けて空高く舞い上がった。そのまま冬の淡い青空に消える。枝に残る渋柿が朱く熟れすぼった田舎道、山の中へ消え去る烏を忌々しげに睨んだ後、怜路は我が家である大きな古民家へと引き返した。


「ああ、お前それ、烏はお前の瞳が欲しかったんじゃないの? ほら、良く言うじゃん。烏って猫の目とか、キラキラ宝石みたいに光るの欲しがるって」


 家に帰って愚痴った怜路に、我が物顔で怜路のコタツにハマっている下宿人がそう言った。自室にはコタツが無いと言って、怜路の居室に当たりに来ている。知人から貰った蜜柑を剥きながらしゃべる下宿人をその烏に狙われたという目でひと睨みし、怜路は失せ物探しを再開した。鮮やかな緑色に銀の虹彩が光る、特異な眼が周囲を探る。


「あー、くそ、多分そういう感じだろうよ! ちくしょー、どこ行った俺のサングラス!!」


 怜路は山伏系統の拝み屋である。脱色した髪にじゃらじゃら身に着けたシルバーアクセサリー、そして薄く色の入ったサングラスがトレードマークなのだが、現在そのサングラスが行方不明であった。普段その一風変わった色の眼を隠すために、サングラスをかけているのだ。今回、部屋のどこかに置き忘れたまま「まあいいか」と散歩に出たのが運の尽き、五十メートルも歩かないうちに退却させられた。


「呪術者だろ、失せ物探しくらい出来ないのかよ」


 胡乱げな顔で見遣る美郷を尻目に、乱雑に積み上がった漫画や雑誌、その他生活用品を引っ繰り返す。


「この部屋のどっかにあンのは分かってんだよ。それ以上は近すぎてボヤけてわかんねぇ!」


 言いながらティッシュ箱を退けようとして、隣に積んでいた漫画の山を崩してしまう。あーあ、と呆れた美郷がよっこいせ、と億劫げにコタツから這い出した。きょろきょろと辺りを見回した後、冷えた緑茶の入った急須を手にする。何をしているのかと手を止めた怜路の前で、美郷は手元の湯呑に中身を引っ繰り返した。茶葉ごと冷たい緑茶が湯呑に移される。


「んー、布団。布団めくってみ。多分あるから」


 広がった茶葉のぷかぷか浮く湯呑ではなく、空になった急須を覗き込んで美郷が言った。美郷は怜路よりも持っている術のバリエーションが豊富で精度も高い。怜路は有り難くお告げに従うことにする。


「おお、あったあった。さぁっすが美郷様! 鳴神当主のご落胤!」


「うわ何その嫌な響き。やめてくんないそういうの」


 しかめっ面で返す美貌の陰陽師様を適当にいなし、布団を引っ繰り返した怜路はシーツの隙間からサングラスを発見する。機嫌よく相棒とも言えるそれをかければ、見慣れた少し茶色く暗い世界が戻って来た。流石はエリート術者殿。一応怜路もそれなりの腕はあるのだが、まあ、自分のことは占い辛いものなのだ、と心の中で言い訳する。


「茶っ葉の導きに感謝しろ。でも烏って人間の顔覚えるらしいから、しばらく気を付けた方が良いかもね」


 茶っ葉の浮く冷えた緑茶をすすって、ふたたびコタツに戻った下宿人が肩を竦めた。



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