タイムライン【美郷大学生篇3】

創作onewrite参加作


使用お題:

一分前までは冗談のつもりでした

君が加害者で僕が被害者

(※美郷の『友達』視点)




『タイムライン』






 大学二年になって、髪を伸ばし始めた同じ学科の友人にきいた。


「突然どうしたんだ、何かの願掛けか?」


 ひょろっとしていて頼りなさそうな奴ではあるが、その友人は男だ。真面目でごく普通。そんな薄いキャラだったはずが、何の心境の変化だろうか。


「あー、いや。まあ……」


 伸びて鬱陶しそうになった襟足をちょこんと括り、それ以外はありきたりのカジュアルなファストファッションに身を包んだ友人が、居心地悪げに首筋を触る。


「ちょっと、取り戻してみようかな……って」


 何をだ。そう顔に書いてあったのだろう。あはははは、と誤魔化したそいつはさっさと逃げた。


 以降、しばらく話す機会がなかったそいつが、ある日突然連絡を入れてきた。


『明日の四限目、第三講義室まで来てください。行廣ゆきひろが加害者で、おれが被害者です。何の事か分からないだろうけど、よろしく』


 行廣は俺だ。友人――宮澤みやざわという男の送り付けてきた内容に、全く心当たりはない。心当たりはないのだから無視しても良いか……と思いもしたが、やはり内容が気になった。愉快でない内容なだけに、少し苛立ちも混じる。


『わかった』


 素っ気ない返事だけを返して、俺はその夜明かりを消した。








 翌日。指定されたとおりの時刻、場所に行くと、宮澤はすでに待っていた。小さめの講義室の後ろの席に座り、時間つぶしかスマホをいじっている。声をかければ、少し長くなった尻尾が振れた。


「ああ。ゴメン、急に」


 あはは、と全てぼやかすような、少し眉を下げてのアルカイックスマイル。この宮澤という男の印象は、この笑顔そのものだ。可もなく不可もなく。主張もなく、利もなく、害もない。薄らボンヤリと「友人」のカテゴリに入れているが、どこが好きかと問われれば困る。そんな奴だった。


「なんだ、一体?」


 だが今回は少々違う。俺が加害者とは聞き捨てならない。挨拶もおざなりにして訊いた俺に、宮澤は更に眉を下げてうん、と頷いた。


「巡り巡って、の話なんだけどね……。行廣さ、フェイスブックやってるだろ。あれで……『一分前までは冗談のつもりだった』って記事シェアしたよね」


 フェイスブックはやっている。むしろ連絡先としてフェイスブックのアカウントが無いと困るご時世だ。宮澤も友達登録してあるはずだった。


「ああ。宮澤はあんまり更新とかしないな」


「おれはロム専だよ。アカウント持ってないと困るから取ってるだけ。あの記事覚えてる?」


 覚えていない。というか、いちいちどんな記事をシェアしたかなど覚えていない。俺は結構、タイムライン上の色々な記事を読み漁っては、ちょっと面白いと思えばシェアしていた。「友達」も多いのでかなり雑多な情報が俺の上を流れていく。


「いや。どんな話だったっけ?」


 正直に問えば、宮澤は手元のスマホを操作した。これだよ、と見せられた記事を目で追う。


『一分前までは冗談のつもりだったんだ……だがこれを読んで俺の世界は変わった。警告する。今が幸せな奴は読むな。後悔する』


 そんな一文から始まるそれは、要するに「現代版不幸の手紙」的なくだらない記事だ。某ミネラルウオーターは「神域」から採取されていて、神域の水を勝手に汲み出した事にその山の神は怒っている。よって、その水を飲んだことがある者には祟りが云々。そのミネラルウオーターは非常に有名なやつで、多分大抵の人間は一度は口にしたことがあるだろう。


 その祟りについてしばらく「体験談」が続き、「祟りを回避したければこの話を拡散しろ」と括られる。たいした印象は残っていなかった。多分、何となく目にして、気持ち悪いから何となくシェアした。本当に信じていたかと言われれば微妙なところだ。


「こんなん、益体も無いデマだろ」


 しょうもないな、と呆れながら言えば、宮澤も「うん」と頷く。これを見せた俺が加害者で、見せられた宮澤が被害者ということか? 馬鹿馬鹿しい。そう一瞬宮澤を見下した俺に冷や水を浴びせるように、落ち着いた声で宮澤が続けた。


「そう、この話自体はデマなんだ」


「じゃあ気にするなよ」


「いや。それがね――。行廣。じゃあ、なんで行廣はこの話をシェアしたんだ?」


 長くかかる鬱陶しい前髪の下から、宮澤の目が真っ直ぐ俺を見た。


「なんでって……何となく。キモチワルイじゃん、俺だって大して信じちゃいないけどさ。こう、なんていうの? お祓い、じゃないけど厄除け? 気持ちの問題だよ」


 その視線に居心地の悪さを感じて、目を逸らしながら答える。大して信じちゃいない。だけど、万一何かあったら嫌だ。シェアするだけで除けられるなら、そうしてしまえばいい。


「それはつまり、行廣はこの話を信じたってことになるんだ。あ、いや、別にそれが悪いって言ってるんじゃないんだけどさ……。相手が上手いんだよね、これは――」


 静かに断言する声音は、何か俺の知らない事を知っているように響いた。こちらを見透かしたようなそれに、少しむっとする。まるでマウントポジションを取られたような苛立ちと言うべきか。それを隠さず再び見遣れば、宮澤も逸らさず俺を見返す。普段のへらへらした笑いを取っ払った宮澤は、実はかなり秀麗な顔立ちをしていた。何故か突然、背筋が冷える。


「日本人の当たり前の感覚なんだ。穢れや厄を貰ってしまった時は、人に渡すか水に流してしまう。タイムラインでのシェアなんて、どっちの条件も満たしているから、指示されれば抵抗なくしてしまうのは当たり前のことだと思う。一般教育で行廣も民俗学取ってたよね?」


 穢(ケガレ)と祓(ハラエ)について。そういえばそんな講義を受けた。昔から日本人は、穢れに触れれば穢れは己にも移ると考え、それを祓うために様々な呪い(マジナイ)を用いてきた。たとえば、穢れを人形(ヒトガタ)に移して川に流す。あるいは、厄を移した豆を包んで四辻に投げる。自分から落として外に棄ててしまえば赦される、そんな感覚が自分たちには身についている――。語る宮澤の声は淡々として、そのせいで酷く説得力があった。


 つまり「気持ち悪いからシェアしよう」と思った俺はしっかりその「穢れ」を信じていて、俺のやったことは立派な呪術だということらしい。


「問題は、フェイスブックの拡散じゃ祓えにはならないってことで……たしかにシェアした時点で行廣から、タイムラインを見た行廣の友達に穢れは移るけど、どこまで拡散しても穢れは消えないし、むしろ増幅されていく」


「けど、デマなんだろう?」


 そもそもの、ミネラルウオーター云々はデマだと宮澤は言った。そう大真面目に返した俺はその時既に、宮澤が俺の知らない何かを知っていると信じていた。後で考えれば馬鹿馬鹿しい話とも思える。宮澤は、ただのオカルトかぶれした元友人――そう考える方がほよどマトモだと気付いたのは結構後になってからだ。


 だが俺は奴を、「宮澤美郷みやざわみさと」という男のことをロクに知らない。本当に、何かそういう薄気味悪い世界に生きている奴なのか、それともただのオカルトオタクなのか、判断のしようは無かった。


「話自体はね。でも『穢れを受けてしまったかもしれない』という疑念と『自分に降りかかって欲しくないから他人に移してしまえ』という悪意そのものはどんどん増幅されていく。おれはそれに、ちょっと痛い目に遭わされててさ。行廣の力が借りたいんだけど」


 宮澤が「痛い目に遭って」いるのは何故なのか、俺は深くは突っ込まなかった。何となく、聞いてもロクなことがない気がしたからだ。そんな俺に何を言うでもなく、宮澤は俺に「この記事を拡散して欲しい」と一つのアドレスを示した。


『此の水を天之忍石あめのおしは長井ながい清水きよみずさきわひ給へ』


 そう呟いてから飲めば大丈夫。そんな、つまり「毒消し方法」の書かれたページだ。これまで受けた祟りは、どこか近くの神社――可能なら実家の氏神にお参りして友人にでも食事を奢れば除けられる。そんな、随分と楽天的で古臭いことが書かれてあった。


「まあ、いいけど。何で俺なんだ?」


「ありがとう。おれが知ってる中で、行廣が一番拡散力が強そうだからかな。あと、こういうのを信じてそうだなってタイムライン見て思ったから」


 了承した俺に一つ笑んで宮澤はそう言った。


「そんなの、分かるもんなのか」


「たとえ自分の言葉じゃなくても、共感したものをシェアするもんだろ。だからログを追えば何となく分かる」



 ――自分の頭の中を、公に晒してるようなものかもね。



 結局、宮澤の言った中で一番鮮烈に残ったのはこの言葉だった。普段俺は、いつもつるんでいる気安い仲間と話題を共有するつもりでシェアをしていた。だが、この「友達」ではあっても、さして親しくもなく、良く知りもしない相手に頭の中を覗かれていたのだ。


 その日何度目かの寒気を味わう俺に、いつもと同じ眉を下げたアルカイックスマイルを残し、宮澤は講義室を出て行った。








 俺はあれから、少しフェイスブックでのシェアを控えた。宮澤に頼まれた記事の拡散が、どのくらい成功したのかは良く分からない。後々考えれば、その記事だって他人を惑わすものと言えなくもないのだ。――まあ、随分無害な内容だが。


 宮澤は相変わらずロム専だ。あれ以来、リアルでも大して顔を見ない。三年に上がってゼミが分かれてしまえば、講義でカチ合う事もなくなった。そうなればもう「友達」とは言い難い。


 宮澤が結局、何をしていたのか俺は知らない。奴はロム専で何も語らない。だが今でも奴は、俺が記事を投稿し、シェアすればそれを確認できる。「俺」こと、「行廣将生ゆきひろまさゆき」の中身は一方的に宮澤に知られている。宮澤だけではなく「友達」全員が、知ろうと思えば「行廣将生」の中身を見ることが出来る。


 ある日、初めてタイムライン上に宮澤のシェアした記事が載った。


『厭魅(類感呪術)と個人情報――かつて人々は、生年月日と姓名で人を呪殺できた――』


 ああ、俺に対してシェアしたんだな、と理由なく確信した。だが俺は、その記事を開いていない。ただその表題だけで、かつて宮澤と同じ部屋で受けた民俗学の講義を思い出した。





「この世界に『呪力』が存在した時、人々は『何か』に『呪い』を乗せ、呪う相手に飛ばすことが出来ました。飛ばす先さえ――姓名と生年月日さえ正確に把握していれば、飛ばした『呪い』は相手に感受された。今、インターネットが発達した現代でも似た現象が起きていると思います。我々は『インターネット』を介して、相手のリアルに様々な影響を及ぼせる。相手の正確な個人情報を取得することで、非常に実際的な手段で様々な『呪い』をかけられる。我々はインターネットを手にしたことで、一世紀ほど前に立ち戻ったのかもしれません」





 俺にこの講義を思い出させただけで、多分宮澤のネットを介した「呪い」は成就したのだろうと思う。





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大学時代その2。前のやつより一年くらいあとの話。

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